5 人間の戦い

「閣下!!ど、どうか再度ご検討を!!」


 静止に入ってきたのはイリーナであった。

 ここで領主館と同様の混乱が起きるのを避けたかったのだろうが、なんとも殊勝なことである。


「ガディアス。お前はこの二人をここから出すべきではないと、そう考えているのだな?」


「恐れながら……、ご認識の通りです」


 膝を付き、許しを乞うかの様に侯爵を凝視するイリーナ。

 はたから見ていると、私が原因でイリーナが怒られているようで、とても居心地が悪い。


 まあ、大した変わりはないのだが。


「……話は後で聞く。殿、エキナ枢機卿すうききょう?くれぐれも邪魔になる様なことはなさらぬように」


 イリーナの言外の訴えが届いたようで、怒りを噛み殺し、苦虫を噛み潰したような表情をしているが、なんとか見学の許可は出してもらえるようだ。


「ありがとうございます〜」


 昨日は立派な法衣ほうえをまとっていたエキナが、今日になってメイド服を着ていたためか、困惑しているのが見て取れるのが面白い。


 しかし、『リアリス殿』とは。

 枢機卿すうききょうであるエキナが私のことを上位者としていた為か、マリーの妹であると知らされていたのかは分からないが、随分と扱いが良くなったものだ。


「第三塹壕、防護柵の設営完了!」

「負傷兵の搬送経路を確保しろ!」

「目標地点まで一○分!」

「全弓兵の配置完了!」

「第五次防衛ライン構築間に合いません!」


 あらゆる指示や報告が、怒号のように飛び交い、現場の緊張感が徐々に高まっていく。


 一方で、私は全く関係ないことが気になっていた。


「エキナ。ここって何メートルくらいかしら」


「高度ですか?外壁が見た感じ三○メートルはありますよねぇ。それの二倍以上はあると思います」


 私の目算とほとんど違いはないようだ。仮に、現在の高度を七○から八○メートルとして、三○キロ先がギリギリ見えるとなると……


「なんともまあ、都合の良い異世界があったものね」


「どうかしたんですか〜?」


 水平線というのは、観測地点の高度によって距離が変わる。しかしそれは、星の直径が変わらないことを前提としてだ。


 つまりこの世界は


なのよ。私の知っている世界とね。奇妙な偶然もあったものね」


 まあ、そんな事はどうだって良いのだが。


「始まるわね。見せてもらいましょう。人間の戦いを」


 ―――――

 ―――

 ―


 見事なものだ。

 

 西外壁を背に、放射状に陣を敷き、野戦で迎え撃ったティアミス軍は、完璧に統制の取れた動きで魔物との戦いを繰り広げていた。


 あらかじめ油でも撒いてあったのか、広範囲を焼き払い、魔物の数を削りつつ進軍ルートを制限し、そこに魔術による集中攻撃。そして、時間を稼ぐことを目的に動く前線と、崩れそうなラインに瞬時に加わる遊撃部隊。

 兵たちの練度もさることながら、真に評価すべきは広域を見渡しながら、的確に指示を出す侯爵や、その直下の隊長格だろう。


 しかし、魔物の前線を構築していた四足獣や甲虫達を片付けたところで、ゴブリンやオークといった人型の魔物が増え、単純な罠を避けたり、迂回する集団などが現れたことで、徐々に苦戦している様子が感じられるようになった。


 そして、なによりの問題が


「いくらなんでも多すぎます……」


 隣でイリーナが呟く。


 当初二万と予想した大群であったが、開戦から二時間ほど経過してなお、森から溢れ出る魔物の勢いは衰えていない。


「塹壕に薪を詰めてるんでしょうか〜?よく考えますねぇ」


 防衛ラインを下げつつ、新たな炎の壁を作ることで時間を稼いでいるが、状況は悪くなる一方である。

 元々、綱渡りのような戦いであったが、このままではその頼みの綱すら擦り切れかねない……


 そんなとき、「あ」と声を上げたのは誰だっただろうか。


 ワーウルフの集団により最右翼が食い破られ、更に後ろから殺到したフォレストウルフによって、前線は完全に崩壊した。


「総員撤退ッ!!」


 侯爵の判断は早く、兵たちは最終陣地に火を放ち撤退し、跳ね橋が上げられ、戦いは籠城戦ろうじょうせんに持ち込まれたのであった。


中隊毎ごとの被害状況確認を急げ!」

「既に教団員が派遣された収容施設は全て満床まんしょうです!!」

「南西塔が魔法による攻撃を受けています!」


 魔物からの魔法攻撃もあるようだが、数は多いとはいえ、森から追い出される程度の魔物には、外壁を突破することは難しいだろう。

 お互いに手詰まりといったところか。しかし、一点気がかりなこともあった。


「侯爵。調子はどう?」


「……ティアミスでは、籠城ろうじょうは常に想定されています。王国第二軍と、第四、第五聖騎士団への援軍要請も行っていますので、我々の勝利は揺るぎません」


 やはり気づいていないようだ。報告は上がるかもしれないが、そもそも判別ができない可能性もある。

 籠城戦で落ち着かれるのも面白くないが、ワンサイドゲームではもっとつまらない。ヒントを出して、もう少し楽しませてもらおうか。


「気づいてないみたいだから教えてあげるわ。さっきのワーウルフ、

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