第31話 勇者育成委員会




 ~セイリアside



「……ジーラス様」


 わたしはその名を口にしつつ身構えてしまっている。


「無事に帰還されて何よりです。特に『勇者アレク』の件……ロスター王から報告を受け、我ら『委員会』としても真に憤りを感じております。しかもアレクが逃亡したことで、お仲間が一人失われたとか? 彼の死を無駄にならないよう、我らデウス派も祈りを捧げましょう」


 ジーラスは丁寧な口調で特に悪びれた様子は見られない。

 選んだ側の責任どころか、聞きようによっては自分達も被害者のような言い方だ。


「はい……委員会の方も、またすぐに『勇者選抜』を行うのですか?」


「勿論です。既に何名か名が挙がっており、これから『適正審査』をして参ります。そう長く期間を置きませんので、どうかご安心を」


「一神官であるわたしが言う立場ではありませんが、戦いに赴く勇者パーティとしては、今後の適正審査では才能だけでなく、『人格』も尊重して頂けると嬉しいです」


「わかりました。ですが、我ら『勇者育成委員会』として、今回のアレクの件に関して全てが失敗という評価はしておりません」


「っと、仰いますと?」


「勇者アレクは確かに素行が悪く、さぞ貴方達に迷惑を掛けたことでしょう。ですが『勇者の使命』に関して、少なくても魔王戦までは他国の勇者達より精力的にこなしていたと思っております。魔王が復活して最初に魔王城へ潜入できたのも、このフォーリア王国なのですから」


「それはそうかもしれませんが……ただ、相当に無理して周囲に迷惑を掛けたのも事実です。彼も人格者として、もう少しまともであれば、きっと良い結果を残していたことでしょう」


「果たしてそうでしょうか」


「なんですって?」


 平然と言い切るジーラスに、わたしは眉を顰める。


「これは失礼。実際に戦ったセイリアさん達には失言でしたね。先日、『委員会本部』から連絡があったのですよ……貴方達が撤退した後、すぐ二国の勇者達が魔王城に潜入して、魔王に返り討ちにあったとね」


「え? 本当ですか?」


「はい、ランベルク王国の勇者は魔王にスキルを奪われた状態で撤退を余儀なくされ、もう一国の勇者は囚われたまま行方不明だそうです」


「そ、そうなのですか……」


 やはり、あの魔王ザフトは強大すぎる……わたし達だけでは絶対に勝てない。

 だからこそ、勇者が必要なのはわかります。


 しかし、いくら才能があっても、アレクのような輩にパーティが命を懸けて一丸になれるとも思えません。

 

 ここフォーリア支部の『勇者委員会』、特にジーラスはそれを理解していないのでしょうか?


「アレクは確かに問題があった。だが、彼の行動が皮切りに魔王の強さが浮き彫りになりつつあるのも事実です。そして、貴方達のような経験豊富な勇者パーティ達も健在だ。我ら『委員会』が、より最適な勇者を選抜いたしましょう。貴方達は、それまで羽根を伸ばして体を休めてください」


