第33話 宴

 まるでお祭りのようだった。


 魔物の波の翌日、町の広場には机や椅子が出され、そこで多くの人々が飲み食いをしていた。その表情は総じて明るく、恐怖から解放された安堵感が全面に出ている。


 広場を見渡すと見知った顔があった。ロイズである。


 ロイズは抜け目なく、簡易的な屋台を出して、何やら煮込み料理のようなものを振る舞っている。わりと盛況のようだ。あとで食べてみよう。


「今日のパーティー費用は町が持ちますから、遠慮せずに食べて飲んでくださいね。何せ、恭之介殿のおかげで町が救われたのですから」


 町長から直々に声をかけられる。


 立場のある人間への対応が得意でない恭之介からすれば、この状況はあまり居心地の良いものではない。それでも相手が恭之介のために精一杯のもてなしをしてくれているのには感謝である。


 しばらく雑談をして、ようやく町長が他の席へ移っていった。ほっとしたのも束の間、恭之介の身が空くやいなや、色々な人たちがあいさつに来る。


 へどもどしている恭之介に、リリアサとレイチェルが上手に助け舟を出してくれる。来客たちも本来は恭之介が目的なのだろうが、美人二人の応対に満更ではない様子だ。


 本当に助かる。この二人がいなかったら、もう宿へ逃げるように帰っていただろう。


 幸いなことに、今回の戦で死者は出なかった。重傷者も後遺症が残るほどではなく、あれだけの規模の魔物の波を相手したと考えると奇跡的に少ない損害だそうだ。


「恭之介さん、あんたがいたからだぜ」


 ビアトルクが両手に持っていたエールのジョッキの片方を恭之介に渡す。


「さぁ、乾杯させてくれ」

「いただきます」


 木のジョッキが鈍い音を鳴らす。


「恭之介さんが大物を全部やってくれたからな。あれがすべてだよ」

「そうなんですか」

「あぁ、本来だったら、あれらを相手するのに今この町にいる冒険者の上位者が張り付きになんなきゃならなかった。その間に怪我人や死者は増えるし、大物を相手にしている上位者も無事にはすまなかっただろう」


 ビアトルクは一息いれるようにエールを呷ると、美味そうにため息をついた。


「だが、あんたが大物をあっさりと殺してくれたからな。俺たちは他の魔物の対応ができた」

「ビアトルクさんたちが、おびき寄せてくれたからですよ」


 戦場でのビアトルクの動きは見事なものだった。魔物を誘導させるのも上手かったが、それ以上に上手かったのは冒険者たちの動かし方だ。彼が逐一冒険者たちに的確な指示をしたため、被害が少なく済んだ。この戦の功労者は、ビアトルクだと恭之介は思っていた。


「あんたに褒められると悪い気はしねぇな」



 ビアトルクは恥ずかしそうに坊主頭を撫でる。


「でもよ、あんなもん、恭之介さんの手柄と比べりゃ、屁でもねぇよ。なんてたって、深淵の魔物ミノタウロスまで倒しちまったんだからな」

「おいビアトルク、今日は許すが、明日からは気をつけろよ」


 声の主はワーレン支部長だった。


「わかってるって、ワーレンの旦那。ミノタウロスなんていなかった」


 ビアトルクは目の前で手を横に振る。


「だが今日くらいは恭之介さんのすごさを話させてくれよ」

「だから明日からと言った」


 それから二言三言、恭之介を褒めたたえてから、ビアトルクは他のところへ移っていった。


「箝口令をしくことにしたの?」

「あぁ、ミノタウロスの出現は問題が大きすぎる。まぁ口の軽い冒険者たちがどこまで守れるかは疑問だがな、一応の効果はあるだろ。話を聞いたところで、深淵の魔物が町に現れたなんて、普通信じる奴はいない」


 ワーレンが恭之介の前の席に腰を下ろす。恭之介の周囲が落ち着くのをうかがっていたようだ。


「何か気になることあるのね?」

「そりゃある。普通の魔物の波じゃ、深淵の魔物なんて現れない」

「そうね、私も聞いたことがないわ」

「何か裏があるような気がしてな」

「裏ねぇ……」


 ワーレンがグラスを傾ける。白いワインを飲んでいるようだ。


 リリアサを見ると、口元に手を当て何かを考えていた。


「噂レベルの話だから、話半分で聞いてほしいのだけど……」


 意を決したようにリリアサが話し出す。


「魔物を操るギフトを持った人間が、ショーセルセ共和国にいるらしいわ」

「魔物を操る?」

「えぇ、魔物であれば強弱関係なく操れるって話。もちろん、深淵の魔物だろうとね」

「本当か?」


 ワーレンが机に身を乗り出す。


 ショーセルセは、大陸の南に位置する共和国だ。


 ウルダンとトゥンアンゴ両国と国境が接しているが、どちらとも関係は良好だと聞いている。国力はその両国より劣るため、うまく両方を天秤にかけて立ち回っているようだ。


「だから噂レベルって言ったでしょ?それに仮にこの話が本当でも、その人がやったとは限らないし……」


 リリアサが少し罰が悪そうに目を伏せた。


「ふむ、ちなみにそいつは男か?女か?年齢は?」

「若い男って話よ」

「何の手がかりもない状態から調べるより、はるかにましだな。貴重な情報提供感謝する」


 ワーレンは近くにいたギルドの職員と思われる若者にいくつか指示を出し始めた。


 その様子をぼんやり見ながら、恭之介は焼いた一角兎の肉をつまみ、エールで流し込む。エールという飲み物はこの世界に来て初めて飲んだが、恭之介の口に合う。ワインよりもこちらの方が好みだ。


