第二十八話 意外な一面

 廊下を走り抜ける二人の少女に、すれ違う兵士たちが微笑ましそうな視線を向けてくる。


「走ったら危ないですよ〜!」


「気を付けて走ってるので、大丈夫です!」


 兵士の注意にも足を止めることなく、セレシアは屁理屈っぽい事を言いながら、俺を連れて兵士の横を通り過ぎた。

 王女という身分を背負っているとはいえ、セレシアも普通の女の子として遊びたい時期もあるのだろう。


 ( セレシアにとっても、いい息抜きになると思うし。よぅし、俺も友達として全力で遊ぶぞぉぉ!)


 やがて、セレシアは廊下の途中にある扉の前で足を止めた。何やらそわそわとしているようだが。


「ここがセレシアの部屋?」


「はい……。なんだか、自分の部屋に人を招くのって、少し恥ずかしいですね」


 セレシアは気恥しそうに呟いた。その様子に、俺はちょっとした悪戯心が芽生えてしまう。


「じゃあ、やっぱりやめとく……?」


「い、いえっ! もう大丈夫ですから、入ってください!」


 そう言うとセレシアは扉を開け、俺を部屋の中へと招き入れた。内装は一見シンプルなものだが、置かれている家具や道具など、全て高価な物だと一目で分かる。

 やはり貴族の家庭ともなれば、高級品の一つや二つ置いてあっても珍しくもないのだろう。とはいえ、棚の上や寝具に転がっているぬいぐるみが、女の子らしさを全力で醸し出していた。


「あぁっ! ……か、片付けるの忘れてました……」


 ぬいぐるみへと視線を向けていると、それに気付いたセレシアが慌ててぬいぐるみをクローゼットの中へ押し込んだ。


「片付けなくてもいいよ? 別に恥ずかしいことじゃないんだし」


「で、ですが……。その、子供っぽいですし……」


「そんなの気にしないって、私も昔は色々と集めてたから」


 ( 主に美少女フィギュアとかだけど…… )


「そう、ですか……? じゃあ、この子だけ」


 セレシアは先程隠した所から一つだけぬいぐるみを取り出した。よく見ると、ウサギのような形をしている。


「それ、もしかしてウサギ?」


「はいっ、スノウラビットというウサギの魔物を象ったぬいぐるみなんです!」


 俺の方にずいっ、とぬいぐるみの顔を押し付けてくる。ウサギと言えばつぶらな瞳が特徴的だが、このぬいぐるみは威嚇いかくした猫の如く目つきが悪い。


「可愛いですよね、特にこの目とか!」


「そ、そうだね。カワイイ……」


 どこか睨まれているような気がして、俺はそっとぬいぐるみから目を逸らす。一見すれば普通のウサギと変わらないのだが……。

 とりあえず、目つきの悪さも含めて愛嬌という事にしておこう。


「セレシアは動物が好きなんだね」


「はいっ。見ていて癒されるので、一人の時はいつもぬいぐるみを傍に置いているんです。……どの動物も、実際に見たことないんですけど……」


「えっ、一度も見たことないの?」


 セレシアはぬいぐるみを胸元で抱えると、徐々に視線を下げつつ言葉を続けた。


「街の外へ出る機会がほとんど無かったので。……それに、私が街を離れる訳にはいきませんから」


「……そっか」


 小さく微笑むセレシアだが、その表情からは物寂しげな雰囲気が感じ取れる。


 ( って、なに重たい空気作ってんだ俺! これだとかえってセレシアに負担を与えてしまう。何か、気楽に話せる話題は…… )


「そ、それにしても。セレシアはすごいね、王女でありつつ剣も扱えるなんて」


「いえ、私なんてまだまだ未熟ですよ。剣術にも無駄な動きが多いですし、大したものでは……」


 セレシアの否定的な言葉に対し、俺は首を横に振った。


「欠点なんて誰にでもあるよ。……ただ、それでも諦めずに努力し続けるセレシアが、私には誇らしく見えたんだ」


「……そんな、誇らしいだなんて」


 王女という大きな責務を抱えながら、セレシアは人々を守るために剣を取った。並の努力では途中で心が折れてしまうだろう。

 先日の件に関してもそうだ。ほとんど街の外を見た事がない彼女が、先陣を切って魔物を相手にしていた。未知なる場所に一人で立ち向かうようなものだろう。


 彼女にとって、覚悟の上での行動だったに違いない。


「もっと自信を持っていいんだよ。少なくとも、私はセレシアを尊敬してるから。立場とか関係なく、セレシアは私の……自慢の友達だよ」


「ノーラさん……」


 俺は気恥しさのあまり、そっと視線を逸らした。セレシアも頬を赤くしたまま、同じく目を合わせられずにいる様だ。


「その……ありがとうございます、ノーラさん。おかげで少し……いえ、とても励みになります」


「……そ、それなら良かった。私にできる事なんてたかが知れてるけど、セレシアの為ならいつでも力になるよ」


「ふふっ、そんなに謙遜けんそんしなくていいのに」


 実情じつじょう、謙遜なんてしていない。これまで俺がやってきた事は、の力があったからこそ成し得たのだ。借り物の力を振るっているに過ぎない俺は、それこそ誇れるに値しないだろう。


