第一章 魔女の産声

1 旅の始まり

 私の目の前には、体長十メートルはあろうかという人面の獅子。マンティコアと呼ばれるその化物は、私のことを圧倒的弱者と見てか、嘲笑あざわらうような表情で睥睨へいげいしている。


 この大森林の北部において、食物連鎖の頂点に立つマンティコアは、人間達にすれば討伐ランクを測ることすら叶わない存在であるらしい。


 しかし、私にとっては違う。

 比較的、試し甲斐のある的に過ぎない。


「まずは燃やしてみましょうか『ほむら』」


 魔法には名前をつけろという、数少ない師からの教えに従いつけた名を告げると


 ゴウゥッッ!!


 轟音と共に巨大な火柱が現れ、マンティコアを飲み込んだ。

 

 燃焼が起こるには、燃える物質と酸素、発火点を超える温度が必要となる。

 魔力によって可燃性の疑似物質を作り出し、そこに空気中の酸素を分離、集積したものを圧縮することで高温を産み、発火する。


 『ほむら』は単純ながら一般的に扱われている『魔術の炎』とはまったく違う『化学の炎』を生み出す魔法なのだ。


 しかし、相手も化物である。


「グルゥアアァァァァッッ!!」


 少し体毛を焦がしたマンティコアが、火柱を割って飛び出し、こちらに手を伸ばす。十メートルを超える体躯から繰り出される猫パンチは、当たれば肉塊になるに十分な威力を秘めいてるだろう。


 の話だが。


 叩き潰さんと振り下ろされた腕は、正面に展開された二枚の障壁をアッサリと破る。僅かな抵抗を見せた三枚目の障壁も砕き、私に届く……その寸前でピタリと止まった。


「やっぱり魔術の障壁と圧縮空気は柔いわね。しかし、疑似物質障壁までこうもあっさり割られるとはね」


 疑似物質障壁は、超硬度の金属の塊と同等の強度を誇る、非常に強固な防壁であったはずである。

 それを難なく破ったマンティコアは、やはり最高峰の魔物であったということであろう。


 しかし、魔力的な強化があれど、ただの物理攻撃では絶対に私には届かない。


 攻守は順番交代ということで、試す相手に恵まれなかった魔法をひとつ。

 

「次は水……?うん、これは水よね『爆鳴』」


 瞬間、視界が光に包まれた。

 それはこの世界に今まで存在しなかった物理現象による圧倒的な暴力。


 爆風は地を削り取り、周囲の木々をなぎ倒す。そして、その爆音は大森林の隅々まで届いたことだろう。


「酸水素ガスといってね、水を分解するだけで作れてお手軽に爆発するのよ。しかし、マンティコアを見失ったわね」


 私の後ろだけが無事なクレーターの上で、独り言ちてみた。


「いやいや、これは水属性とかじゃないですし、マンティコアは消し飛んでます」


 独り言ではなかったようだ。


「ああ、エキナいたのね。でも酸水素ガスの爆発は音が凄いだけで威力はあまりないわよ」


「基準がわかりませんが、マンティコアに関してはオーバーキルですよぉ……」


 思っていたより脆いようで残念だ。四元素になぞらえて作った風と土の魔法も試したかったのだが……。


「なら試験とやらはこれで終わり?」


「はい。カレン様からはマンティコアを討伐次第、出発して良いと伺っております」


「そう、なら行きましょうか」


 テストが済んでいない魔法も多いのだが、魔法開発に勤しむ生活にも飽きが来ていたので丁度良いだろう。


「どんな傲慢と出会えるのかしら?ああ、とても楽しみだわ」|

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