「――健在なんかじゃありません! 私の兄が行方不明なんですよ! 貴方達が選んだ勇者のせいでね!」


 好き放題言うジーラスに、エミィが我慢できずに前に出てきた。


「おや、その可愛らしいお嬢さんは?」


「この子はエミィ……勇者パーティの雑用係ポイントマンであった者の妹です」


「ほう……確か、シユン君でしたね? 戦死したと聞きましたが?」


「まだそう決まったわけじゃありません! あんな勇者さえいなければ……お兄ちゃんは……」


「お気持ちはお察しします。シユン君のためにも、私達『委員会』もより適正に富んだ勇者を選抜し、ロスター王に推薦していきましょう」


「私は兄が死んだとは思ってません……それを確かめるために魔王ザフトに会って確かめるんです! その為に勇者パーティの雑用係ポイントマンを目指します!」


「勇者パーティの選出は国王が一任していること。我ら『委員会』ではありませんね。ですが応援はいたしますよ、エミィさん」


 のらりくらりと躱しつつ、あっさりと抑揚ない言動のジーラス。

 まるで、雑用係のシユンのことなど関与しない、どうでも良さそうな態度だ。


 エミィは、それ以上何も言えなく黙り込んでしまった。

 やり場のない憤りで覚え奥歯を噛み締めている。


 ジーラスも『勇者育成委員会』としての主張が全て間違っているわけではない。

 それが組織の在り方なのだと割り切ることもできる。


 しかし残された家族の感情としては納得できる筈もありません。


 ここは同じ神に仕える者として、誠意とけじめを見せて頂きたいところです。


 実際にアレクの本性を目の当たりにした、わたしが苦言を呈するべきでしょう……。


 ですが、あのジーラスを始めとする『委員会』のメンバーは、わたしと宗派も違えば官階や立場も遥かに上の位なのも確か。


 ――しかし、愛するシユンのことは別です。


 エミィとて同様、わたしの妹のような大切な存在。


 ここは神官としてではなく、セイリアとして『委員会』の考え方を改めて頂くよう進言する必要があります。



「――ジーラス様、及び『委員会』の皆様、この場でエミィに謝罪して頂けないでしょうか?」


「セイリアお姉ちゃん?」


「セイリア……貴方?」


 わたしの言動にエミィだけでなく、黙って傾聴していたレシカ司祭も目を見開き驚く。


 ジーラスは色付き眼鏡の奥で興味深そうに双眸を細めている。


「ほう、私達がですか?」


「そうです。どう考えても、あのアレクを勇者として推薦したのは、貴方達『勇者育成委員会』の落ち度。まだわたし達勇者パーティは、国王や神殿の義理にて奥歯を噛み締めて耐えることもできましょう。ですが、エミィにとっては大切な兄であり肉親なのです。全能神デウスに祈りを捧げる以前に、まずは一人の人間として彼女に誠意を見せるべきではないでしょうか?」


 わたしの発言に、ジーラスは黙り込む。


 彼の後方で待機している『委員会』の四人が「勇者パーティとはいえ、立場をわきえろ!」「我らを『天帝の黙示デウス・アポカリプス教団』と知っての言葉か!?」と憤怒し叱咤する。


 だが、わたしは一切動じない。

 鋼の意志で、支部長であるジーラスの動向を見守る。


 ジーラスが片手を挙げると、他の『委員会』達は一斉に沈黙した。


「流石、鋼鉄の聖女セイクリッドセイリア……貴方の仰る通りでした。ささ、皆さん並びましょう」


 そう言いながら四人を呼び寄せ、エミィの前に並ばせる。


「――エミィさん。お兄様の件、大変申し訳ございませんでした。『勇者育成委員会』として、今後このようなことのない肝に銘じ徹底いたします。どうか、お許しを」


 ジーラスを筆頭に全員が揃って頭を下げて見せた。


「は、はい……わかりました」


 エミィは動揺を見せながら頷く。

 無理もない、ある意味では異様な光景である。


「お許し頂きありがとうございます。では、セイリアさん、また今度――」


 頭を上げた、ジーラスはわたしに向けて薄く微笑む。

 清々しいと言えば、それまでだが……何を考えているかわからないポーカーフェイス。


 ――目的のためなら、謝罪などいくらでもしてやるよ。


 そういう態度にも見えてしまう。



 こうして、ジーラス達『勇者育成委員会』は、わたし達の前から姿を消した。


 その場にいた者達から深い溜息が漏れる。


 わたしは、どっと疲れが押し寄せ、冷たい汗が流れた。


 エミィとシユンの名誉と尊厳を守るためとはいえ、踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったのかもしれない。


 そう思えてしまったからだ。






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『二度目から本気出すトラウマ劣等生の成り上がり~過去に戻され変えていくうちに未来で勇者に媚ってた筈の美少女達が何故か俺に懐いてきました~』

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