7 異常性

「三列横隊密集陣形!」


 先程は後方に控えていた魔術隊を隊列に組み込み、小隊毎に分けず密集して防御を固めるようだが、相変わらず攻めはイリーナが一人で担当するようだ。


 対するウルヴァリン達は、陣形を組むでもなく、自然体で密集しているだけである。


「ファイアーボール構え、放て!!」


 そこに、魔術隊二○人によるファイアーボールの一斉射撃打ち込まれる。

 中級魔術ファイアーボールは、炎の塊の様な疑似物質を手元から打ち出し、着弾と同時に小爆発を起こす、ポピュラーな攻撃魔術だ。


 そして、それと同時にイリーナが距離を詰める。

 弾道を見るに、ファイアーボールは避けられる前提でウルヴァリン達の足元を狙っていたようで、避ける際に孤立した一体を倒す算段


 しかし、着弾より先に一体のウルヴァリンが前に出て、飛来するファイアーボールを特大の爪のようなもので切り裂き、爆発させた。


「んなっ!?」


 あの爪は武技スキルによって現れた魔力の塊だが、自身の爪の延長として創られているはずである。近距離で爆発を受ければ、ただでは済まないだろう。


 何がしたかったのか?その答えは、爆炎を目眩めくらましにして、ウルヴァリン達が四方向に飛び出した事で判明した。


「逃げた……!?」


 ファイアーボールを受けなかった残りの四体は、外壁や街の中などに逃げ出したのである。


 


 人間がされて困ることを、あまりに的確についてきている。まるでを元に動いているかの様だ。


「各小隊、分散して追……クッ!!」


 残っていたウルヴァリンがイリーナに飛びかかったのである。右手が千切れかけており、難なく斬り伏せられたが、四体の姿は既に無く、囮としての役割を全うしたということだろう。


「追え!!発見しても倒そうとはせず、信号弾を上げて増援を待て!」


 この場での戦闘はこれで終わりのようだ。スッキリとはしないが、イリーナの戦闘を間近で見れて、十分楽しめたので良しとしよう。

 気になるのは、ウルヴァリンのあの行動が、群れとして選んだものだったのか、溢魔スタンピード自体がそうさせたのかである。

 もし後者ならば、北側に注目を集め、騎士という戦力を偏らせた現状は、完璧な陽動ようどうに見えてしまう。その時――


 ワオォォォォォンッッ!!


「遠吠えね。方角的にさっき逃げた奴でしょう」


 このタイミングで、追われながら遠吠えというのは明らかに何らかの合図だろう。


 ――ワオォォォォォンッッ!!


 返答だ。今のは街の外からだった様で、その後連続して遠吠えが伝播していくのが聞き取れた。


「エキナ。負傷兵を治してやって」


「私まだ着いたところなんですよぉ!」


 丁度良くエキナが到着したので、義理を果たしておいてもらう。

 ブツブツと文句を文句を垂れるエキナに簡単に状況を説明しているところで、指示を出していたイリーナが戻ってきた。


「リアリス様、エキナ様。差し支えなければ、私はここで待機したいと思いますが……」


「構わないわ。私達は塔に戻るから」


「えっ」


 イリーナは護衛の任務から離れることを申し訳無さそうにしているが、この状況では仕方がないだろう。

 エキナが本気で嫌そうな顔をしているが、陽動ようどうの様な動きに何らかの合図と思われる遠吠え。戦況を見るにも一度、中央尖塔ちゅうおうせんとうに戻っておきたいところなのだ。


「それじゃ、私達は行くわ」


「えっと、はい!お気をつけて」


「えっ」


 エキナを抱え、本日三度目の空の散歩へくりだした。


 ―――――

 ―――

 ―


「侯爵。調子はどうかしら。……侯爵?」


 例の如く、窓から塔の最上階に入りティアミス侯爵に話しかけるも、返事が無い。どうしたものかと近づくと


「有り得ぬ……こんなことがあって良いはずがない!!」


 呆然とする侯爵が見ている西側を見てみると、そこでは二○メートルはあろうかという巨人が列を成して街へ向かって来ているのであった。


「ジャイアント種二類のサイクロプスね。アイツが森の南部から動いてるの初めて見たわ。これ外壁も耐えられないんじゃない?」


「外壁には付与魔法がされてますが、物理的な衝撃にはあまり強くないはずですからね〜。少なくとも門は抜かれちゃいそうです」


 呑気に話している間にも、追い打ちの様に報告があがってくる。


「南外壁第二区画に虫型の魔物が殺到さっとうしています!」

「北外壁全域からウルヴァリンが侵入しています!」

「南西塔、度重なる魔術攻撃により一部崩落!!」


 このままでも門を突破されるのも時間の問題だろうし、サイクロプスが来てしまえば、外壁自体も崩されかねないだろう。


「限界かしら。頑張ったとは思うけれど、


「相手ですか?異常な規模ですから、確かに現れた魔物が対応しきれない相手だったかもですね〜」


 この様子だと、エキナは知らないか、伝えられてないだけか。もしくはカレンにとっても予想外の事であったか。


「え、エキナ枢機卿すうききょう!どうか打つ手は無いだろうか!?」


「私に言われても困ります〜」


「無駄よ。例え援軍が間に合ったとしても、必ず負けるわ」


 このまま行けば、この国すら落ちかねない。それ程までに、今回の溢魔スタンピードの脅威は大きいだろう。


「だってこれは龍災りゅうさいだもの」

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