第34話 行商人と村へ
村へ帰る日がやってきた。
魔物の波による襲撃のおかげもあって、当初考えていたよりはるかに多く金を稼ぐことができた。ワーレン支部長が報酬にかなり色をつけてくれたのだ。
また冒険者のランクもDランクに上がった。
これについては、むしろワーレン支部長から謝罪された。実力的に言えば、もっと上のランクでも良いらしいのだが、ランクが上がるにも条件があるらしく、それを破って無理やり上げることはできないそうだ。
もっとも、恭之介からすれば全く問題がなかった。目立つようなことは避けたいし、ビアトルクもランクが上がるとしがらみが増えるといっていたので、無理に上がる形にならなくて良かった。
「道は意外とわかりやすいな。雪さえなければ、そう苦労せずに行けそうだ」
ロイズが馬車の上で地図を見ながら言う。
冬ということもあり、村への道程は楽なものではなかったが、ロイズは絶対に村へ行くと意気込み、我々の帰宅についてきた。だが、こちらとしても村への物資を大量に購入したので、その運搬役として大いに助かった。
「馬車もよく走りますね」
「馬車には金をかけたのよ。行商人の足だからな」
零細商人と言っていたが、使っている馬車は立派なもので、物資も多く搭載できそうだ。馬も利口そうな良い馬である。顔を撫でるとうれしそうに頭を振る。
「エアブレイド!」
レイチェルもすっかり風の魔法を使いこなしていた。
風の刃で、暴れ鹿の全身を斬り刻む。暴れ鹿は地面に伏したが、まだ少し息があったので、ヤクがとどめを刺した。
道中の魔物は、レイチェルとヤクに任せていた。冬ということもあり、襲ってくる魔物も少なく、また現れるのも小物が多かった。
「ちょうどいい肉が手に入ったな。この辺で野宿にしようか」
ロイズの提案で、今日はここまでにする。
一日中歩けば何とか村へ着けるのだが、今回は馬車も伴っていたので、ゆとりある行程にしていた。見張りに立てる人員も増えたということもある。
ロイズが荷物の中から、大きめの鍋と野菜をいくつかを出す。
「じゃあ女性陣には野菜を切ってもらって、男性陣は鹿をさばくのでいいかな」
「えぇ、そういたしましょう」
レイチェルがロイズから包丁を借り、てきぱきと野菜の皮を剥く。リリアサもその横で、手際よく刻みはじめた。
「あ、鹿をさばくのは二人で大丈夫なんで、恭之介さんには見張りをお願いしてもいいかい」
「わかりました」
良い役割分担だと思う。特に恭之介が料理に携わっていない点が秀逸だ。
できないことができるようになるのは素晴らしいことである。しかし、自分より秀でた力を持っている人がいれば、その人に任せる方が何事もうまくいく。任せる大切さを恭之介は知っているのだ。
もちろん自分一人の時は、その完成度はさておき、すべて自分でやっていた。
だが今はやってくれる人たちがいる。何とありがたいことか。その分、自分は自分にしかできないことで返していくしかない。
しかし結局、食事ができるまで、恭之介が刀を振るうことはなかった。まぁ襲われなかったことは喜ばしい。
食欲を更にかきたてる、いい匂いが漂ってきた。
「野宿だから、せめて食事くらいは豪勢にしねぇとな」
たっぷり肉と野菜が入ったスープができ上がっていた。横にあるパンは村で食べるパンより白く柔らかそうだ。
「先生、焼いた肉もたくさんあるので、食べてください」
「ありがとう」
ヤクが木の棒に刺した肉を差し出してくる。
暴れ鹿は赤身が多く、いかにも肉を喰らっているという感じが強い。野趣に満ちた味だが、昔修行をした山を思い出す感じがして、恭之介は嫌いではなかった。
「いつも野宿するときは一人だから、今日は楽しいな」
ロイズがスープに浸したパンをほおばる。
「一人で野宿の場合、寝るときはどうするんですか」
「あぁ、こんなもんがあってな」
ロイズが馬車から鉱石を加工した道具を出してきた。
「簡易結界の魔道具だ。これを周囲に張り巡らせれば、弱い魔物は入れないし、万が一破って入ってきた時は、侵入を知らせてくれる。一人で動いている行商人は必須のアイテムだな」
「なるほど」
「まぁレイチェルさんみたいに結界を張れる魔術師がいれば助かるんだが。どうだい、俺と一緒に行商人をしないか?」
「あら、どうしましょう」
レイチェルがにこにこと頬に手を当てる。
「行商人も楽しいぞ~」
「そんなこと言っていると、レンドリック君にぶっ飛ばされるわよ」
「おっと、そりゃいかんな。領主様を怒らせるわけにはいかん」
そんな調子で会話は進んでいく。
恭之介は終始、特に話すこともなく、みんなの会話を聞いていた。火を囲んでの雑談は、気持ちも暖かくなるように感じる。
村へ帰ってきた。
鐘の音が二つ。帰還の合図だ。見張り台からバンが手を振っているのが見えた。
村の中央広場まで荷車を運ぶ。ロイズは興味深そうに村を見渡していた。
