4 空の散歩

「お、お待ち下さい!」


「待たない」


 小鹿のように震えるイリーナには悪いが、好きにさせてもらおう。


「あ、ついてくるのはご自由に〜」


 エキナが勝手に許可を出しているが、私が困ることではないし、動けるのならついてこれば良いだろう。


「……ッ!い、行きます!」


「そう。好きになさい」


 こうして、イリーナを連れて昨日通った道を辿っていくこととなった。老執事が言っていた通り、一般人は外出をしていないようで、昨日とは一転して街は静まり返っていた。


「さて、どこから見るのがいいかしら」


「昨日、外からでも見えましたし、あの塔が良さそうですよね〜」


 エキナが指差すのは、西外壁の丁度真ん中にある一番高い塔だ。確かにあそこなら戦闘の様子を俯瞰ふかんすることができるだろう。


「それならもう、うえから見れば良いんじゃないの?」


「瞬間的に足場を作るくらいならともかく、滞空するのが苦にならないのはリア様くらいですよぉ」


 そういうものだったか。

 魔力を物質化して足場を作ることで、空を駆る『空歩くうほ』という技術に対して、乗ったまま移動すれば良いのにと疑問に思っていたが、魔力消費が理由であったというのは盲点であった。


 かくいう私も、立ったままや座ったままの移動は好きではないのだが。見た目的な理由で、だが。


「なら、あの塔でいいわ」


「あ、あの!中央尖塔ちゅうおうせんとうには門番もいますし、入れないかと思います……」


 途中で先程のことを思い出したのか、尻すぼみになっていくのが愛らしい。

 確かに、先程のように無理矢理通っても良いのだが、軍事施設でやると今後の展開にも支障が出そうなので避けたいところだ。


「窓、あったわよね」


 顔を青くするイリーナに対して、私は笑みを深めた。


 ―――――

 ―――

 ―


「も、もう無理です!!降ろしてください!!」


「下を見るから怖くなるのよ。ほら、街がキレイよ」


 街も下にあるのだが。


 私達は今、


 私の前に現れて、私の後ろで消えて行く階段は、当然ながら私の魔法によって創り出されたものである。

 魔力場マナ・フィールドの関係上、少し繊細な魔力操作が必要だが、見た目を街並みに合わせて石造りにしてみたりして、風情を感じながらの空の散歩は気持ちが良い。


「あまり遅れると落ちるわよ」


「ひゃっ!?引っ張らないでください!!」


 なにより、イリーナの反応があまりにも良いため、ついイジメたくなるのだ。


「リア×イリ……、いいですねぇこれは〜」


 イリーナの資質に関してはおおむね同意するが、エキナには触れないほうが良いだろう。


 塔の頂上に近づいてきたところで、改めて森の方を見てみると、わずかに大森林の木々が見えた。

 そして、手前に広がる平原には、既にのところまで魔物の大群が迫っていた。


「多いわね?」


 森の縁から街まで半日ほどかかったが、時速にして四から五キロで、七時間ほどと考えると、距離は約三○キロといったところか。

 明らかにティアミスを目指している大群に、どれだけの幅があるかは見て取れないが、奥行きが一○キロ以上ある大群というのは、一万……いや二万体はいるだろう。


「二万はいそうですねぇ。マリー様いわく、過去最大規模らしいですよ〜」


「こんなことって……」


 真っ青だったイリーナの顔が蒼白になってしまった。

 どれほどの頻度で溢魔スタンピードがあるかは知らないが、様子を見るに想定規模を大きく超えているようだ。

 魔物たちの移動速度からすると、接敵は三○分後といったところか。


「お手並み拝見、ね。塔の中、入りましょう」


 せっかくなので解説でも聞きながら見学させてもらいたいものだ。



 塔には全方向に等間隔に並んだ窓があり、目立たない様に後ろから侵入することにした。

 窓に足をかけ、潜るようにして身を乗り出すと……


「何者だ」


「あら侯爵、昨日ぶりね」


 私の首元に剣を添え、今にも首を落とさんとするティアミス侯爵と目があった。

 直前まで後ろ姿が見えていたのだが、いつの間に抜刀して距離を詰めていたのか。

 この世界の剣士は強いと聞いていたが、なるほど、これは面白いものを見せてもらった。


「どいてくれる?後ろ、詰まってるの」


 、スペースを開けると、エキナが入ってきてイリーナを引き上げた。


「失礼しますね〜。イリーナちゃんもほらほら」


 空の散歩が原因か、先程の光景が原因かはわからないが、威圧に耐えたイリーナも腰を抜かしてしまったようだ。


「エキナ枢機卿すうききょう……、この非常時に何事ですか」


 怒りをあらわにしつつも、理性的に聞いてくるあたり、侯爵の筋肉は頭にまでは詰まっていないようだ。


「ただの見学よ。気にせず進めて頂戴」


「らしいです〜」


 ここは司令室のようなものらしく、通信の魔道具で指揮を取っているようだ。となれば、あちらは混乱を避けたいだろうし、私達は邪魔をするつもりはない。

 お互いに不利益は無いのだし、見逃してくれるに違いない。


「つまみ出せ!!」


 ダメだったらしい。


 残念だが仕方ない。お怒りのようだが、少し大人しくしてもらおうかと思ったところで


「閣下!!ど、どうか再度ご検討を!!」

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