強者の振る舞いを

いばら

プロローグ

プロローグ1

 ポタ……ポタ……と水の滴る音がする。


 ――……?


 ピチョンと水が跳ねる音と、それにあわせて肌をたたく水滴の感覚。おぼろげな意識が少しずつ覚醒していく。


 ――身体がある?


 自分の身体があることに疑問を覚えるとはどうしてしまったのか、そんな自嘲じちょうをしようにも、当たり前のように身体が受けてきたはずの刺激が、とても久しく感じられるのだった。

 指を動かしてみる。かすかに水をかき分ける感触と、指先に触れる石畳のような硬質な床材。どうやら水浸しの床に仰向けで横たわっているようだ。


 そっと目を開けると、視界に入るのは青白い光に照らされたアーチ状になった石造りの天井。

 薄暗い。どうやら室内にいるようだが、このような様式をした内装の建物に覚えはない。

 後ろ手をつき上体を起こすと、目の前には厳かな雰囲気の台座らしきものと、それに乗った円柱形のガラス容器。

 側面には大きな穴が空いており、中ほどまで水が溜まっている。

 上部からは水が滴り落ちており、この水滴が跳ねたものが体に当たっていたようだ。

 SF作品に出てくる生物の培養槽の様なソレは、内側からこちらに向かって突き破られるように割れていた。


 ――これではまるで、自分が水槽を破って出てきた様ではないか。


 頭に過るそんな考えを払うようにあたりを見回すと、水面を這う様に広がる銀糸が目に付いた。

 それは、あたりに散らばるガラス片に紛れてなおキラキラと輝く……、いや、自ら淡い光を放っており、異様な美しさを誇っている。室内を照らしている光源はこの銀糸のようだ。

 サラサラとした銀糸を手ですくいあげると、スルリとこぼれ落ちる。その感覚は、それらが自らの頭髪であることを主張していた。何よりその髪をすくった手はあまりに小さく――


「……ッ!」


 息を呑み、うつむき水面を覗き込む。そこには、輝く銀髪に赤い瞳の少女が映っていた。


「なに……これ?」


「転生、のようなものです」


 突然、背後から聞こえた声にビクリと肩が跳ねる。


「驚かせてしまったようで申し訳ありません。正常な自我を維持できているとは思っていませんでしたので、思わず話しかけてしまいました」


 振り返ると、白磁器のように白い肌に、燦然と輝く金髪を持つ赤い瞳の少女が、困ったような笑みを浮かべていた。

 少女は、金色の糸で細やかな刺繍が施された修道服のような純白のワンピースの裾を持ち上げ、水溜まりを意に介さずこちらに近寄り小さく膝を折る。


「ようこそいらっしゃいました、私はカレン。あなたをここにおびした者です」


「……そう」


 カーテシーといったか、その所作は彼女の神々しい容姿と相まって、見惚れてしまう程美しい。しかし、んだとは一体どういうことか。


「あなたの置かれている状況を簡潔に説明させていただきます。突拍子も無い話に聞こえるかと思いますが、一先ひとまず最後までお聞きください。まず――」


 前置きの通り、カレンの話は俄には信じがたいものだった。この世界は私にとって異世界であり、私は転生者であるという。

 異世界からの魂の転移は、カレンの観測している範囲では年に2回ほど自然発生するらしく、それをこの場に召喚し、肉体を与えることで意図的に異世界転生者を産み出そうとしていたらしい。

 結論として今の私は、カレンのクローンである身体に、異世界から転移した魂が二十七人分憑依した存在のようだ。


 ……。


 異世界も転生も、魂も召喚も置いておくとしてもだ、二十七人とはどういうことか。今すぐカレンを問い詰めたいところだが、まずはもっと詳細に状況の把握をしたいところである。

 わからない点を一つずつ質問すべきだろう。


「そこまでして異世界転生者にこだわるのはなぜ?」


「それは異世界から転移してきた魂は膨大な魔力を持つからです。転移後は魔力を消費しながら漂い、そのまま霧散することがほとんどです。しかし、死産するはずであった胎児や肉体が無事なまま魂が乖離かいりした者などに遭遇した際に、憑依することで転生を果たすことがあります。そういった異世界転生者は、確実に魔力的な素質に優れているのです」


