3話。黒竜王をワンパンで倒す。王女からめちゃくちゃ感謝される

 俺が街道を歩いていると、向こうから立派な馬車がやってきた。


「無礼者! 道を開けぬか!?」


 ぼっー、とそれを眺めていると、騎士が俺に駆け寄って槍を突きつけた。


「……危ないじゃないか?」


 なぜ、こんなことをされるのかわからず、俺は困惑する。


「この国の第一王女ティファ様のお通りなるぞ! 王家の紋章が目に入らぬか!?」


「王家の紋章?」


「おやめなさい。良いのです」


 馬車の中から凛とした少女の声が響いた。


「旅のお方、家臣が失礼しました。道を開けてはいただけませんか?」


「すまない。そういうことなら……」


 俺が街道の真ん中にいたため、馬車が通れなかったようだ。

 世間知らずのため、そのことに気づくのに遅れた。


 ドォオオオオーン!


 その時、向かいの山が、爆音と共に割れた。

 その中から、傲然と翼を広げた黒い竜が飛びだしてくる。


「こ、黒竜王!?」


 少女が息を飲む声が聞こえてくる。

 

「貴様が俺を封じた王家の末裔か!? 八つ裂きにしてくれるわぁあああ!」


 黒竜が音さえ置き去りにするような猛スピードで迫ってきた。


「ひ、姫様を守れ!」


 騎士たちが抜剣するが、相手の威容に明らかに腰が引けている。


 俺は、馬車を丸呑みにしようとした黒竜を殴り飛ばした。


「「「はぇ……?」」」


 黒竜は吹っ飛んで森の木々をなぎ倒し、地面にめり込んだ。

 しばらく眺めていたが、そのままピクリとも動かなくなる。


『危なかったね! 何、あいつ?』


「さあ?」


 アルク姉さんの言葉に、俺も首をひねる。

 姉さんが、あの竜をレベル1にしてくれお陰で、ワンパンチで倒すことができた。


「伝説の黒竜王サヴァンティルを一撃で!? あ、あなた様は一体……?」


 馬車から女の子が飛びだしてくる。

 銀髪のツインテールを赤いリボンで結わえた断トツにかわいい少女だった。歳の頃は、14、5歳だろうか。


「……俺はロイ。山から半年前に出てきた田舎者で、【職業(クラス)】は無職だ」


 自己紹介では【職業(クラス)】を名乗るのが礼儀らしいので、それにならう。


「無職ですと……そんなバカな!?」


「最底辺の【職業(クラス)】ではありませぬか!?」


 騎士たちが俺を侮蔑の目で見る。

 失礼な連中だ。

 少女が、それを手で制した。


「私たちの命の恩人、いえこの国の救世主殿に対して無礼ですよ。

 ロイ様、ありがとうございました。私はこの国の第一王女ティファと申します。【職業(クラス)】は魔法剣士です」


「これはどうもご丁寧に。それじゃあ……」


 そのまま立ち去ろうとすると、慌ててティファに引き止められた。


「お、お待ちください! 救国の英雄をこのままお帰したとあっては、王家の名折れです! お礼をさせていただきますので、ぜひ王城にお越しください」


「お礼? それは今、いただいたが……?」


 俺が困惑して言うと、ティファは目を見開いた。


「まだ、なにもお渡ししておりませんが?」


「いや、感謝の言葉だけで十分だ」

 

「ま、まさかロイ様は何もいらないとおっしゃるのですか?」


「俺は襲ってきた魔物を返り討ちにしただけだ。それに、勝てたのは俺の力じゃなくて、姉さんのおかげだからな」


『ボクの力なんて無くてもレベル9999に達したロイに勝てるヤツなんか、平地にはいないだろうけどね』


 アルク姉さんが苦笑いを浮かべる。


「だから何もいらない」


「そ、それでは、せめて城に一晩、お泊りいただけないでしょうか? 父からもお礼を述べさせてください。ぜひ、お願いいたします!」


 ティファは頭を何度も下げた。


「ロイ様、さきほどのご無礼、平にご容赦を……! ま、まさか褒美は何もいらぬと申されるとは。その無欲さ、高潔さ、騎士として感服いたしましたぞ!」


 隊長と思わしき老騎士が、感動にむせび泣いている。


『ロイ、ここまで言ってもらっているのだし、泊まっていったら? きっと美味しい物が食べられるよ?』


 美味しい物か……

 勇者パーティの雀の涙ほどの給料では、ろくな物が食べられなかったからな。

 それも良いかも知れない。


「……俺は田舎者で、貴族の常識など何も知らない。無作法をしてしまうかも知れないが、それでも良ければ」

 

「は、はい! ありがとうございます! では、馬車にお乗りください」


 俺が承諾すると、ティファが顔をぱっと輝かせた。


「それにしても、勇者殿たちには黒竜王の討伐を依頼したというのに……! 討伐どころか復活させてしまうとは。

 莫大な報酬を前払いで、お渡ししていたというのに許せませんな!」


 老騎士が怒鳴り声を上げる。

 

 その時、黒竜王サヴァンティルが、ゆっくりと身を持ち上げた。

 俺と姉さん以外の全員が、恐怖に顔を強張らせた。


「きゅるるっ……ボ、ボクの負けです、ご主人様! 忠誠を誓いますので、どうか命ばかりは、お助けください」


 黒竜王の身体が縮み、手のひらサイズの幼竜の姿になる。パタパタと翼を羽ばたかせて飛んで来た黒竜王は、俺に向かって頭を垂れた。


 山にいる間に何度も経験したことだが、魔物は自分より圧倒的に強い者に対して服従する。


 幼竜の姿になったのは、服従の証。敵意が無いことを示すためだ。


「そうか。わかった。じゃあ今後は、人間を決して襲わないと約束してくれ。

 人を喰らう魔物を連れては歩けないからな」


「……はっ、そ、それは……」

 

「嫌なのか?」


「め、滅相もないです。代わりのご飯さえ、いただければ……」


 幼竜の姿なら、そんなに食わなくても大丈夫だろう。古竜の中には、エネルギー消費を抑えるために、幼竜化する能力を持った者がいる。


「わかった。じゃあ、よろしく」


「きゅるる! 黒竜王サヴァンティルはロイ様に忠誠を誓います。

 この地域は古来よりボクの縄張りです。このあたりの魔物は、ボクの配下。すなわちロイ様の下僕です。

 どうか、いかようにもお使いください」


 黒竜王は殊勝に、お辞儀した。


「サヴァンティルっていう名前は、長いからティルでいいか?」


「あい!」


「ま、まさか……黒竜王を討伐するどころか、下僕にしてしまうなんて……」


 ティファが信じられないといった面持ちで、口をパクパクさせていた。

 騎士たちともあ然としている。


「ロイ様は何者ですか?」


「……通りすがりの無職だが?」

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