第124話 刹那のために
本日1話目。
本日3話更新です。
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恭之介は駆けながら、一つ深く呼吸をした。
今日はまだ本気を出していない。
体調に不安があるのもその理由だが、本気を出すほどの場面がなかったせいもある。
ササハルとの一戦以降、自分が変わったという自覚があった。
枷がなくなったかのような、清々しい感覚。
今まで枷の存在など自覚していなかったが、なくなって初めてその存在があったことに気づいた。
もしかしたら自分は少し腕が上がったのかもしれない。
こんなことを思うこと自体が異常だった。
明確に強くなったというのを自覚するのは通常ありえない。
だから少し恐ろしくもあり、また嬉しくもあった。
自分はまだまだ強くなれる。
少年の時に感じた、あの純粋な強さへの探求心が再び蘇った。
自分は本当に強くなったのか。
強くなったのならば、今こそその力を発揮しなければならない。
本気。
ロンツェグを討つために全力を尽くす。
足を速めた。
リリアサは更に遅れるが、ついてくるのをやめようとはしない。
周囲の魔物が、こちらに近寄ってきた。
最後の壁と言ってもいいだろう。
「左は私が!」
ララの声。
その直後に爆音。
恭之介は右の敵に伸び斬りを放つ。
やはり以前よりずっと、長さも威力も上がっている。
一撃で十体以上の魔物を切り捨てた。
「わぁお!」
リリアサの驚いたような声が聞こえる。
近くにもうほとんど魔物はいない。
目の前にはヘスの騎士。
「リリアサさん、ここから一気に速度を上げます」
「わかったわ」
すでに遅れているが、念のための声かけだった。ララもいるので大きな心配はないだろう。
ヘスの騎士の奥にロンツェグ。
すでに顔には恐怖の表情が張りついてた。今にも飛んで逃げそうである。
まだ逃げるなよ。心を強く持て。
敵ながら、祈るようにロンツェグを励ます。
しかし、斬れるか。
厳しい。
本当にきわどい勝負だ。
相手の想定を何段も超えて、初めてその可能性が見えてくる。
何とも難しいが、今日ここで斬らなければならない。
恭之介は自分の限界近くまで足を速めた。
一気に近づくヘスの騎士。
ゆったりと長剣を顔の右に上げ、剣先を頂点に向けた。
飛び込んできた者を、凄まじい速さの振りで迎え討つ。
単純な技だが、単純ゆえに強い者が使うと隙のない必殺の技となりうる。
あの剣の長さが、恐ろしさを増していた。
恭之介が斬るには懐に深く入らなければならない。
わかりやすい罠。
わかっていても自らあの罠の中へ飛び込んでいく必要がある。
時間をかけていいならば、他に方法はあった。
しかし今、時間は何よりも貴重だ。
ゆえに取るべき手は一手。
恭之介は駆けながら、暮霞を構える。
柄から感じる鼓動は自分のものか、暮霞のものか。
心気を研ぎ澄ます。
魔物の咆哮。
怒号
悲鳴。
さっきまでうるさいくらいに聞こえていたものが、全く聞こえない。
騒音が一切消えた。
視界も狭い。
ヘスの騎士とロンツェグ。
見えるのはその二点。
恭之介が目指すのはそれだけ。
駆ける。
駆け、そのままヘスの騎士へ。
足の運び。
速く。
敵の振り上げた長剣がぎらりと輝く。
まさしく断頭台。
あれより速く。
必要なのは速さだけ。
一瞬でいい。
自分が出せる速さの更に上。
超える。
そして、暮霞。
地面を蹴った。
目前のヘスの騎士。
抜いてみせる。
最強の魔物など関係ない。
どけ。
暮霞を振るう。
手にはわずかな手ごたえ。
そして、駆け続けた。
視界の先にはロンツェグだけ。
後ろは見ずともわかる。
一刀両断。
残された時はあとわずか。
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何が起こったのか。
