第二十七話 女王様とご対面

 女兵士の後に続くと、城の中にある巨大な扉の前まで案内された。この先に女王様が居る、そう思うと緊張によって俺の胃はキリキリと痛みだす。今すぐ宿に帰りたい。


「女王様、例の二人を連れて参りました」


 扉を数回ノックしつつ、女兵士がそう告げた。


「わかりました。それでは、中へ」


 すると、扉の奥から女性の声が返ってくる。それを合図に、女兵士はゆっくりと扉を開いていった。


「決して、粗相そそうのないようにするのだぞ」


 俺は女兵士に釘を刺されつつ、テレサと共に部屋の中へと足を踏み入れた。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。急に呼び立ててしまったこと、どうかお許しください」


「い、いえ。こちらこそ……えっと、お招きいただき、ありがとうございます」


 慣れない敬語を必死に繋ぎ合わせ、返答を口に出す。途中『えっと』なんてコミ障ならではの口癖を言ってしまったが、そのくらい許して欲しい。これでも必死に頑張っているのだから。


 俺たちを招く声の先、玉座に腰掛ける女性こそが『フィアリズ・ルーア・マリナジェーリ』女王。城へと向かう道中にて、俺はあらかじめ女兵士から女王様のフルネームを聞かされていた。

 そして、女王様の隣にはセレシアが鎮座ちんざしている。正確には『セレシア・ウィン・マリナジェーリ』という名前だと女兵士が言っていた。どちらも覚えるまで幾度と聞かされたため、俺の頭はオーバーヒート寸前だったが。


 部屋の中心あたりまで来ると、俺は漫画などで得た知識を参考にして跪く。しかし、隣を見ると未だにたたずむテレサの姿があった。


「あんたもやるの……!」


「えぇ〜、だって私が従う相手は主様だけだしぃ」


 ( やめろ、頼むから言う通りにしてくれ。さっき粗相のないようにって言われたばっかりだろう!)


 俺は必死にテレサを上から押さえつけ、無理やり跪かせようとする。そんな俺たちのやり取りに、女王様は小さく笑った。


「ふふ、構いませんよ。どうかお気を楽にしてください」


「す、すみません……」


 頑なに膝を折らないテレサにため息をつき、俺は諦めて女王様の方へと向き直る。


「こうして顔を合わせるのは初めてですね、召喚者さま。積もる話もありますが、まずは……」


 すると、女王様とセレシアは同時に玉座から立ち上がり、俺の方へと深く頭を下げた。


「この国を、シーダガルドを救っていただき、本当にありがとうございます。召喚者さまが居なければ、今頃この国も、他の街と同様に滅んでいたことでしょう」


「いえ、そんなっ。結果的にうまく事が運んだだけと言いますか、単に運が良かっただけで……」


「そんなに謙遜けんそんなさらないでください。あなたの活躍は、セレシアからたくさん聞いておりますので」


 その言葉に、セレシアは少し照れたように視線を逸らした。そんな反応されたら、こっちまで恥ずかしくなってしまう。


「こ、光栄です……」


 俺はぎこちない様子で頭を下げた。


「それで、今回の件に関与しているとされる、そちらの魔族のことですが……」


 すると、女王様はテレサの方へと視線を向けつつ呟いた。そこで俺は、咄嗟に口を開く。


「あの、女王様! こいつはもう無害なんです……! 確かに、この街を襲ってきた事に変わりはありませんけど……。それでも、今では私の大切な仲間として必要なんです」


「主様……」


 俺は必死に弁明する。所詮は全て俺の私情しじょうだ。俺一人の感情なんて、女王様や、街の人々からすれば無意味なものだろう。……けれど、一度でも手を差し伸べてしまったからには、俺にもテレサの責任を背負う必要がある。


「……そうですね。本来であれば、拷問の後に処罰を下すのが道理。……ですが、召喚者さまの情に免じて不問としましょう」


「ほ、本当ですか!?」


「はい。幸い、街への被害も無ければ、死者も出ていませんので。今回の一件について、目を瞑ります」


 そう言って、女王様は優しげに微笑んだ。隣で様子を見ていたセレシアも、安心したように胸を撫で下ろしている。

 俺も安堵の息を零しつつ、感謝を伝えようとした時。テレサが女王様へ向けて跪いた。


「感謝致します、女王様」


 それを目にした俺はもちろん、女王様とセレシアも同じように、驚いたような表情を浮かべていた。


「ま、魔族が……頭を下げた……?」


 後ろで見張っていた女兵士も、驚愕した様子で呟く。


「……あなた、名はなんと?」


「テレサよ。……主様に従うと決めた以上、どんな処罰でも受ける覚悟はしていたけど、これはこれで拍子抜けね。まったく、人間の同情心は理解出来ないわぁ〜」


 感心していたのも束の間、俺はテレサの脳天目掛けて手刀を繰り出した。


「あぅ! いったぁぁい……」


「なんで一瞬で挑発的な態度に戻るの!?」


「だってぇ〜……」


 頭部を押さえ、テレサはむすっとした表情を俺に向けてくる。


 ( いやいや、そんな顔されても。それで許した試しなんて一度も無いからな?)


「ふふっ。仲がよろしいようで」


 女王様は優しげに微笑んでいるのだが、隣のセレシアからは刺さるような視線を感じる。なにやら不満そうな表情を浮かべているが……。


「セレシア。せっかくの機会ですし、召喚者さまと……いえ、お友達とゆっくり話していらっしゃい」


「えっ、いいのですか?」


「ええ。私は少し、彼女と話してみたいので」


 女王様はテレサへと視線を送る。それに気付いたテレサは、ニヤリと笑みを浮かべた。


「あらぁ、二人っきりのお誘いかしら?」


「はい。お酒を交えながらでも、如何でしょう?」


「ふぅん、悪くないわね……」


 テレサの返答を聞くと、女王様は別の場所へと案内すべく部屋を後にする。それに続こうとするテレサの肩を掴むと、俺はにっこりと笑顔を浮かべた。


「粗相のないように、ね?」


「ぅ、……わかったから、そんな怖い顔しないでちょうだい」


 笑顔による圧力と共に釘を刺しておく。

 見張りとしてか、女兵士を含む兵士数人が、テレサに同行すべく部屋を出ていった。そうして、部屋には俺とセレシアだけが残される事となる。


「ノーラさん、お身体の方は大丈夫ですか?」


「うん、全然平気。セレシアこそ、昨日はバタバタしてて忙しかったんじゃない? 疲労も残ってるはずだし」


「そうですね……。まだ少し倦怠感けんたいかんはありますが、昨日に比べればずっと楽ですよ。ほとんどお母様が先に手を回してくれていたので、回復に専念出来ましたから」


 事前に手配していたとは。さすがは女王様……いや、お母様。


「……その。ここで立ち話も何ですし、ノーラさんが良ければ、私の部屋に来ますか?」


「えっ! せ、セレシアの部屋に……!?」


「はいっ、その方が落ち着いて話せると思ったのですが……やはり、ダメでしょうか?」


 ( 断る理由なんかない! けど、けどね。俺って男なわけで、そんな俺が女の子の部屋に向かうなんて、人生で初めての経験でして…… )


「じ、じゃあ……行ってみたい、かな」


 などと考える間もなく、俺はセレシアの部屋へ向かうことにした。 他意はない、決して他意はないと心の中で主張する。


「やった……! では、案内しますねっ」


 すると、セレシアは俺の手を引いて歩き出した。その様子に、俺は初めてセレシアと出会った時の事を思い出しつつ、後に続くのだった。

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