第23話

 (ここは何処だろう?)


 夢の中でヒューは、今、何処までも続く暗い階段を下りて行く途中だった。

 

 どんなに下りても出口は見えて来ない。

 階段は果てしなく、底へ底へと続いている。

 見上げると天井も真っ暗だ。上も下も闇に塞がれている。

 突然背後で声がした。

「あの音は何、兄様?」

 エドガーにしては声が幼い。

 すると自分ではなく先頭に立つ誰か――他の少年が答えた。

「死番虫だよ。気にするな、夜になると鳴くんだ」

「じぁあね、兄様、僕たちはいつかここを出られる?」

「当たり前だ。なんでそんなことを言うのさ?」

「だって僕、聞いたんだ。僕たちはここで死ぬって。

 たくさんの人たちがここで死んだんだよ。僕たちも殺されるって」

「馬鹿だな。そんなの嘘だ。おまえは従者どもに揶揄からかわれたんだよ。

 僕たちは死なない。信頼できる仲間が、必ず助けに来てくれる。

 それより、お庭で遊ぼう。追いかけっこをするぞ。

 おまえが鬼だ。さあ、兄様を捕まえて見ろ!」

「わーい、待ってよ、兄様!」

 先頭の兄が扉を開けるとそこは夜の庭だった。

 月が皓皓こうこうと輝いている。


 ヒューは跳ね起きた。

「変だな、俺たちは聖廟へ向かっていたんじゃないのか? いつの間に夜の庭へ降りたんだ?」

 瞬きをして、失笑した。

「ああ、夢か? 夢を見ていたのか……」

 この前、屋敷の廟へ行くためにリチャードが導いてくれた、細い階段の夢。

 まるで塔を下りて行くみたいだと思った。あれが印象的だったから、また夢に見たのだろう。

 ヒューは思い出した。あの時自分の先を行くリチャードからひんやりした風が吹き抜けた気がしたっけ。

 あれこそ、貴族の血が起こす旋風かぜだったのかもしれない。その風を追って、忠実なる騎士たちは何処までも付き従って行ったのだろう。

 寝返りを打って目を閉じる。

 またしても見えた来たのは――


 また階段だ。

 今度は上へ上へ昇って行く。

 突然空が見えた。

 広い城門の頂上に到達したのだ。

 城門の縁に、棒に突き刺した幾つもの首が並べて置かれていた。

 自分の前を行く青年が首に突進した。

 さらされた首を下ろす。

 紙の王冠と首元に掛けてあった札を引きちぎって青年は咆哮した。

「父よ! 弟よ! この仇は必ず私が晴らします!」

「新王、万歳!」

「我らが新王、万歳!」

 風に巻き揚って飛んで行く札。

 そこに書かれた侮蔑の文字をヒューは確かに読みとった。


 〈ヨーク公にヨークの街を眺めさせてやれ〉 


「ウワッ」

 再びヒューは跳ね起きた。

「また夢か? いや、聞こえるぞ、このどよめき……」

 かすかだが、確かにそれは聞こえた。部屋中に地鳴りのように響くこの音――

「ああ、そうか!」

 ヒューはすぐに思い当たった。

 それは向かい合わせの小劇場から聞こえて来る拍手と歓声だった。

「くそっ、今夜の出し物は何だ? 〈ヘンリー六世第三部〉? あの音のせいでまた変な夢を見たのか……」

 ベッドの上に屈みこんで暫くヒューは考えた。

「……ヨークの城門ミックルゲート・バーに晒された父と弟の首を、その手で取り戻した新王は誰だった? エドワード4世?」

 さらに冷静さを取り戻して、歴史より、今現在の自分の状況を分析する。

「こんな夢を続けて見るなんて、この処、貴族の館に入りびたり、間近で貴族の風に吹かれたから、その影響だろうな」

 幻惑され過ぎだ。ヒューは自分自身を叱咤した。

「やれやれ、俺にとっては幽霊より悪夢の方が始末に悪いや。まあいい、寝なおそう」

 布団をかぶってベットに突っ伏す。

 幸い、その後は隣家の騒音に邪魔されることなく翌日の昼まで熟睡した。


 充分に睡眠をとって出社したその夜、ヒューとエドガーは少々ゾッとする体験をした。

 配達用の棚にアンソニー氏宛てのメッセージが入っていたのだ。

「なにこれ?」

 爪先を立てて覗き込んだエドガーが震え声で、

「死者への手紙?」

「まさか」

 刹那、二人の背筋を冷たいものが走った。だが、落ち着いて考えたら、何ということはない。それはアンソニー・ウッドヴィルの死を知らない豪州の銅山会社からの定期便、いつもの株価通知だった。

 勿論、ヒューとエドガーはそれを届けるべく屋敷へ向かった。



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