第27話

 そこは広々とした廊下で、少年たちの真正面に武具庫の重厚な扉があった。

 屋敷正面の門から見上げた最上階、三角形の切妻屋根ペディメントが上についたヴェニス風の窓を持つ広い一室に三人は足を踏み入れる――

 武具庫とはよく言ったものだ。

 中に入って、まず真っ先に目に飛び込んできたのは壁際にずらりと居並ぶ甲冑武者の群れだった。 

 それぞれ様々な時代と戦場からやってきたのだろう。声を潜めて問えば、即座に自らの戦歴を教えてくれそうなほど武者たちは美しく凛々しかった。

 ヒューとエドガーは思わず立ち止まってうっとりと見蕩れた。だが、当主のリチャードはそれらを見向きもせずに鎧櫃が置かれている一画へ急ぐ。櫃は幾つもあり順番に蓋を開けて覗き込んで行く。

「あったぞ! モルガンの言っていたのはこれだな」

 過ぎし日、栄華を誇った日時計の欠片をリチャードは取り出した。

「ハハァ、この錬鉄の三角形を石造りの台座に固定すればいいんだな? この際、見栄えなんてどうでもいい、針金かにかわがあれば僕らでもなんとか修復できるんじゃないかな――どうしたの、ヒュー?」

 ヒューは鎧櫃の底、日時計が置かれていた場所に敷いてあった紙片を凝視している。

「これ……」

「ああ、モルガンの父が置いたんだろうな。言ってただろ『後で必要になった時のために』って。全く、几帳面というか律儀というか、おかげで我が家にはこの種のガラクタが山ほどある」

「――」

 何のことはない。紙片にはそれを入れた日付と日時計破損部分とだけ、必要最低限の連絡事項が簡潔に記されている。よく見ると櫃内のその他の物にも同じように説明書きの紙が添えられていた。

「それがどうかしたのか?」

 ヒューの目が妙な輝きを帯びている。

「わからない。でも何か――引っかかるんだ。何故だろう?」

 鎧櫃はオーク材でできている。それ自体が年代物で、至る所に虫喰いの痕があった。この感じ、何処かで見たことがある。そう、書斎の降霊装置のテーブルの上に置かれていた、リチャードの父が雑記帳として使用した冊子の装丁……

(そう言えば、あれも古い鎧櫃を削って作ったと言っていたな)

 改めてヒューは紙片を見つめた。少々黄ばんでいるが紙自体は痛んでいない。汚れもなく綺麗なままだ。モルガンの父の筆跡もはっきりと読み取ることができた。

「リチャード、これ、もらっていいかな」

「かまわないよ。もういらないから好きに使ってくれ」

 ヒューが紙片をポケットに収めたのとエドガーが上擦った声を上げたのは同時だった。

「見てよ! これじゃないのか?」

「今度は君か、エド、何を見つけたんだい?」

「あいつは妙なところでひらめくんだ。どうした、エド?」

 友のことを一番知っているヒューが傍へ走り寄る。

「なぁ、ウェルさんが囁いた言葉『悪魔はブーツの中に』のブーツ・・・ってこれじゃないのか?」

 エドガーの指は甲冑武者の足を差していた。

「上手いぞ、良くやった、エド!」

 ヒューは叫んでエドガーの金色の頭をクシャクシャ揉みくちゃにした。

「俺もブーツは象徴だと思っていた。屋敷中の古靴を片っ端から捜すわけにはいかないもんな!」

 少年たちはすぐさま鎧武者を調べ始めた。

 屹立する武者全員を点検するつもりだったが、何のことはない、一番端の甲冑の足の中にそれ・・を発見した。

 豪奢なリボンでくくった手紙の束だ。

 丁寧にリボンを解いて、封書の中身を読み終えた時、三人は理解した。

 確かに悪魔はここにいた――


 〈 二人の兄弟の運命を私は知っている

   だからおまえの一族の宝を渡せ!