 胎児はわかるが、魂が肉体から離れるというのは……死の淵を彷徨うというやつだろうか。


「魔力とはなに?」


「魔力とは、魔法や武技といったこの世界で生きる上で欠かせない技能に必要な要素です。魂に付随するものでして……、例えるなら地下水でしょうか。それを効率的に汲み上げる能力が身体的な素質。汲み出した水を効率的に運用する能力が精神的素質ですね。身体的な素質が無ければ地下に水があろうと、無いものと変わりありませんし、飲むだけが水の使い方ではありません」


 あればあるだけ使い道のある資源という理解で良さそうである。あって困らないならありがたく使わせてもらえば良いだろう。


「二十七人というのはどういうこと?」


「文字通り、あなたの身体には二十七人の魂が憑依しています。魔力には波長があり、基本的に他人の魔力を受け渡したり合わせて使うことはできないのですが、魂自体を合成することで波長を統一することができるのです。少々荒業になりますので、各々の精神の干渉によりまともな自我を保つことができないのがデメリットですね」


 人の魂をなんだと思っていると言いたいところだが、そもそも死人であり、高確率で霧散する存在だったと考えると、機会が得られただけマシと言えるのだろうか……?

 しかし、自我を保てないというが、記憶こそハッキリしないが自我に問題は無いように思える。


「ですので、思わずお声を掛けてしまったのです。本来であれば、二十七名の中のから適正のありそうな方を呼び起こすことで、主人格を掌握をして頂くつもりでした。しかし、それは精神の強度が対等であった場合です。あなたの精神は稀に見る精強なものですので、完全に個の意識を確立しているようです」


 サラッと心を読まれた気がするが……まあいいか。

 しかし、暗に図太いと言われているようだ。繊細な心など持ち合わせていないのは事実なのだが。


「精神の強度とはなに?」


「祝福の位階によって推測しているものです。位階の高い祝福を持つ者は、その『業』に引っ張られてしまうことが多いのですが、あなたは最高位の祝福を持ちながら業に振り回されている様子がないため、主人格の件と合わせて最高峰の精神強度を持っていると判断しました」


 カレンは一度言葉を切り続ける


「祝福というのは、精神に付随するもので、その人の生き様や在り方を示すような精神性を表したものと考えられています。"怪力"や"敏捷"といった身体能力に補正がかかるものや、魔力に依存せずに特殊な現象を起こすことできるものなどがあります。祝福には位階という明確な格の差が存在し、同系統で位階が上位の祝福は、完全な上位互換と言えるものがほとんどです。『業』というのは、"怪力"であれば力を奮う欲が強くなったり、"敏捷"であれば落ち着きがなかったりといった程度ですが、最高位の祝福では村一つを滅ぼす程の衝動に駆られることもあります」


 随分と物騒な物を祝福と呼んでいるものだ。自分にもそんなものがあるというのは、あまり認めたくないのだが……。


「……私の祝福は何?」


「"傲慢"です。」


 生き様や在り方を示すという祝福が"傲慢"とは。何者が祝福を決めているのかは知らないが、誠に遺憾なことである。


「随分と楽しそうにされるのですね?」


 おっと、思わず口角が上がってしまっていたようだ。

 しかしまあ、私自身が傲慢な人間であるという自覚はまったくないし、祝福に従ってやる理由も無いのだ。祝福がなんであれ気にする必要はあまり無いのかもしれない。


「さて、こんな場所でお話を続けるのも窮屈きゅうくつですし、紹介したい子もいますので、場所を変えましょうか。お手をお貸しいただけますか?」


 立ち上がるのに手を貸す、という様子でもないが、今の私がカレンを訝しんでも仕方が無いので、素直に差し伸べられた手を握った。


「慣れないうちは酔いやすいので、目を閉じていただいたほうが良いかと思います。それでは跳びますね」


 目を閉じた次の瞬間、言い表し様のない浮遊感に襲われた。

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