ユーリの脳はまだ処理ができていなかった。
「ロンツェグ殿、お逃げを!」
それでも何とかそれだけ叫ぶことができた。
「う、うわぁああ!く、来るっ!」
呆けたようになっていたロンツェグが、ユーリの声で何とか気を取り直したようだ。
しかし、ロンツェグの気持ちもわかる。
何ということをしてくれたのだ。
あのヘスの騎士を一撃。
信じられない。
人とはあれほど強くなれるのか。
またしてもありえないことが起こっている。
空槍を撃つ隙すら無かった。
あの男は本当に人なのか。神ではないのか。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
とにかくロンツェグを逃がす。
臆病で頼りない男だが、ネイハンがエンナボとレンドリックに対抗するために、絶対に必要な男だった。
音鳴恭之介がみるみる近づいてくる。
位置取りはユーリのほぼ真正面だ。
ヘスの騎士の最期を見る限り、接近戦では一瞬で斬り伏せられてしまうだろう。
ならば空槍に賭けるしかない。
こちらに向かって走りながら空槍を斬れるか。
この至近距離。前回とは条件が違う。
やれるものならやってみろ。
ユーリは、自らの誇りと意地である空槍を撃つ。
「くらえぇっ!」
刹那にも満たない刻。
すっ。
怒号が飛び交う戦場で、何故か空気を裂く音だけ聞こえた。
無念。
ユーリは力が抜けていくのを感じる。
音鳴恭之介は少し体勢を崩しながらも、ユーリの渾身の空槍を斬った。
前回のように全身全霊といった様子ではなく、あっさりと。
その証拠に、再びロンツェグに向かって駆けている。
前回は、斬った直後は動くことすらままならなかったはずなのに。
あの男の強さは一体、どこへ向かっているのか。
薄くなる意識の中でそんなことを考える。
しかし、体勢は崩した。
その一瞬の隙がロンツェグの逃亡を助けるはずだ。
逃げられる。
ユーリは必死に意識を保ちながらロンツェグの方を見る。彼が逃げるまでは見届けなければ。
ロック鳥が飛びさえすれば。
上空に上がれば、一気に加速する。
「と、飛べよ!何で飛ばないんだよっ!」
ロンツェグが泣きながら、ロック鳥の背を叩いているが、当のロック鳥は何故か飛ぶことを躊躇している。
「熱く舞え!焔龍の舞っ」
紅蓮の炎。
頭上が真っ赤に染まり、凄まじい熱波が降り下ろされてくる。
ロック鳥が飛んでいたらどうなっていたかは明らかだ。
「ふはははは!残念ながら僕の一撃がとどめにならなかったか!」
少し離れたところに、ぼろぼろになったレンドリックがいた。
リッチを倒し、その身でここまで駆けてきたのか。
「やるなぁ、でかい鳥。本能で危機を察知したか。仕方がない、とどめは僕の友に任せよう」
鷹揚な口調とは裏腹に、レンドリックはぐらりと片膝をついた。
すでに魔力の限界だったのだろう。
しかし、レンドリックの決死の一撃は、音鳴恭之介に時を与えた。
届いてしまう。
「覚悟っ」
「う、うわぁぁ!」
ロンツェグが斬られてしまう。
彼が死んだら、ネイハンの勝利はなくなる。
ネイハンのためにも何としても逃がさなければならない。
ロンツェグと手を組むしか、ネイハンに先はないのだ。
本当に最後の一手。
もはや倒せるとは思わない。
しかし、ロンツェグを逃がすための一瞬の隙を作る。
それが自分に残された最後の役目だ
命を賭けての二撃目。
「ネイハン様に勝利を……空槍ぃぃっ!」
打った瞬間、ユーリの中で何かが破けるのを感じた。
意識が遠のく。
どうか勝ってください。
最後の最後まで考えていたのは、主であるネイハンのことだけだった。
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