2 城郭都市ティアミス
この世界に来てから半年ほどが経っただろうか。
唐突に出された試験をクリアし、本格的に仕事始めることとなった私は、徒歩で最寄りの街まで移動するという、マンティコアの数倍は手ごわい課題に心を折られながらも、カレンの住まう塔がある大森林を抜けるのに二週間、森の淵から半日かけて歩き、すっかり野営生活に慣れたところで
オルディア王国というこの国の最西部に位置するこの街は、一辺五キロほどもある正方形の巨大な外壁と、更にそれを囲う水堀に守られた砦のような街だ。大陸の最西端に広がる大森林から溢れ出る魔物が国内に流入するのを食い止め、間引くための重要拠点となっているらしい。
そのため、街を囲む強固な外壁は魔物との戦闘を想定されており、現在正面に見える西側が最も高く分厚くなっている。
街道の通る東側には一般的な出入りのための門を備えており、大森林から来た私達は東側まで回る事になるらしいが……。
「随分と熱烈な歓迎ね」
大森林から真っ直ぐ街へと向かってきた私達の前には、外壁上部から中腹の窓、街の中に見える塔の様な場所に至るまで、二〇〇〇人以上の鎧をまとった完全武装の兵士達が、弓や大砲、杖をこちらに向けて構えているのである。
「私達が来るのは、ちゃんと伝わってるはずなんですけどね〜?」
などと、エキナは呑気にのたまっているが……
どう見ても友好的とは言い難い様子だが、仮に手を出してきたならば、それはそれで手っ取り早くて良いかもしれないが。
思考が物騒な方向へ傾いてきたところで、兵たちの列を割って三人の男女が現れた。
上等そうな軍服の上からでもハッキリと主張する盛り上がった筋肉と二メートルはありそうな身長を持つ巨漢、細身だが怜悧な目付きで油断なくこちらを見ている軍服の女性、最後に、黒い法衣をまとった、いかにもな神父のおじさん。
「貴女がエキナ
「ええ、私がエキナです。まさかティアミス
どうやらこの巨漢がティアミス侯爵らしい。
ティアミス侯爵というと、この城郭都市を中心とした大森林からの魔物に対する防衛ラインを担っている軍のトップであると聞いている。
「こちらがリアリス様です。我々教団の大切なお客人です」
「良い付き合いができるといいわね。よろしく」
「……なるほど。私はロベルト・ティアミス。非常時ゆえ、ここを離れることができませんがご容赦を。ガディアス、ご案内せよ」
思ったより丁寧な扱いを受けられるようで拍子抜けしてしまう。
「承知しました。領主館までご案内します。こちらへ」
ガディアスと呼ばれた女性の先導で、街の中まで入れるようだ。
堀にかかった橋を通り、巨大な門をくぐり抜けた先は、徹底的に直線のみで区切られた街並みだった。水路に至るまで、すべてが平行、直角であり、一つの目的のために作られた街としての、圧倒的な機能美がそこにはあった。
見たことのない街並み、建物に感動を覚えつつ、おのぼりさんのように周囲を見まわしていると
「ご挨拶が遅れました。私、ティアミス教会の司教させていただいております、ベルトンと申します」
存在を忘れかけていたおじさんだったが、これで教団では結構な立場らしく、侯爵に私たちの来訪を伝え、立ち合いまでさせたのだから、その影響力は確かなものなのだろう。
しかし、女神マリーを信仰する組織であるマリー教団の、その女神マリーの正体を知っている上に、幹部であり五人しかいない枢機卿の一人であるエキナが、かなりの変人であることを知っている身としては、全くありがたみを感じられないのだが。
「
「そう」
話には聞いていたが、教団員はへりくだり過ぎて話し辛い。慈愛の効力をを身に受けすぎた副作用のようなものらしいが、押し付けられた、マリーの妹という立場にこんな落とし穴があったとは……。
「気になるならお話に入ってもいいんですよ〜?」
マリーの妹と聞いて、明らかに反応した女騎士ガディアスに、悪い顔をしたエキナが詰め寄る。エキナは幼女好きなのかと思っていたが、女の子全般が好きらしい。
「い、いえ。そのような事は恐れ多いので……」
「またまた〜。さっきまで無礼者!って言わんばかりの顔してたの見てましたよぉ?」
なるほど。先程の侯爵との挨拶の際に睨まれていたのはそういうことだったのだろう。エキナはともかく、得体のしれない私の態度は、かなり無礼に見えただろうし、憤りを覚えるのも仕方がない。
図星だったのか、気まずそうな顔になっているのが不憫で愛らしい。
「気にすることはないわ。アタシが身分に疎いだけだし」
いまいち身分の差というものに実感がわかないので、今のスタンスを崩す気はない。そのうち
「ふふっ、イジメちゃってごめんなさいね〜?リア様はこんな感じですから、本当に気にしなくって良いと思いますよぉ。それより、聞きたいことがあるんじゃないですか〜?」
「ええと、では……私はイリーナ・ガディアスと申します。先程の女神マリー様の妹君というのは本当でしょうか?」
「ええ」
まあ、違うのだが。
「で、では、リアリス様は神族であらせられるのですか……?」
「いや、違うわ。というか神族なんているの?」
エキナに聞くのも不安なので、ベルトンに視線を飛ばしてみる
「……マリー様が自らの種族について語られたことはありません。
そこまでして種族に拘るというのは、
「私の種族は魔女よ。女神の妹であっても、なんの影響力も持たないただの魔女。今は……ね」
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