第十四話 熟練の感覚

 俺がまだ中学生だった頃、よく学校でいじめに遭っていた。


 一人に対して何人もが取り囲み、他の連中は見て見ぬふり。誰だって面倒事には関わりたくないだろう、俺だって同じことをするはずだ。

 だが、被害者側だったからこそ俺は周りの連中を憎んだ。いじめていた奴も、目を逸らして逃げていた奴も。……いや、そんな事は誰だってある、俺に限った話じゃない。ある一時の感情で決め付けるのは理不尽というものだ。


 例えば、いじめられているのが俺ではなく他の奴なら。俺はそいつを助けたのか? 割って入ったのか? 否、そんなこと俺に出来るはずがない。結局は俺も他の奴らと変わらないくずなんだ。何かから目を背ける事が正しい選択だとは言いきれないが、それは自分の身を守るための手段でもあるのだ。


 だから考え方を変えた、誰とも関わらなければいいと。


「まぁ、此処じゃそんな事も言ってられないか」


 一人で居ることこそが正しいものだと思っていた俺だが、この世界に来てから少し、考え方が変わった気がする。例え超人的な力を持っていても、一人じゃ何も出来やしない。人との関わりが一番大切なことなのかもしれない。


 例えばそう、救いの手を差し伸べてくれる人とか。


「……っと、此処か」


 多くの建物が並ぶ場所から離れた街の南西部、ひっそりと建つ小屋の前で俺は足を止めた。マップによると、この小屋の中に五つの赤い点が集まっていた。レナの言っていた男の仲間だろうか?


「さて。……ど、どうしようか」


 感情に任せて来てしまったものの、改まるとやっぱり怖い。確かに俺には異常なまでの力があるが、さすがにメンタルまでもが強くなった訳ではない。平気で人を殺すような連中の場所に単身で乗り込もうなど、普通なら考えないだろう。


 ひとまず俺は、中の様子を伺うべく扉に近づいた。


「ちっ、なんで俺が買い出しなんざ……ん?」


「あっ……」


 突然扉が開き、中から一人の男が姿を現した。隠れるような場所もなく、俺は男と鉢合わせしてしまう。


 ( なにこの謀ったかのような最悪のタイミング……! )


「なんだお前、ここで何してやがる?」


 男は俺を睨みつけながらじりじりと近寄ってくる。仮にも女子を相手に、そこまで威圧感を放たなくてもいいのでは? 普通の子供なら泣いててもおかしくないぞ。


「い、いやぁ……ちょっと道に迷ったと言いますか……」


「こんなとこまで道は続いてねぇはずだが?」


 定番となる言い訳もあえなく論破された。視線を泳がせていると、男は忌々しそうに舌打ちをした。


「あまり舐めた真似するなよ、俺は今ゲームに負けてイラついてんだ。ガキだからって容赦しねぇぞ」


「は、はぁ……」


 ボードゲームか何かでもしてたのだろうか。そもそも、ゲームに負けて怒る方がよっぽどガキなのではないかと思う。


「くそっ、あの野郎チョキなんざ出しやがって。俺があそこでグーさえ出しておけば……」


 ( って、ジャンケンかよ! )


「絶対イカサマしてやがる、許せねぇ……!」


 ( そんなもんにイカサマもクソもあるかぁ! 運と心理戦に負けたんだよお前はっ!)


 心の中で突っ込みを繰り出す。それより、この世界にもジャンケンの文化があることに驚きなのだが。


「しかし、ガキのクセに顔は上物だな。……この際だ、お前の身体でストレス発散させてもらうぜ」


 男は俺の顔と身体に視線を這わせ、不敵な笑みを浮かべる。すると男は、俺の服に掴みかかった。


「え? ちょ、やめ……っ!」


「別にいいだろ? 気持ちよくさせてやるからよぉ!」


 呼吸を荒くしながら俺に詰め寄ってくる。正直、かなり気持ち悪い。服を破ろうとしているのか、男は何度も腕に力を入れて俺の服を引っ張るが、まるで破れる気配がない。


「なんだこの服、ただの布じゃねえのか? ちっ、こうなったらナイフで……」


 しつこく迫ってくる男に、俺はついに堪忍袋の緒が切れた。


「───いい加減にしろ! 汚い手でベタベタ触ってんじゃねぇぇぇ!!」


 俺の服を掴む腕を払い除け、男に蹴りをお見舞いする。すると男の身体は " く " の字に折れ曲がり、扉を突き破って小屋の中へと吹き飛んでいった。


「ぐはっ……」


 まだ力の感覚を掴めていないため、ある程度加減したのだが……。男は奥の壁に激突し、そのまま床に伸びてしまった。


 ( 手加減してもこの威力かよ…… )


