8 龍災とイレギュラー

龍災りゅうさい……つまりこの溢魔スタンピードには龍がひそんでいると!?」


「龍災は自然災害と聞いていたから、はじめは私も考えてなかったのだけれどね」


 住処から追われることが考えがたいウルヴァリンやサイクロプスがいた事も、ウルヴァリンの群れの陽動ようどうや、不可解な行動なども、溢魔スタンピードそのものが龍災であると考えれば、全て合点がいくのである。


 それに魔物の存在と天災、どちらも龍にしてみれば自分の管理下にあるに違いはないのだろう。


「異常だとは思いましたけど、龍が出てこなかったですからね〜」


「大森林の中層以降にいるような魔物もいたみたいだけれど、それらは全て、溢魔スタンピードの為に龍が創ったのでしょうね」


 魔物というのは、言ってしまえば龍の手先……いや、と言うべきか。なので、創るも操るも思いのままなのだろう。


「それでは、龍はどこにいるのです!?」


「過去の龍災では、常に災害の中心にいたはずですねぇ」


「いるわよ。中心にね」


 溢魔スタンピードの中心というならば、魔物の群れの中か、この街の中かである。落ちれば終わりの総大将が、防備を固める様子もなく、魔術や矢が飛び交う戦場にいるとは考え難い。

 それに、こちらの手を読みきった采配は、そもそも兵の動きを見ており、指示を盗み聞きしていたとすれば――


「この塔の屋根の上に、人の形をした魔力の塊があるわ」


「魔力の塊……ですか?」


 全ての生物は魔力を持っており、人間も魔物も、常に思念が存在するために必ず魔力場マナフィールドを持つ。

 そして、人間は固有の魔力波形マナパターンを持っているが、魔物の魔力波形マナパターンは全て共通で、自然に漂う魔力とも完全に一致する。なので、お互いの魔力場マナフィールドが接触すれば、人間か魔物かの判別は簡単につけられるのである。


 しかし、現在の龍は思念を持たない。


 なぜなら、龍の行動原理は全てこの世界の法則の一部だからだ。人格と言えるものは残っておらず、天災に合わせて人間の被害妄想を実現すべく力を振るうのみである。


「龍の魔力波形マナパターンは魔物と同じ。思念を持たず魔力場マナフィールドが無いのであれば、その存在はただの魔力の塊でしかない。視認しない限り見つけるのは非常に困難だわ」



「あら、まさか自分から出てくるとは思わなかったわ」


 軽薄けいはくな言葉と共に窓から入ってきたのは、赤い髪の少女。視覚的にはただの少女だが、魔力場マナフィールドでの感知ができず、魔力を感じ取ろうにも、希薄すぎて辛うじて違和感を感じる程度で、視覚が間違っているのではないか?そんな考えにすらとらわれてしまう。


 なにより、あちらから話しかけてくるなど、事前に聞いていた話とあまりに違うではないか。


「もっと機械的な思考をしているものと思っていたけど、随分と違うのね?逃げ出すものと思っていたわ」


「そんな感じでやっても上手く行かなかったからね、本体の人格を再現してるんだよね。型抜きみたいにさ、抜いた方も抜かれた方も、同じ形をイメージできるじゃん?」


 つまりこれは龍が概念化された際の、されなかった部分を再現して造られた容姿と人格ということか。


「それでね、魔力の配分を魔物に全部寄せて、龍である私は人型にして敵情視察しつつ隠れるってのをしてみたの。バレずに三個くらいは街を潰せると思ったんだけどな〜。見つかったから降参!」


 なるほど。


 龍の目的に合わせて、元の人格が再生されているといったところか。非常に厄介だが、この龍の変化を知ることができたのは幸運だったと言えそうだ。


「貴方を消せば溢魔スタンピードは止まる?」


「私が配置した魔物も、ただの魔物になるだけだし、止まらないんじゃない?」


 都合良く消えてくれたりはしないようだ。


「そう。それじゃあさようなら、。これから何度も会うことでしょう」


「またね!」


 容赦ようしゃ無く風刃ふうじんで首を落とす。風刃は最も手軽な攻撃魔術なので重宝ちょうほうしている。

 首の落ちた少女は、はじめから何も無かったかのように、そのまま形が崩れるようにして消え去った。


 少し予定が狂ったが、そろそろ本題に入ろうではないか。


「さて、侯爵。丁度いいから自己紹介でもさせて貰うわ」


 いきなり開放すると領主館の二の舞になってしまうので、少しずつ魔力を巡らせ、魔力場マナフィールドを開放していく。

 それでも圧倒的な魔力場マナフィールドの大きさを感じてか、塔にいる全員が言葉もなくこちらを注視している


「私はリアリス、"傲慢"の魔女リアリス。私の目的はただ一つ、龍災を防ぐ事」


 魔力を余すことなく全身に巡らせる事で、限界まで魔力場マナフィールドを広げていく。そして、半径三キロにも及ぶ魔力場マナフィールド圏内の、街の中と外壁にいる全ての魔物を検知する。


「ああでも、楽しいことは好きよ?目的といっても龍災は頼まれ事だし、私が楽しければそれでいいの」


 手元に魔術による光の槍を創り出し、狙いをつけた魔物たちへ撃ち出す。数百もの槍は、魔物の直上に来たところで垂直に落下し、その身体を穿つらぬはりつけにする。


「ほ、報告……外壁を越えていた全ての魔物が、謎の魔術によって倒された様です」


「馬鹿な!?何が起きているというのだ……ッ!」


 さあ仕上げはこの魔物の大群だ。極小規模での実験しかできていない、とっておきを試させてもらおうではないか。


「貴方にはね、この国に限らず、世界各国が、私をどう扱い、私とどう付き合っていくかを考え、伝えて欲しいのよ」


 西側の窓へ向って歩きつつ、総魔力の二割程度を注ぎ込み、直径二○センチ程の球体を創り出し、森へ向けて発射する。

 これは核分裂魔法。この世界では誰も再現したことのない、禁忌の魔法だ。

 

精々せいぜい上手にやりなさい」


 侯爵の方を振り返り、優しく笑いかけながら伝えてやる。


「ああはなりたくないでしょう?」


 球体は街から約二○キロ離れた場所の、魔物の大群の上空五○○メートル程で爆発した。

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