3 スタンピード

「私の種族は魔女よ。女神の妹であっても、なんの影響力も持たないただの魔女。今は……ね」


「え、魔女……ですか?」


 ふむ、種族のカミングアウトで反応を見てみたかったのだが、この様子だと魔女という種族は、あまり知られていないようである。


「ほら、着いたんじゃない?」


 そうこうしているうちに、巨大な建物が目の前のところまできていたので、体よく話を変えさせてもらった。


「ッ失礼しました!私はこのまま、お二人の護衛につかせていただきます。ご案内は屋敷の者に引き継ぎます」


「私は教会におりますので、御用の際はいつでも呼び出しください」


 ティアミスに滞在する間、イリーナは私達の専属の護衛となるらしく、ベルトンは司教の仕事に戻るようだ。


 領主館は、貴族らしい麗美れいびなデザインながら、あの巨漢が好みそうな質実剛健しつじつごうけんといった造りの、六区画を専有する巨大な屋敷だ。


「ようこそお越しくださいました」


 門の前には、『じいや』と呼びたくなるような老執事がおり、門を抜けると、通路の両サイドに並んだメイドが頭を下げている。

 これでこそ貴族という歓待に、思わず感動すら覚えてしまう。


 屋敷に入ってからは、汚れは落としていたとは言え、二週間ぶりの湯浴みという至福の時間を過ごしたり、風呂でも本職メイドそっちのけで私の世話を焼くエキナが、更にメイド服に着替えて周囲を困惑させたり、森では用意できなかった、まともな料理に感動したりと、目的も忘れて貴族の生活を堪能させてもらった。


 しかし、ここに来た目的を果たすにも侯爵がいた方が都合が良いだろうし、森の方にあれだけ人が集まっているのであれば、それを利用しない手は無いだろう。


 自分の中でそんな言い訳をしつつ、用意された部屋で眠りについた。


 そういえば、非常時といっていたのはなんだったのだろうか?


―――――

―――


『……!!……!!』


 ――まだ眠い。私は二週間ぶりのベッドをもっと堪能していたいのだ。


『第……緊急……備!!』


 ――ああ五月蝿うるさい。周辺一帯黙らせてしまおうか。


「だめですよぉ〜」


「………おはよう。エキナ」


「おはようございます〜!」


 なにやら騒がしい。

 記憶に残らないのだが、私は寝起きの機嫌が大層悪いらしく、なにかやってしまったのかもしれない。


『第一種緊急配備!!』


 部屋の外の喧騒を聞き分けてみたところ、なにやら緊急事態のようだ。


「なにこれ?」


溢魔スタンピードですね。大森林の魔物が溢れ出したんです」


 非常時というのはこれのことか。予兆でもあって、警戒中に私達が到着したとかそういうことだろう。


「ちなみに、原因はリア様がマンティコアを倒したからですねぇ。あれで森の魔物たちの縄張りが崩れて、結果的に追いやられたものが平原まで出てきてしまうんですね〜」


 ……。


 カレンの出した試験でこうなったのだし、カレンが悪いのではないだろうか。まあ、何故こんな事をしたのかはわかるのだが。


 この状況を使えというお膳立てなのだろう。カレンの台本通りに動くのは少々癪だが、ここは素直に姉の施しに甘えさせてもらおう。


「見学でもさせて貰いましょうか。人間がどの程度戦えるのか見ものね」


 支度を済ませて、朝食をとったところで見学の旨を老執事に伝えたところ


「申し訳ありませんが、それは許可致しかねます。第一種緊急配備中にあっては、一切の軍務関係者以外の外出が禁止されております」


 どうやら、溢魔中の食糧や必需品は全て配給制になるらしく、街全体が徹底した籠城の姿勢になっているようだ。


 そんなこと、


「私は、『見学に出る』と言ったわ。許可を求めた覚えはないわ」


 言葉と同時に、魔力を身体に巡らせる。

 意図的に抑えていた、魔力場マナ・フィールドという身体に巡る魔力の量と回転速度によって規模の変わる力場を開放した。


 たったそれだけで屋敷にいた、エキナとイリーナを除く全員が膝を付き、腰を抜かし、頭を垂れた。


「安心なさい。しばらくは余計な手出しはしないわ」


 ちょっと効果があり過ぎてビックリしてしまった。


 魔力場マナ・フィールドとは、魔力を持つ生物を中心として展開される、距離で減衰する力場である。魔力と思念によって魔法が発動するこの世界において、魔力を操れる範囲と、思念の届く範囲を示している。


 つまり、人の首元に氷の刃を創り、首を落とす魔法を使いたければ、相手の首元に自分の魔力場マナ・フィールドがなければ魔法は発動しないのである。


 しかし、魔力場マナ・フィールドはお互いに干渉し合うため、二メートル先に氷の刃を作れる同じ実力の魔法師が、二メートル離れて向き合った場合、お互いに氷の刃は一メートル先にしか作れなくなるのである。


 今回の現象は、私の魔力場マナ・フィールドに自分の魔力場マナ・フィールドがほとんど奪われた為に、無意識的に押し潰されるようなプレッシャーを錯覚しているだけである。


 身体に害はないので、帯剣に手をかけて震えているイリーナも落ち着いて欲しいものだ。

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