第123話 佳境

本日2話目。


本日2話更新です。


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 援軍が来た今が攻め時だった。


 恭之介の前をララが駆けている。


 おそらく最後の魔力を使い尽くすつもりなのだろう。


 大技を連発で繰り出し、前を切り拓いてくれている。


 おかげで恭之介は一切、刀を振る必要がない。


「リリアサさん、万が一のことがありますから、キリロッカのところへ」

「いえ、私も行くわ」

「……わかりました。なるべく私から離れないように」


 何か考えがあるのか、リリアサも必死についてくる。


 ルナたち援軍が攻め寄せているので、敵の布陣にだいぶ綻びが出ていた。


 これまでに深淵の魔物をほとんど討っておいたのも良かったのだろう。


 援軍の兵士たちは、Aランクの魔物までであれば何とか対処できているようだ。


 この戦場の勝ちはほぼ確定したと言っていい。


 しかし、完全なる勝利を目指すにはあと一つ。


 ロンツェグの首。


 物理的には近づいているのだが、恭之介の感覚ではまだまだ遠い


 当のロンツェグは、常にロック鳥の背に乗っていて、いつでも逃げることが可能だ。


 臆病とも言えるが、今はその臆病さが手強かった。


「多分、ヘスの騎士との勝負が分岐点になる。ロンツェグ君は、ヘスの騎士が恭之介君に勝つことを信じているはず。恭之介君さえ倒せば、まだどうにかなると思っているんじゃないかしら」

「しかし、すでに私一人の命でどうこうなる状況じゃないと思いますが」

「まぁ客観的に見たらね。でもあながち悪い見方じゃない。ヘスの騎士が恭之介君に勝つということは、すなわち世界最強の剣士が敵方にいるってことになるから、その事実は極めて大きいわ。仮に今回は負けても、将来的に巻き返せる可能性は低くない」


 少し後ろを駆けているリリアサが、息があがりながらも状況を説明してくれる。 


 自分については過大評価な気もするが、確かに核となる魔物がいれば立て直しはしやすいのかもしれない。


 特にロンツェグには魔物を操るという力がある以上、兵力の増強は通常より容易である。


 そして軍内に世界最強の剣士がいると喧伝すれば、士気も上がるのかもしれない。


 奇しくも、恭之介がソウモンイン・ササハルを討ったことで、世界最強の信憑性は増す。


 事実はどうあれ、その部分を大袈裟に言うに違いない。


「逆を言えば、ヘスの騎士がやられる、あるいは劣勢になったらすぐに逃げると思う。彼はそこで見極めるはずよ」

「そうか、ならば私じゃない誰かがロンツェグを討ったほうがいいかもしれませんね」

「でもこの混戦の中で、他に近くまで行けるのは、キリロッカちゃんくらいだろうけど、恭之介君とキリロッカちゃんの二人に迫られるくらいに劣勢になったら、すぐに逃げると思う」

「なるほど」


 おそらくロンツェグも逃げるかどうか、ギリギリのところで踏ん張っているのだろう。


 この状況だけを考えると、逃げられないほうが難しい。


 しかし、だからと言って逃がすわけにはいかない。


 ロンツェグの命さえあれば、魔物軍はいくらでも復活でき、人々の平穏はいつまでも脅かされる。


 そしてリリアサはいつまでも心の底から笑えないだろう。


 ロンツェグに近づくにつれ、魔物の厚みが増してきた。

 

