第十話 娘と母

「……はぁ」


 重いため息を零しつつ、私は城の中へと入る。

 ノーラさんと別れたあと、帰宅した私を門の前で待っていたのは一人の女兵士。そう、ダネアだった。

 城を抜け出した日は、こうして私を出迎えてくれるのは何時ものこと。だが今日は、出迎えとともに伝えられた内容によって、私は気を重くしていた。その内容とは、女王じょうおうさまが私に話があるとのこと。


 つまり、お母様が私を呼んでいるらしい。


「お母様、きっと怒ってるよね……」


 今までは遅くても夕方には必ず帰宅していたため、何とか誤魔化ごまかす事が出来ていたのだが……。

 長い廊下を真っ直ぐに歩いた先の一室、巨大な扉をゆっくりと開けば、玉座ぎょくざに腰掛けたお母様が見えた。


「セレシア……!」


 私の名前を呼び、お母様が側まで駆け寄ってくる。頬を叩かれるのを覚悟した私は、きゅっと目を閉じた。しかし、私が感じたのは痛みではなく、包み込むような暖かさだった。


「心配しましたよ、セレシア」


 ゆっくりと目を開くと、お母様は優しく私を抱きしめていた。


「怒らない、のですか……?」


「当然怒っています。……ですが、それ以上に心配だったのですよ。無事で何よりです」


 そう言って、お母様は私の頭を撫でてくれる。


「……ごめんなさい、お母様」


 深い罪悪感を覚え、私は深く反省した。一方的に叱ることもなく、お母様は第一に私の身を案じてくれていたのだ。


「まったく……。次からは気を付けるのですよ?」


 そう言って柔らかな笑顔を浮かべるお母様に、私も口元を緩ませる。昔からずっと、お母様の笑った顔はとても安心できる。暖かくて、優しいお母様の笑顔は今でも大好きだ。


「それにしても、こんなに遅くなるなんて。一体どこへ行っていたのですか?」


「それは、その……友達と……」


 私の言葉に、お母様は目を丸くさせた。


「まぁ! お友達ができたのですねっ」


「はいっ。ノーラさんと言って、恐らく私よりも歳下だと思うのですが……とても優しい子なんです」


 お母様は、私の話を嬉しそうに聞いてくれる。


「また会う約束もしたのですが、何度も外に出向く訳にはいきませんよね……」


 王女という立場上、そういった軽率けいそつな行動をつつしまなければいけないのは理解している。それに、何度もお母様に心配をかける訳にはいかない。けれど、初めて私を"友達''として接してくれた彼女に、もう一度会いたい気持ちが勝ってしまう。


「……セレシア。二つほど、私と約束しましょう」


「約束、ですか?」


 私は首を傾げて聞き返した。


「はい。一つ目は、勝手に城を抜け出さないこと。二つ目は、門限もんげんを守ること。できますか?」


「えっと……でき、ます」


 困惑しつつも、私はお母様の言葉に頷く。


「よろしい。ちゃんと約束を守ってくれるのであれば、何時でもお友達の元へ行ってあげなさい」


「……! でも、いいんですか……?」


「大切お友達を待たせる訳にはいかないでしょう?」


 お母様の優しさには本当に敵わない。私は嬉しさのあまり、お母様に抱きついた。やはりお母様は私を王女ではなく、一人の女の子として接してくれる。だからこそ、私も身分を気にせず甘えられるのだろう。子供っぽいと自覚はしている、けれど……お母様の前でだけは、何時までも子供でいたいと思ってしまう。


「ありがとう、お母様っ」


「ふふっ、いいのですよ。夜遅くまで疲れたでしょう、今日は早めに休むようにね」


「はいっ」


 最後に深く頭を下げると、私は部屋を後にした。


 その夜。就寝につく頃、私は中々眠れずにいた。もちろん、またノーラさんと出会える事が楽しみという理由もある。……しかし、一番の理由は召喚者の件についてだ。

 根本的な問題が解決した訳では無い。むしろ、今のままでは悪化する一方だ。魔族の襲撃がいつ起こるかも分からない現状、最悪の事態を避けるべく早急に手を打たなければ……。


「召喚者さま、今頃どこに………」


 再び焦りと不安が募る中で、ひたすら召喚者が現れることを祈りつつ、私は眠りにつくのだった……。


     ◆


「ここか……」


 ウィンドウで開いたマップを確認しつつ、俺は一件の建物を前に佇んでいた。

 セレシアと別れたあと、俺は宿へと向かったのだが……。正直、マップ無しで辿り着くのは不可能だろう。なんせ、複雑に入り組んだ道が多すぎるのだ。


「そもそも、此処って本当に宿なのか?」


 一見すれば民家にしか見えない。マップで宿と表示されているため、間違いは無いはずだが。俺はゆっくりと扉を開け、中を覗き込んだ。


「お邪魔しま~す……」


 内装を見るに、宿で間違いは無さそうだ。正面にはフロントがあり、奥には階段が見える。案外しっかりとした作りだ。


「……誰もいないのか?」


 人の姿はなく、客も居なさそうだ。ひょっとしたら留守なのかもしれない。


「仕方ない、別の方の宿に……」


「ぁ、あの……!」


 不意に聞こえた声に、俺は周囲を見渡す。すると、フロントから顔を覗かせる人物が目に映る。見たところ、俺よりも幼い子供のようだが……。


「も、もしかして……お客さま、ですか?」


「うん。一泊したいんだけど、いいかな?」


 俺は少女に尋ねた。まさかとは思うが、この子が店主なのだろうか。


「えっと……部屋とか狭くて、ご飯も出せないんですけど、それでもよければ……」


 少女は俯きながらに答える。


「いいよ、お腹は減ってないからね」


 セレシアと居る時にたらふく食べた訳だし。それに、以前は何年も部屋で引きこもってた訳だ。狭い部屋なんて慣れている。

 すると少女は、目を丸くして俺を見つめた。別におかしな事は言っていないはずなのだが。


「えっと、いくら払えばいいのかな?」


 驚いた様子の少女に首を傾げつつ、俺は料金を尋ねる。


「ぎ、銀貨ぎんか二枚……です」


「銀貨二枚ね、……ん? 銀貨?」


 そこで俺は重要なことに気付いた。


 ( 俺、この世界の通貨つうかとか持ってない……!)


 セレシアが食べ物を買っていた時は、毎回先に支払いを済ませてたから分からなかったが……。今の俺が持っているのはリバホプで稼いだ硬貨こうかだけだ。まぁ、見た目は銀貨っぽいけども。


「……あの、どうしたんです?」


 すると少女が首を傾げつつ尋ねてきた。

 純粋な子供に嘘はつけないな。俺はアイテムからリバホプで使用していた硬貨を一枚手元に出すと、それを少女に差し出した。


「……ごめん。実は私、こんな硬貨しか持ってなくて。さすがにこれって、使えないよね……」


「これは……。……ぇ、これって……!」


 俺の出した硬貨を手に取った少女は、しばらくそれを見つめたあと、硬貨と俺を交互に見やる。


「おっ、お客さまは貴族の方なのですか……!?」


「……え?」


 驚きを露わにする少女に対し、俺はきょとんと首を傾げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る