第十五話 打ち解けた心

 あれから俺はいくつか店舗を訪れ、大量の食材や食べ物を購入してからレナの居る宿への帰路に就いていた。料理経験の欠片も無いため、とりあえず使えそうな食材を片っ端から買い漁ることにしたのだが。


「……さすがに買いすぎたかも」


 アイテム欄の中が食材で埋め尽くされている。まぁ、それでもスペースは全然余っているため大して気にはならない。途中まで大量の食材が詰められた袋を両手に抱えていたのだが、アイテム欄の中に入れられないかと試してみたところ全て収納することができた。つまり、今の俺は手ぶらに見えて大荷物を抱えている。


 ( 腐ったりしたら嫌だなぁ。何日持つのか知らないけど、やばくなったらセレシアにお裾分すそわけしよう )


 そう言えば最初に買い物しようとした時、店主がお釣りを数えるのにかなりの時間を掛けてた。無論、白金貨で払おうとした俺が原因なのだが……。その店主には少し悪いことをしたかもしれない。


 ( 今度また買いに行こうかな、次は買い占めない程度に )


 二回目ともなれば案外道を覚えているようで、迷うことなく宿へと辿り着くことができた。扉を開けて中に入ると、奥の部屋からひょっこりとレナが顔を出す。入ってきたのが俺だと分かると、レナは表情を明るくさせながら此方へ駆け寄ってきた。


「ノーラさま! おかえりなさいっ」


「ただいま、遅くなってごめんね」


 俺は反射的にレナの頭を撫でてやる。目を細めながらに擦り寄ってくるレナを見て、ちょっとニヤけそうになってしまった。まるで小動物のような可愛さに、思わず頬が緩んでしまいそうになる。


「あれ、何も買わなかったんですか?」


 手ぶらの俺を見てレナ首を傾げる。


「あぁ……いや、いっぱい買ってきたよ」


 俺はアイテム欄の中に入れてある大量の食材をテーブルの上に出した。さすがに全て取り出そうとすると床に転げ落ちるため、とりあえず半分ほどで抑えておく。


「わわっ! こんなにいっぱい……。それに今のって、ノーラさまは収納魔法が使えるのですね!」


 大量の食材に驚くものの、それよりもレナは俺の方に興味を示していた。


 ( 収納魔法……? アイテム仕舞うだけなのに魔法なの? )


「ま、まぁ……そんな感じ?」


 とりあえずその場の話に合わせつつ、俺は自分のステータスを確認する。魔法というからにはMPを消費するものかと思ったが、見たところMPは全く減っている様子はなかった。


「収納魔法は確かに便利ですけど、あまり多用してはだめですよ? たくさんの物を収納したり、長い時間収納し続けていると、魔力の消費が多いらしいので」


「……う、うん。気を付けるよ」


 恐らくレナの言う魔力が俺にとってのMPなのだろう。やはり本来は収納魔法を使用するごとにMPを消費するらしいのだが……。ひょっとすると、アイテム欄は収納魔法とは別なのかもしれない。まぁ、仮に魔力を消費したとしても、俺の数値的には無尽蔵に近いし、そこまで問題は無いか。


「それにしても……こんなにたくさん買ってもらってすみません、お金はいつかお支払いしますから」


 俺が大金ばかり使っていることに心配してくれているのだろう、レナは申し訳なさそうな表情で呟く。


「ううん。元々はレナの白金貨で買うものだったんだし、そんなの気にしなくていいから」


 ( そんなレナの大事なお金を奪って酒に変えた奴が悪いんだからな。……ぐぬぬ、なんか思い出したら腹立ってきた。仕方ない、今は存分にレナの微笑ましい姿で癒されよう )


「で、ですが! それではノーラさまのお金が……」


「いやぁ、それが……まだ大量の白金貨が余ってるから、そのことに関してはまったく問題ないよっ」


「……へ? 大量の白金貨が、余って……?」


 意識が遠い空の彼方へと飛んで行ったかのように固まるレナ。普通なら誰でもこんな反応になるだろう。こういった事は言わない方が身のためなのだが、レナは俺を悪用したりしないだろうし、問題ないはずだ。


「あとこれ、改めてレナに渡しとくね」


 呆然と立ち尽くすレナの手に、俺は硬貨の入った布袋を手渡した。買い物の最中、最初に立ち寄った店の店主が用意してくれたお釣りだ。半ば両替の様な扱いをしてしまったが。ともかくこれだけあれば、暫くはレナの生活費と宿の修繕費に使えるだろう。


「あ、えっと、ありがとうござ………ふぇっ!?」


 ずっしりとした重さに、レナは驚きの声を上げる。それもそうだ、なんせ金貨を含めて五十枚以上は入っているのだから。返されないようにと、俺はにっこり笑顔で圧をかけた。もはや新手の脅迫である。


「ぅ、……ありがたく、貰っておきます……」


 レナは渋々といった様子で受け取った。少し過保護かもしれないが、レナは今までずっと苦労してきたのだから。このくらいはしてあげたい。俺はレナの頭を数回撫でつつ、柔らかい笑顔を見せた。


「よし、それじゃあご飯にしようか」


「ふふっ、そうですね。今日は朝から何も食べてないですし、腕によりをかけて作っちゃいます!」


 袖をまくって意気込むレナ。そうして食材を手に取って何やら悩み始める。なにを作ろうか迷っているようだ。


「う〜ん……。あれがあったら、ん〜……」


「何か足りないの? 言ってくれれば出すけど」


 きょとりと首を傾げるレナを横目に、俺は他のテーブルの上に残りの食材を全て取り出した。


「まっ、まだあったんですか!?」


「あはは、ちょっと買いすぎちゃって……」


「ちょっとの量じゃありませんからっ!」


 レナは両手をパタパタと上下に揺らしつつ言ってくる。そんな様子を微笑ましく眺め、俺は口を開いた。


「今日も、此処に泊まっていいかな」


 そんな俺にレナは笑顔で答えた。


「───もちろんですよ、ノーラさまっ」

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