 ララの魔法から逃れてきた二体の魔物をまとめて切り捨てる。


 ララは恭之介たちの2mほど前を走っていた。


 まだ魔力は尽きていないようだが、汗をかき苦しげな表情で戦っている。


「あとユーリって男の遠距離攻撃に気をつけてね。多分、ヘスの騎士との戦いの時に狙ってくると思うから」

「そうですね、確かに」

「多分、空気の槍の使いどころはそこだと思っているはずだけど、その辺りは私の予測より、恭之介君の嗅覚のほうがずっと信頼できるわね」

「気をつけます」

「本当に難しい局面だけど、ロンツェグ君を倒すには、向こうの想定を超えた速さで立ち向かうしかない。そしてそれができるかどうかは、恭之介君、あなたにかかってる」

「やってみせます」


 恭之介の返事に、リリアサは少し驚きを見せたあと、満面の笑みを浮かべた。


 もうロンツェグも、ヘスの騎士の姿も見えてきた。


 他に深淵の魔物はいない。横撃を狙っていたキリロッカに向けて当てたようだ。


 にくい用兵である。ロンツェグかユーリかどちらの采配かわからないが、向こうもまだ勝つ気でいる。


 そして、勝つための最後にして最強の一手。


 ヘスの騎士。


 近づけば近づくほどわかる。


 他の魔物とは別格だ。


 動きやすそうな薄手の鎧に鉄仮面。手には、斬れ味の鋭そうな少し細身で長い両刃剣を持っている。


 一見、見た目だけでは、普通の騎士に見えるが、まとっている雰囲気が違った。


 ササハルとも父ともまた違う強さである。


 重厚で禍々しい気配。


 激しく動くというより、どっしり構えて相手を迎え入れる戦い方をするのだろう。


 まさに剣の王者の風格。


 皆が騒ぐわけである。


 これは他の深淵の魔物とも比べようがない。


 魔物の群れの切れ目が見えた。


 恭之介とヘスの騎士の前を遮るものはほとんどいない。

 

「ララさん、ありがとうございます」

「いえいえ、しっかりお膳立てさせていただきましたよ」


 ララが息を切らしながら言う。


「このあとも安心して戦ってください。恭之介さんの邪魔はさせませんよ」

「それはもう。本当に頼りにしています」

「ふっふっふ、またパワーもらっちゃいましたね!もう一戦くらい行けますよっ」


 ララが両方の拳を見せてくる。


 本当に頼もしい。


 あとは自分がやるだけだ。



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「あぁ……頼む、頼むぞ、ヘスの騎士」


 ロック鳥の上で、ロンツェグが震えながら呟いている。


 ユーリはロック鳥から降り、すでに空槍の準備をしていた。


 いつでも撃てる。


 この戦で、空槍を誰に撃つかは、考えに考え抜いた。


 やはりレンドリックか、音鳴恭之介。


 一時の勝利を取るならば、他の者でも良かった。

 

 しかし、先々のことを考えるとこの二人のどちらか以外、考えられなかった。

 

 フィリ村の後ろにエンナボがいる今、その二人が残っていれば、一時の勝利の傾きなど、すぐに戻ってしまう。


 間違いなく二人は、戦術レベルを超え、戦略レベルの要である。


 それが本人たちもわかっているのだろう。


 この戦の中で、レンドリックに一切の隙はなかった。


 あの乱戦の中で、常にユーリの位置を確認し、視界に入れていた。


 それだけ注目されていると、前回と違い、挙動を見られるこの場所では、かわされる可能性が高かった。


 だが、結果として撃たなくて良かったのかもしれない。


 代わりに今、こうして音鳴恭之介を撃つチャンスがやってきた。


 当然、ユーリのことは意識にあるだろうが、今位置しているのは、普通の投げ槍でも当たるほどの至近距離。


 そして、ヘスの騎士がいた。


 さすがにヘスの騎士を相手にしては、あの音鳴恭之介でも、こちらへの意識は散漫にならざるを得ないだろう。


 いざという時は、ヘスの騎士ごと貫く気でいた。


 それについては、ロンツェグにも了承は得ている。


 しかし、空槍を打った瞬間、ユーリは使い物にならなくなってしまう。失敗だけは許されない。


 近づくに近づいた、もうここしかない。音鳴恭之介を仕留めるチャンス。


 その音鳴恭之介が一歩一歩近づいてくる。


 もう間もなく、ヘスの騎士との交戦が始まるだろう。


 束の間、ユーリは遠い戦場で戦うネイハンのことを思い浮かべた。


 この戦場の勝利を、今か今かと待っているに違いない。


 エンナボの攻撃は、生半可なものではないはずだ。


 何せ、混沌としていたトゥンアンゴを下層の身分から統一し、今や英雄と呼ばれる戦神だ。


 並の者なら、もうすでに敗走していてもおかしくない。


 しかし、ネイハンならば、必ず持ちこたえる。


 勝てる戦を自らの失態で逃すような人ではない。


 ネイハンが待っている。


 だからこそ、この戦場は絶対に勝たなければならないのだ。


「ロンツェグ殿」

「な、なんだ!?」


 もはや怯えを隠そうとはしない。


 臆病な男だが、音鳴恭之介だけを生涯の敵としているのは、ある意味、鋭敏な証拠だった。


 結局のところ、あの音鳴恭之介がいつもこちらの予想を上回ってくるのだ。


 最も恐れるべき男。


 それが本能でロンツェグはわかっているのだろう。


「最後の局面です。心の準備を」

「わかってる、わかってるよっ!頼むぞ、頼む……あいつさえ死ねば僕は……」


 ロックの羽毛に半分顔をうずめ、ひたすら祈っている。


 ユーリは一つ深呼吸をした。


 構える。


 自らを空槍の砲台と化した。


 一切の予備動作なしに発動できる。


 一瞬の隙を狙って、ただ撃つのみ。


 ユーリは恭之介の一挙手一投足に目をこらす。

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