   略奪品を渡せ! 〉


 〈 一族の秘密を英国中に晒されたくないなら 宝を渡せ! 〉


 〈 これではない

   私が求めているものは真実の宝だ

   おまえは知っているはずだ 〉

 

 〈 場所はトラファルガー広場ライオンの後ろ脚

   宝を置いたらすぐ立ち去れ

   馬鹿な振る舞いはするな

   私が見張っていることを忘れるな 〉

 

 〈 これではない 〉

 

 〈 ふざけるな! これではない! 〉


 〈 私はおまえたち一族の秘密を知っている

   英国史を塗り替える秘密を

   どうした?

   選ぶのは一族の長たるおまえだ

   新当主のおまえだ

   秘密を守って子孫の安寧をまもるか?

   宝をまもるか?〉


 〈 宝と命 どちらが大切なのだ? 〉


「これは脅迫状だ!」

「しかも、お祖父様宛と父上宛て、2種類ある――」

「そうだね、脅迫状は二代に渡って送られ続けたんだ……」

 リチャードの指摘は正しい。祖父宛ての封書は古びていて、父エドワード宛のものは明らかに新しかった。

 どちらも英国国営郵便ロイヤルメール所謂いわゆるペニー郵便で送られていた。

 ペニーブラックの切手にマルタ十字の消印。消印はウエストミンスター局を始めとするロンドン市内の様々な場所だ。

 ちなみに、英国国営郵便は1840年に誕生している。全国一律1ペニーで配達されたので〈ペニー郵便〉の名がある。また切手が発行された世界最初の国故、現代に至るまで、英国は〝切手に国名を記さない〟唯一の国である。

「これで、一つの事実が解明された。君の祖父と父は何者かに脅迫されていたんだ」

 ヒューが言い切った。続けてリチャードとエドガーが沸き立つ思いを口にする。

「一族の秘密を白日の下に晒すと脅され続けた。口を閉ざす代償として宝を要求された――」

「英国史を塗り替える秘密って何だろう? そして、それへの沈黙の代価……真実の宝とは?」

 武具庫で見つけた二つの物、日時計の欠片と脅迫状。

 大きすぎる収穫、一層深まる謎。

 三人とも息が苦しくなった。冷たい水の底に沈められ、もがく人のように。 

「これからどうする?」

 ヒューがリチャードに訊いた。

「僕は、すぐにでも日時計を修復したい。君たちも手伝ってくれるかい?」

「もちろんだよ。だが問題はこの脅迫状だ。俺は、これはキース・ビー警部に知らせるべきだと思う。でも君の一族に係わることだから、君の判断に任せるよ」

 暫く考えた後でリチャード・グッドヴィルはしっかりした口調で自分の意思を述べた。

「僕は警察の協力を得たいと思う。脅迫の件はニュー・スコットランドヤードに委ねよう。但し――」

 顎を上げ、取り囲む友人の顔をじっと見つめる。

「宝に関して……〈WATCH DEATHWATCH〉の謎の解明は僕たち・・・で挑みたい。絶対、この日時計には何か重要な意味があるはずだ」

「誰だ!?」

 いきなりエドガーが叫んでドアへ走った。驚いてヒューとリチャードも後を追う。

「どうした、エド?」

「今、ドアが軋む音がして、見たらドアが細く開いてて、誰かがこっちを覗いていた。僕、目が合ったよ!」

 大きくドアを押し開いてみたが、廊下には誰もいなかった。

「あれ? 気のせいだったのかな?」

「古い屋敷だから、自然にドアが開いたのかもな。そういうことがよくあるんだよ」

 若き当主は苦笑いをした。

「それに徘徊癖のあるウェルは今は動けなくなって〈控えの間〉のベッドの中だし……」

 とはいえ、三人は少々薄気味悪くなった。それで、見つけた脅迫状の束と日時計の欠片を持って武具庫から庭へ移動することにした。

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