「きょうのすけさま、おかえりなさい。今日はなにを買ってきたの?」
ラテッサが一目散にこちらへ駆けてきた。
「色々なものをたくさん買ってきたよ」
「もう!それじゃあ、なにを買ってきたかわからないわ」
「それもそうだね。え~と、なんだったかなぁ。あ、そうだ、それよりも……はい、お土産の花の種とお菓子」
誤魔化すわけではないが、ラテッサにお土産を渡した。
「お花のたね!」
「うん、花の育て方は、リリアサさんに聞いてね」
「ありがとう!きょうのすけさま」
お礼を言うと、すぐさまリリアサの下へ駆けていった。早速、花の育て方を聞くのだろう。
他の子どもたちにもお土産を配る。冬の間のせめてもの慰みになればいい。
「おう、大量に買ってきたんだな」
レンドリックがオーリンを引き連れてやってきた。
「お兄様、ただいま戻りました」
「おぉ、おかえり、レイ」
「行商人様をお連れしました。こちらがロイズ様です」
「はじめまして、レンドリック様。行商人のロイズと言います」
ロイズは少し緊張しているのか、額に汗が浮かんでいる。
「オールビー・レンドリックだ。こんなところまで来てくれて感謝する」
「いえ、こちらこそ、このような貴重な機会をいただき、感謝いたします」
「それにしてもロイズ殿、体調が悪いのか?顔色があまりよくないが」
「いえ、体調は万全です。いやはや、お恥ずかしい」
ロイズは額の汗を拭う。
「レンドリック様がお強いとは、道すがら皆さんに聞いていたのですが、まさかこれほどまでとは思わず、少々驚いておりまして」
それを聞いたレンドリックは上機嫌になる。
「はっはっは!そうだろうそうだろう。この村は恭之介だけじゃないのだ」
「えぇ、このような小さな村にとんでもない手練れが二人もいるなんて、奇跡と言いますか、なんと言いますか……」
「あぁ、ここは普通の村とは違うのだ。ロイズ殿にも損をさせることはないだろう。これからよろしく頼む」
レンドリックは荷車に近づき、買ってきた物を物色する。
「なんだ、ずいぶん色々と買い込んだな。金は大丈夫だったのか?そんなに儲けたのか?」
「それがね、レンドリック君。実は……」
リリアサが、コルガッタの町で起きた魔物の波について説明し始めた。レンドリックは興味深そうに話を聞いている。
「なるほど、それで大量に報酬を得たわけか。恭之介、ご苦労だったな」
「いえ、役に立てて良かったです」
「それにしても深淵の魔物ミノタウロスか、僕も見てみたかったな。強かったのだろう?」
「えぇ、ここ最近では一番でした。でもレンドリックさんならおそらく勝てますよ」
「そうか、まぁ僕も強いからな」
満足そうに大きく頷く。
「この小さな村には超過剰な戦力よね」
「まったくだよ。レンドリック様もこれほどとは思わなんだ」
リリアサとロイズが呆れたように言う。
「まぁこれだけ大量の物資、本当に助かる。冬も豊かに越せるだろう。ロイズ殿も運搬ありがとう」
「いえ」
「しかし、運んでもらっただけでは悪い。ロイズ殿の商品もあるのだろう?見せてもらえるか」
「ありがとうございます」
ロイズがいそいそと、商品を馬車から運び始める。
「支払いは現金がいいか?物品なら魔物の素材もあるが」
「できれば物品でお願いします。帰るときもなるべく荷車に物を載せておきたいんで」
「まぁそうだろうな。できれば今後もうちの村の物を外に売り出してもらいたい」
「それは喜んで。ちなみに魔物の素材の他にどんな特産物がありますか?」
「あ~、それなのだがな」
珍しくレンドリックの歯切れが悪い。
「今はまだ言えないのだが、ちょっとした当てがある。まぁあまり期待できないかもしれないがな」
「はぁ」
「春になって、ロイズ殿が今度来るときまでには、何かしらの結論は出ていると思う」
「そうですか、それはそれは。次にまた来る楽しみが増えました」
ロイズが白い歯を見せる。
「それに、万が一当てが外れても、俺はこの村に来ますよ」
「そう言ってくれるか。ならば、魔物の素材はロイズ殿に優先的に卸すので、空の荷車で帰さないことは約束しよう」
「本当ですか?ありがとうございます」
二人が固い握手を交わす。
「さぁ、ロイズ殿。しばらく滞在してくれるのだろう?」
「えぇ、もし良ければ」
「大したものはないが、ゆっくりしていってくれ。村も見てくれれば、良い村ということがわかると思う。私も旅の話を聞かせてほしい」
どうやら二人の息が合ったようだ。
「ロイズさんに来てもらって、良かったですね」
「えぇ、本当に。良い行商人様と出会えました」
レイチェルも役目を果たせたようで嬉しそうだ。
レンドリックが言った、当てというものが何かは気になるが、その内、教えてもらえるだろう。
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