第十二話 予兆

 現在ノーラが滞在たいざいしている"シーダガルド"よりはるか南部、そして空高くに位置する浮島が存在する。

 島全体を囲むようにして結界が貼られており、それによって外部からの侵入は愚か、島自体を視認することすら不可能である。

 その禍々まがまがしい雰囲気を放つ島の中心部、そこに建てられた巨大な城の中に三人の人影が集まっていた。いずれも背には黒の翼を生やしている。


「それで、例の召喚者ってのはどんな奴だった?」


 興味深そうに小柄な少年が尋ねる。一見すると普通の少年にも見えるが、頭には短い角が生えていた。


「そうねぇ、あんたと大差ないような子供だったわよ。ほんとに召喚者なのか疑わしかったけどねぇ」


「子供なの? なんか弱そ~……」


 少年に答えたのは赤髪の女性だ。全体的に大人の色気を感じさせるような魅力をかもし出している。


「あらぁ? あんただって子供でしょうに」


「僕はめっちゃ強いからいーの!」


 小馬鹿にしたように呟いた赤髪の女性に対し、少年は地団駄じだんだを踏みつつ反論する。


「結局、そいつの戦力はどうだったんだ。ステータスは見たんだろう?」


 そんな二人をよそに、細身の男が口を開く。ローブを身体に纏い、フードの奥から顔を覗かせた。


「それがねぇ、見えなかったのよ」


「……見えなかった?」


 細身の男は、怪訝な目を赤髪の女性に向ける。


「失敗したわけじゃないないわよぉ、ちゃんとステータスは見たもの。けどぉ……数値が変だったの」


「ほう、となるとステータスの隠蔽か。……しかし、お前ほどの奴が人間ごときの隠蔽を見破れないとはな」


「ん~。隠してるような感じじゃなかったのよねぇ、どちらにしろ妙な感じだったわ」


 髪をくるくると弄りながら赤髪の女性は呟いた。


「別にいいじゃんっ、戦えば分かるんだしさ!」


「それもそうねぇ、街を消すついでに会ってみようかしら。……あぁ、生きていればの話なのだけど」


 少年の言葉に続き、赤髪の女性はくすくすと愉快そうに笑った。


「あまり派手にやってくれるなよ、後処理をするのは俺なんだからな」


「はいはい、お掃除の方は任せるわぁ」


 そう言い残し、赤髪の女性は部屋をあとにする。


「いいなぁ、僕も一緒に行きたいなぁ~」


 少年は文句を垂れつつ、身体が疼くとばかりに部屋を歩き回る。


「仕方無いだろう、がそう決めたんだからな」


「ちぇ……」


 細身の男が呟いた言葉に、少年は複雑な表情を浮かべながら黙り込んだ。


「それにしても、召喚者が子供だとはな。いよいよ人間共は唯一の希望をも失ったか」


  少年から視線を逸らし、細身の男は独り言を囁いた。


「まあいい、何をしようと無駄なことだ。もうじきこの世界は、魔王様の手によって変わっていく事だろう」


 細身の男は不敵な笑みを浮かべつつ、少年を連れて部屋をあとにするのだった。


     ◆


「ん……」


 窓から差し込む光を浴び、俺は目を覚ました。そこは何時も過ごしていた俺の部屋……ではなく、昨日眠った宿の一室だった。


「……やっぱし、夢じゃなかったか」


 身体を起こし、改めて自分の服装を確認するも、やはり少女の……アバターの姿のままだ。かといって、別に困ることはなかった。どうせ戻ったところでつまらない人生を過ごすだけだ。それならいっそ、このゲームみたいな世界で過ごす方が俺にとって都合がいいとさえ今は思う。


「さて……」


 とりあえず寝具から降りようと掛け布団をめくる。すると、何時の間にやら俺の隣で少女が眠っていた。


「……んんん!?」


 ( なんか妙に暖かいと思ってたら原因これか! ……いや、なんでだ? なぜ俺の隣に宿の少女が寝ている!?)