「……ノーラさん。一つ、お聞きしたいのですが」


 返答に迷っている最中、俺の様子を伺いながらセレシアは言葉を続けた。


「ノーラさんは……召喚者、なんですよね」


「……うん、多分そうだと思う。この世界に来たのも、つい数日前だし」


 俺がそう答えると、セレシアは視線を下げつつ表情を曇らせた。


「……ごめんなさい。私、ノーラさんを危険な目に───」


 途端、セレシアの言葉を遮るかの様に、扉をノックする音が部屋に響く。


「セレシア様、少しよろしいでしょうか」


「は、はい……どうぞ」


 扉を開けて入ってきたのは、例の女兵士だった。つい先程、テレサと共に女王様の元へ向かっていた筈だが。


「失礼します。おや……? 召喚者殿と御一緒だったのですね、ちょうど良かった」


「何かあったんですか?」


 俺が問いかけると、女兵士は困ったような表情を浮かべつつ、ため息をついた。


「大した事では無いのだが……二人とも飲みすぎるあまり、完全に出来上がってしまってな。止めに入ろうにも、私たちでは聞く耳を持ってくれなくて。すまないが、止めてもらえないだろうか?」


 ( え、何その状況。すごく関わりたくない )


 セレシアの方に視線を向けると、そっと俺から視線を逸らしつつ口を開いた。


「お母様は、気に入った来客者にはとことんお酒を勧める癖があって……」


 ( 気に入られたのかよ! いや女王様もそんな飲み会の上司みたいなノリだったの!? )


「と、とりあえず……様子を見に行ってみようか」


「そうですね……」


 あまり気は進まないが、放っておく訳にもいかないだろう。これ以上悪化してしまう前に、女王様からテレサを引き剥がした方が良さそうだ。


「部屋まで案内しよう」


 俺とセレシアは、女兵士の案内に従って二人の居る部屋へと向かって行った。

 部屋に近付くにつれ、扉越しにも関わらず話し声が聞こえてくるのだが……。


「それでは他の仕事に戻ります故、失礼します」


「あ、ちょっとダネア……!」


 扉の前まで来ると、女兵士は早口で告げた後にその場を離れて行った。微妙に早足だ。

 セレシアが彼女の事をダネアと呼んでいたが、恐らくそれが女兵士の名前なのだろうか。


 ( あの女兵士。いや、ダネアさん。俺たちを残して先に逃げたな…… )


「仕方ない、私たちで何とかしよう」


 扉に手を掛けると、俺は意を決して扉を開けた。するとそこには───


「主様はぁ、とぉぉぉっても強くて、優しくてぇ、す〜〜〜っごく可愛いのよぉ?」


「あらあら、それならうちのセレシアだって負けてないわ。何事にも熱心に取り組み、覚えも早く、周りへの気遣いもできる。世界に一人だけの、私の可愛い娘ですわっ」


 ……親バカ口論こうろんが繰り広げられていた。


 ( コレの間に割って入らないといけないのか。うわぁ、やだ〜 )


 どうしたものかとセレシアに視線を送るが、今の女王様のべた褒めにより顔を赤くしたまま思考停止している様だ。ちょっと可愛い。


「テレサ、そろそろ帰るよ」


「主様〜〜〜♡」


 こちらに向かってくるテレサを避けつつ、床に転がった大量の酒瓶を一瞥する。


 ( 一体、何本飲んだんだこの人たち…… )


 振り返ると、テレサは後ろの壁に衝突したらしく、そのまま気絶してしまっていた。酔いが覚めるまで起きないで欲しいものだ。


「お、お母様! またこんなに飲んで……!」


 セレシアが女王様の元へと駆け寄ると、女王様はにこやかな笑顔でセレシアの頭を撫でた。


「あら、セレシア。もうお友達との時間はいいのですか……? それなら次は、私と一緒に遊びましょうか。ふふ、おいでセレシア」


「もぉ〜! 酔ったら子供扱いするのやめてくださいお母様!」


 その後もセレシアは、女王様のペースに流されるまま甘やかされ続けていた。


 ( 王族とはいえ、こうして見ると、どこにでも居る普通の親子と変わらないんだな )


 それからしばらくの間、俺は二人の微笑ましい光景を呆然と眺め続けるのだった。

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