「な、なんだ!? 」


 部屋の中に足を踏み入れると、計四人の男が俺に視線を向ける。


「なんでガキが……。今のって、あいつが……?」


「んなわけ無いだろ、ただの女子供じゃねえか」


 ここまで派手な登場をかましてしまった訳だ、今更おどおどしていても仕方がない。彼らの言葉をよそに、俺は口を開いた。


「あの、私みたいな子供からお金を奪った人は居ますか?」


 すると、四人のうち奥に居た一人の男が俺の元へ歩いて来る。


「ああ、居るぜ。お前の目の前にな」


「そうか、あんたが……」


 余裕の態度で俺を見下す男。服の上からでも分かる腕の筋肉、その強靭な肉体はまさに冒険者と言ったところだ。


「ふん、ガキの知り合いにはガキしか居ねぇのかよ。それで、一人でのこのこと何しに来たんだ。まさかとは思うが、取り返しにでも来たってか?」


「うん、あの子から奪ったものを返してほしい」


 俺の返答を聞いて男は腹を抱えて笑った。


「ははっ! そりゃ偉いなぁ? けどよ、悪いがそいつは無理だ……もう使っちまったからなぁ!」


 見せびらかすように男は酒瓶を手に取った。見れば、部屋中に酒や食べ物が散乱している。


「だが、最初に奪ったのはあいつの方だろ? あんな大層なもんを貧乏くせぇガキが持ってる訳ねぇよ」


「あれは私が、あの子にあげたものだ」


「……お前がだと? 」


 男は俺をまじまじと見つめ、不敵な笑みを浮かべる。


「ほう、貴族の娘か何か知らねぇが……だったら丁度いい。残りの金もここに置いていけ、そしたら見逃してやるよ。死にたくはねぇだろ?」


 ……どこまでも腐った奴だ。俺は深くため息をついて男を睨む。


「ああ、死ぬのは怖い。誰だってそう。……けど、あんたは人を殺したんだろう?」


「殺したなぁ。……だが、それの何が悪い? この世界はな、強い奴こそが───」


 俺は男の腹部目掛けて拳をめり込ませる。その衝撃によりメキメキと肋骨の砕ける感覚が指に伝わるが、今の俺には罪悪感など一切感じなかった。


「かは……っ」


 かすれた声を漏らしつつ、男は後方へと吹っ飛ぶ。やがて壁に背中を勢いよくうちつけた事により、ようやく勢いが止まった。


「……は?」


「おい、冗談よせって。なぁ……」


 残された三人は今の光景に唖然としていたが、みるみるうちに顔が青ざめていく。


「……ちっ! 舐めんじゃねぇクソガキがぁぁ!」


 先程殴り飛ばした男が怒りを顕にしつつ、剣を抜いて向かってくる。あれだけのダメージを与えても倒れないとは、腐っても冒険者という事か。ならばと、俺は腰に携えた刀に手をかける。


「死ねやァァァ!!」


 肩から斜めにかけて勢いよく剣が振り下ろされる。……しかし、俺はそれよりも先に刀を抜いていた。


「ざまぁみやがれ! 雑魚が俺に歯向かうから……って、は?」


 俺に攻撃を弾かれる事もなければ避けられることもなく、男は確かに剣を振り切った。だが、俺に傷らしいものは何一つ与えられてなどいなかった。


「なっ……無傷だと!? お前、一体なにを……」


「よく見ろよ、自分の剣を」


 俺の言葉に、男は自分の剣へと視線を移す。しかし、男の持っていた剣は刀身のほとんどを失っており、バラバラの破片となって足元に散らばっていた。


「は……はぁぁぁ!?」


 状況に理解が追いつかない男。だが、同時に俺も内心少し驚いていた。

 刀を抜き、目の前の "敵" に攻撃を仕掛ける刹那せつな。俺の身体はまるで、何度も刀を振るってきたかのような洗練せんれんされた動きを

 勿論、俺は刀なんて振った事はおろか、手に持った事すら一度もない。つまり、これは俺の……アバターに残っていた感覚なのだろう。


「……それで。強い奴こそが、なんだって?」


 刀をさやに戻し、俺は再度男を睨み付けた。


「ひっ……! か、勘弁してくれ……頼む! 死にたくねぇ……まだ死にたくねぇよぉ!」


 男は俺の前で膝をつき、何度も頭を下げて命乞いをし始めた。


「誰だって死にたくない。けど、それでもあんたは人を殺した。……それが事実だ」


「もう殺しはしない……二度としねぇから! なぁ……!?」


 男の言葉に、俺は大きくため息を零す。逆手で刀の柄を掴むと、男の額目掛けて柄頭つかがしらを突き出した。その衝撃により男は脳震盪のうしんとうを起こしたらしく、意識を失い倒れ込んだ。


「一度でも人を殺めたら、その時点でもう人として終わりだろ」


 とにかく、これで少しは懲りただろうか。その光景を見ていた他の男達は腰を抜かしており、襲ってくる気配はなさそうだ。俺はボロボロになった小屋から出ると、一つのウィンドウが表示されていることに気付いた。


〘 スキル【居合】を習得しました 〙


「これは……」


 さっき刀を振るった時に覚えたのだろうか? スキルの項目を確認してみると、空白だった欄の中に【居合】いうスキルが確かに追加されていた。ついでに、以前覚えた【 探索サーチ】も追加されている。


「まぁ、考えるのは後でいいか」


 ウィンドウを閉じると、俺は商店街へと向かって歩き出した。

 昨日セレシアと食べ歩いた店、まだ空いてるかな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る