プロローグ2

 浮遊感が収まったところで、いつの間にか床に溜まっていた水が無くなっていることに気がついた。それに、先程の石畳のような硬質さのない柔らかい絨毯のような感触だ。

 肌に感じる空気も暖かみがあり、まるで別の場所に移動したかのようだ。


「目を開けていただいても結構です」


 握っていた手を離し、恐る恐る目を開けると、石造りは変わらずだが、ソファやローテーブルといった西洋風の調度で整った内装の居室だった。窓から差す自然光によって照らされた室内は、先程までの無機質で薄暗い空間から感じていたプレッシャーから解き放ってくれるようにすら感じられた。


「これは転移……?」


「ええ、そうです。先程までいたのは地下でしたが、ここは塔の最上部にある居住空間です」


 カレンの様子もあり、先程までは疑うことを忘れていたが、これを目の当たりにすると魔法や転生の話も信じざるを得ないだろう。


コンコンッ


 そんなことを考えていると、ドアをノックする音と共に、藤色の髪のメイド服の女性が入ってきた。


「紹介しますね。趣味でメイドをしているエキナです」


「お召し物をお持ちしましたよ〜。しかし随分と早かったですね……ってこれは!!」


 こちらを見たエキナの動きが止まり、ワナワナと体を震わせる。

 衝撃的な話を聞いていたので忘れていたが、今まで服を着ていないままであったなと、他人事のように考えていると――


「銀髪幼めのカレン様!?美し過ぎます!!」


 ……。


 濃い。趣味でメイドと聞いた時点で嫌な予感がしていたが、メイド服に違和感すら覚える気品溢れる容姿からは想像できない程キャラの濃い人が来てしまった。


「あぁッ!!ジト目までいただけるなんて!?」


 眺めているだけでもだえだす始末で、趣味にしてもメイドというには奔放ほんぽうが過ぎるのではないかとカレンに視線を飛ばすも、ニコニコと笑みを浮かべるだけで、この件に触れる気は無いようだ。


「あ、今後の身の回りのお世話をさせて頂きますので、何なりとお申し付けください〜」


「そう」


 唐突に我に返ったエキナから服を受け取り……というかされるがままに着せられ、カレンと対面のソファに掛けたところで、やっと話の続きが始まった。

 しかし、後ろからエキナに髪を結われながらで緊張感に欠けるのだが、カレンに一切気にする様子が無いので、エキナの奇行については今後も触れない方が良いのであろう。


 さて、話を戻そう。


 私の置かれている状況と、私という存在が非常にハイスペックであることはわかった。となれば、それを作り出したカレンの目的とは何なのか。流石に戦争に兵器として投入されるとかは勘弁願いたいものである。


「私を産み出した理由は?」


「この世界は長らく、人間を守護する存在と人間を戒める存在によって均衡きんこうを保ってきました。しかし、百年ほど前から人間を戒める存在が暴走とでも言いましょうか、加減がきなくなりまして……、バランスが崩れた結構、その被害を抑えるために戦力が必要だったのです」


 人間の守護とは、随分と規模の大きな話になってきたものだ。

 しかし、平和な世界で生きてきた私に戦力を期待されても困るのだが……


「今までバランスを取れたのなら、人間を守護する存在で事足りそうなものだけれど?」


「お気付きかと思いますが、人間を守護する存在とは私のことです。私は支援や治療を専門としていまして、それを人々に分け与えることで人間の生存率を底上げしています。ですので、彼女との直接的な戦闘にリソースをくのは避けたいのです」


 カレンの立場については察すところではあるが、生存率を底上げできるほどの支援や治療を分け与えるというのは少し気になる。この世界にどれだけの人口がいるかは知らないが、一人で治療してまわれるものでは無いだろう。

 つまり、支援を切らせば、それだけでも人が多く死ぬ為に、対応に当たる人員が欲しいということで良いのだろうか。


 しかし、『彼女』というからには知り合いで、それも個人ということか。


「かわりにそれを殺せと?」


「間違いではありませんが、そう単純な話でもないのです。人間を戒める存在というのは様々な姿で各所に発生しますが、総称として龍と呼ばれます。龍は自然が人間に向ける怒りの化身とされており、天災が起きる際に発生し、意図的に人間に被害を及ぼそうとします。これは生物的な特性ではなく、この世界に定められた法則の一つに過ぎないのです」


 ……さっぱりわからない。


「簡潔に」


「嵐の中心には嵐龍が、地震が起きれば地中に地龍が。大きな天災と龍は結びついています。龍は生殖によって産まれる生物でなく、集まった水蒸気が雲となるように、断層がズレる際に大きな振動が起きるように……、この世界において当たり前の事象として、天災に合わせて龍は発生するものなのです」


「つまり、木から林檎が落ちるように、当然の法則として天災から龍が産まれるということ?」


「ほとんどその認識で結構です。正確には龍を産んだのは人間達の思念ですが、現状の結果は同じです。龍を倒さない限り天災は止まりませんので、迅速に対応できる戦力が必要になったという訳です」


「では『彼女』とはなに?私は貴女みたいなのがいるものかと思っていたのだけれど」


「以前はその認識で間違っておりませんでした。『彼女』と呼んでいたのは、龍も元々は私と同じ少女の姿を持っていた為です。彼女の祝福であった"憤怒"と人間を戒めるという使命、天災を司る龍というイメージが法則として再構築されたものが現在の龍の形です」


 『姿を持っていた』というのは複数あるうちの一つということの示唆しさか。

 法則に再構築とは……、それこそ回避の仕様のない災害な気がするのだが。

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