第125話 時の魔女
本日2話目。
本日3話更新です。
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届く。
恭之介は確信した。
レンドリックの足止め。
おかげでロンツェグの首に届く。
最後の一駆け。
そう思った瞬間、横から殺気。
想像もしなかった一撃。
それでも何とか反応できたのは僥倖だった。
危機への本能で、ただ暮霞を振るう。
しかし、無理な姿勢で斬ったので、かなり体勢を崩してしまった。
空気の槍。
まさかの二連撃。
ただ、撃ったユーリに、すでに生の気配はない。
命を賭けての一撃だったのか。
しかし、それに驚いている暇はない。
すぐさま立ち上がる。
斬らねば。
しかし、立ち上がった瞬間、空が回った。
眩暈。
体力の限界か。
腹に力を入れ、何とかこらえる。
だが、そこで気づいてしまった。
間に合わない。
ユーリの決死の一撃にやられた。
ロンツェグを乗せたロック鳥は、今まさに地から離れた。
飛んだ瞬間、凄まじい速さで飛び去って行くのを一度見ている。
逃がしてしまう。
二度も。
「恭之介君、まだよ!」
悔やむ恭之介に聞こえたのは、リリアサの声だった。
「時の魔女が命ずる。時よ、緩め緩め、鈍くなれ………鈍化!」
その瞬間、ロック鳥の動きが急にゆっくりになったように錯覚した。
いや、錯覚ではない。
ほんの一瞬。
しかし、その一瞬で十分だった。
恭之介は、地を蹴り、飛ぶ。
ロンツェグの驚愕の表情。
暮霞を思い切り振り下ろした。
ロンツェグごとロック鳥も。
どちらも最後の叫びを上げる間もなかった。
絶命。
見ずともわかる。
恭之介は、少し着地に失敗し、片膝をついた。
自分の息が切れているのを感じた。
一気に体中を疲労が襲ってくる。
しかし、斬った。
恭之介は、目の前に落ちたロンツェグの亡骸を見る。
終わった。
恭之介は再び眩暈を感じたが、すぐに頭を振って意識を戻す。
病み上がりに少々無理をしすぎたか。
しかし、さすがはリリアサだった。
最後にあんな奥の手を持っていたとは。
それにしても、時魔法は使えないのではなかったのか。
そう思って彼女のほうを見ると、リリアサは地面に倒れていた。
「リリアサさん!」
駆け寄り、抱き起こすと、彼女は血を吐き、更には両目からも血を流していた。
「大丈夫ですか!?もしかして、魔法の反動ですか?」
「そう」
「というか、時の魔女の力は全部返したんじゃなかったんですか?」
「権能は全部ね。でも、千年以上も時の魔女をやってたから、さすがに魔法は体が覚えてたみたい……がはっ」
リリアサが再び血を吐く。
「でもだめね。転生の間以外で使うと、あんな初歩的な時魔法を一瞬使っただけでもこのざまよ。やっぱり現世で使っちゃいけないものなのね」
「私はどうしたら?」
「ふふふ、大丈夫よ。このまま抱いていて頂戴。ちょっと疲れたけど、まぁこの感じなら死にはしないでしょうから安心して」
様子を見る限り、とても安心できる状態ではないが、リリアサが言うのなら本当なのだろう。
「ところで、恭之介君」
「リリアサさん、もう喋らないほうが」
「あと一つだけ。ロンツェグ君は倒したのね?」
「はい、私がこの手で確かに」
恭之介は横目でロンツェグの亡骸を見る。リリアサの角度からは見えないだろう。
「そっか……終わらせてあげられたのね。良かった、ありがとう、恭之介君」
「いえ」
「安心したら眠くなっちゃった。私、少し休ませてもらうわね」
そう言って、リリアサは意識を失った。
呼吸はまだ少し苦しそうだが、一応容体は落ち着いてきたようだ。
目から流れる血が気になるが、とりあえず命に別条がないというのは本当なのだろう。
残された魔物たちは、ロンツェグが死んだことで統制を失い、四方に逃げ始めた。
それをまだ動けるルナたち親衛隊が追い討っている。
「恭之介」
少し体を引きずりながらレンドリックが近づいてきた。
「リリアサは大丈夫なのか?」
「おそらく。呼吸は少しずつ落ち着いてきました」
「そうか、なら良かった」
レンドリックは、恭之介の横に腰掛けた。
「終わったな」
「はい」
「やっぱり僕らは最強だったな。まさしく魔王軍と言ってもいいロンツェグ軍をほとんどフィリ村のメンバーだけで倒してしまった」
彼の高笑いが空に響く。
「はぁ……よくまだそんな馬鹿笑いできる元気があるわね」
少女姿に戻ったキリロッカが悪態をつきながら近寄ってきた。ララも一緒だ。
「あ!リリアサさん、また恭之介さんの腕の中でっ!……でもまぁ怪我人ですし、功労者ですからね、今日は許してあげましょう」
何故、ララの許可が何に対するものかよくわからないが、彼女は満足そうな顔で頷いている。
「キリロッカもご苦労様。大変だったね」
「ふん、あんたに労われたって何の足しにもならないわよ!」
そういう彼女の体には無数の傷があった。
すでにふさがっているものがほとんどだが、彼女がこれほどの傷を負うということは相当無理をしたに違いない。
この戦の影の殊勲者は彼女だと恭之介は思っていた。
彼女がいたから前線が持ちこたえられたのだ。
しかし、それをあえて言うことはしない。
言ったところで罵声が返ってくるだろうし、彼女も別に求めていないだろう。
「エンナボ殿のほうは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろう」
レンドリックは自信ありげに言う。
「直前に向こうの情報が入ってきたが、戦況は優勢らしい。他所からの介入がなければ、あと一週間ぐらいで抜けるとのことだ」
「こんな思いまでしてこっちは勝ったのに、向こうが負けたらぶっ飛ばしてやるわ」
「何だ?心配なら手伝いにいくか?」
「はぁっ、心配なんかしてるわけないでしょっ!?第一、人間同士の戦いに首を突っ込むなんてまっぴらよ」
今回は魔物がいたから彼女として問題がなかったのだろうか。
それとも単純にフィリ村のためだから戦ったのかもしれない。
そのほうが彼女らしいと言えば彼女らしい。
「恭之介さん、やはり今日も勝ちましたね」
ララが嬉しそうに言う。
「そうですね、結果的にですが」
「いえいえ、さすがは恭之介さんです。特にヘスの騎士を一太刀で斬ったときは、腰を抜かしそうになりましたよ」
無我夢中だったのでよく覚えていないが、かえってそれが良かったのかもしれない。
雑念なく斬ることができた。
「さ、恭之介の英雄譚はみんなが集まったところで話そう。みんな僕らの帰りを待っているだろう」
「え?私の話だけじゃなくて、みなさんの話もしないと」
「そうよ!あたしの話もさせなさいよっ」
「ははは!君たち、似たような要求を別角度からしてくるな」
すでに日が落ちようとしていた。
恭之介はまだ眠っているリリアサを抱いたまま歩き始める。
ふと彼女の顔を見ると、少し口元が微笑んでいるように見えた。
良い夢を見ているなら、こんなに嬉しいことはない。
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