 ワーレンは指示を出し終えると、少し姿勢を正し、こちらを向いた。


「改めて、君たちの働きに感謝する。これだけ軽微な被害で済んだのは、君たちのおかげだ」


 こちらに小さく頭を下げた。


 どうしたものかと思っていると、リリアサとレイチェルとヤクの目がこちらを向いている。自分が何か言わなければならないのか。


「いえ、その、自分にできることをやっただけです」

「君にできることが、とんでもないことだったのだ。本当にありがとう」

「そんな、いえ、あ~、どういたしまして」

「はっはっは、そう慌てるな。しかし、こうして話していると普通の青年にしか見えないのだがな。しかし、刀を抜けばあの腕だ。これまでどこで何をしていたのだ?それほどの腕を持っていて、何故表舞台に出てこなかった?」

「え~と」


 町に出るようになって、素性を聞かれることが増えてきた。転生者であることを言うか言わざるか。


 リリアサに相談すると、絶対に隠さなければいけないわけではないが、あえて言うことでもない、臨機応変に、恭之介自身の心のまま決めなさいと、親指を立て、笑顔で言われた。


 臨機応変な対応。恭之介が苦手なやつである。


 しどろもどろしていると、見かねたのかリリアサが口を挟んでくれた。


「ちょっとちょっと、素性の無理な詮索をしないのが冒険者の良いところでしょ。確かな腕と正しい振る舞いがあればいいじゃない」

「まぁそれはそうなんだが、個人的な興味を抑えられなくてな」

「それはわかる。大いにわかるわ」


 リリアサは誇らしげに、大きく何度もうなずく。


「でもね、そんな簡単に素性を明かせるほど安い男じゃないのよ、彼は。ちゃんと私を通してもらわないと」

「……君は彼の何なんだ?」

「う~ん、何なんでしょう?ねぇ、恭之介君?」

「はぁ、何でしょうかねぇ」


 リリアサは少し残念そうに、わかっていたわ、とでも言わんばかりの表情を浮かべる。


 リリアサと自分の関係、一言で表現するのはなかなか難しい。しいて言えば、恩人だろうか。


「まぁいいわ。恭之介君だし、今はそんなとこでしょうね。それはさておき、腕についてはご覧の通り、素行に関しても彼はまったく問題ないわよ。こんな良い子いないもの。私が全力で太鼓判を押すわ。今はそれでいいじゃない」

「そうだな。まぁ今日のところはそれでいいか。せっかくの夜だ、無粋な真似はこのくらいにしておこう。今日は君たちが主役だ。大いに楽しんでくれ」


 ワーレンは用が済んだとばかりに立ち上がった。


「そうそう、君たちは確か西の開拓村の者と言っていたな。何かあれば言ってくれ。私にできることであれば力になる」


 そう言い、ワーレンは人混みの中へ入っていった。


「いい人そうですね」

「そうね、空気も読めるし、仕事もできそう。村の近くのギルドの支部長があの人で良かったかもね」


 ミノタウロスの件が表に出ないということは、恭之介の注目も少しは減るだろうか。そうであれば助かるのだが。


「ところでリリアサさん、魔物を操る人に心当たりがあるんですか?」


 ワーレンと話していたことを思い出す。


「あ~……そう、前にこの世界に転生させた子なんだけどね」

「ギフトですか?」

「そ、動物を操る力が欲しいって本人は言ったんだけど、クリエイターが上位互換の魔物を操る力まで与えたのよね。やりすぎだと思ったんだけどねぇ」


 リリアサは疲れた様子で頬杖をつく。


「こういうことをしそうな人物なのですか?」

「いえ、それがね、まったく。本人はいたっていい子よ。元々は羊飼いだったとかで、動物ともっと仲良くなりたいからって、その力を望んだんですもの」

「じゃあ、その彼は関係ないんじゃないですか?」

「そうだといいわ。私の杞憂だといいけど」


 そう言って、リリアサはグラスに口をつける。


「先生。ロイズさんのところの煮込み料理をもらってきましたよ」

「お、ありがとう」


 器の中身はこげ茶色というのか、お世辞にも美味しそうには見えなかった。しかし、香りはとても良い。


「魔物の肉と内臓の煮込みだそうです」

「そうなんだ……あ、おいしいね」

「えぇ、少しスパイシーな味付けで、おいしいですね。香辛料で内臓独特の匂いやクセを消しているみたい。ロイズ様は料理も上手なのですね」


 レイチェルの言う通り、これまで食べてきた内臓の料理と違い、クセと匂いの強さをあまり感じない。


 それにしてもレイチェルは上品な見た目に反して、大抵の物を臆せず食べる。この内臓の料理も、見た目からして嫌う女性は多いだろう。さすが、開拓村で暮らしているだけのことはある。


「あ、そうだ。遅くなってしまいましたが、レイチェルさんの魔法のおかげで、ミノタウロスとも戦いやすかったです。どうもありがとうございました」


 ミノタウロスと戦う前、レイチェルが身体能力と防御力が上がる魔法をかけてくれたのだ。


「いえ、そんな……でも恭之介様の助けになったなら嬉しいです」


 レイチェルは少し恥ずかしそうにうつむく。


「良かったわね、レイちゃん。1ポイントゲットよ」

「リ、リリアサ様」

「リリアサさんもありがとうございました。リリアサさんが他の魔物の相手をしていてくれたおかげで、気兼ねなくミノタウロスと戦うことができました」

「どういたしまして。あら、私も1ポイントゲットね」


 リリアサは嬉しそうに笑っている。


 思いがけず、大きな戦に巻き込まれてしまったが、みんなの明るい表情を見ていると良い結果で終われたのだな、と恭之介は実感できた。

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