「ふぁ、……ぁ。おはようこございまひゅ……」


「あぁ、おはよう。……じゃなくて起きろぉ!」


「ふぇ……!?」


 俺は少女の肩を掴み、ゆさゆさと揺らした。


「お、おきゃくさまぁ……! おちついてくださぁぁぁい……!」


 ぐるぐると目を回す少女。どうやら目を覚ましたようなので、俺は肩から手を離した。


「とりあえず、どうしてここで寝てたのかについて詳しく説明していただいても?」


「えっと……添い寝サービス、です?」


 少女は首を傾げながらに答えた。なぜ疑問形?


「そんなサービスいらないよ……」


「えっ……。それはそれでショックです……」


 あからさまに落ち込む少女。そんな顔されると、なんだか罪悪感がすごいのだが。

 そりゃあ俺だって、こんな可愛い子に添い寝されて嬉しくない訳じゃないが、なんと言うか犯罪臭がすごい…… 。


「とにかく、こんな事しなくていいから。……えっと……」


「……あ、私レナって言います」


 そういえば名前を聞いてなかったと呼び方に困っていると、それを察したように少女は名前を告げた。


「レナちゃんね。……どうして添い寝しようと思ったの?」


「そ、それは……。せめてこれくらいはしないと、割に合わないと思って……」


 レナはもじもじと落ち着かない様子で答えた。もしかして、昨日の料金のことを気にしているのだろうか?


「そう言えば、通貨の基準価格って……どんなだったっけ?」


 この際俺はレナに通貨の価値について尋ねた。まぁ、当然の事ながら困惑したような表情をされてしまったが。


「……もしかして、ご存知なかったのですか?」


「ま、まぁ……ちょっと忘れちゃったと言うか……」


 俺は露骨ろこつに視線を逸らす。視線が痛いよぅ……。


「……でも、白金貨しか持ってないとすると、分からないのも無理は無いのかも」


 何やらブツブツと呟きつつも、レナは渋々しぶしぶ納得したように頷き、説明を始めた。

 その内容をわかり易くすると、この世界には鉄貨、銅貨、銀貨、金貨が主に流通しているとのこと。それを値段で表すと、鉄貨は百円といったところだ。そしてほとんど出回らない硬貨、それが白金貨というものだ。値段から推測するに、一枚で百万ほどの価値があるとのこと。

 改めて価値の大きさを思い知らされた俺。あまり軽率に出していいものでは無いな、他ではなるべく気を付けよう。


「というか。その基準で言うと、この宿で銀貨二枚は高すぎない?」


「うっ、おっしゃる通りです……」


 つまり、ご飯もないうえに狭すぎる部屋、これで一泊二万円も取られるということだ。ボッタクリにも程がある、とは思うのだが……そうでもしないと生活が保てなかったのかもしれない。


「私の払った白金貨から料金分を引いたとして、生活費にあてたらどれくらい持ちそう?」


「そうですね……使ってもいいのでしたら、数ヶ月は持つと思います」


 なるほど、それならしばらくはレナも普通に生活できそうだ。


「もう払ったお金だし、レナの好きに使っていいよ」


「……では、大切に使わせていただきますっ」


 レナは小さく笑みを浮かべ、俺を見つめた。


「お客さま、お腹すきましたか?」


「え? まぁ、少しなら……」


 ご飯は出ないと言っていたはずでは? 首を傾げる俺に、レナはくすりと笑う。


「今から食材を買ってきます。少しお時間はかかりますが、すぐに作ってまいりますのでっ」


 そう言って、レナはポケットから白金貨を取り出した。


「……いいの? 私の分も作ってもらって」


「作りたいんです! せめて、それくらいはお返しさせてください」


 レナは白銀貨を大事そうに握って呟いた。見た目は俺より幼い子供なのに、とても礼儀正しい子だ。


「わかった。じゃあ、お願いしようかな」


「はいっ、お任せ下さい!」


 そうしてレナは部屋を出ていこうとする。


「あ、……レナ」


「……? どうしました、お客さま?」


「お客さまじゃなくて、ノーラって呼んで」


 少し照れくさそうに頬を掻きつつ、俺はレナに自分の名前を告げる。


「───はいっ、ノーラさま!」


 そして、一番の笑顔でレナは微笑んだ。

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