第九話 人生初の友達

「すっかり暗くなってしまいましたね」


 辺りを見渡しながらセレシアが呟いた。正直、途中からは彼女の食べ歩きに付き合っているようだった。

 俺もいくつかおごってもらったのだが……申し訳なさと、セレシアの食べっぷりを目にあまりお腹に入らなかった。けれど、セレシアと過ごした時間はあっという間に終わったように思う。それ程に、俺も楽しんでいたのだろう。


「他にも行きたい場所があったのですが……」


「……いや、もう十分なんで」


 まだ食べる気だったらしい。まぁ、日頃からその分動いてるのかな。


「ノーラさん、街には慣れましたか?」


「うん、おかげさまで色んな食べ物が知れたよ」


「あ、ぅ……すみません……」


 しょんぼりとした様子でセレシアは呟いた。ちょっと可愛い。


「まぁ、この街の良さも十分伝わりましたから」


「……ほ、本当ですか?」


 ずい、と俺の方に顔を近づけてくる。


「あ、えっと……うん。セレシアさんのおかげで」


「ふふっ、そう思っていただけたのなら幸いです」


 笑顔を浮かべるセレシアを目に、頬が赤くなっていくのが分かる。彼女の反応はいちいち可愛くて仕方がない。


「……あの、セレシアさん。一つ聞いてもいいですか?」


「……? はい、なんでしょう?」


「そろそろ教えてもらえませんか。セレシアさんが私を追い掛けてきた理由を」


 街中を歩いている時も、セレシアからその話を切り出すことはなかった。だから俺も今まで気にしないように振舞ふるまっていたが、何時までもそうしている訳にもいかない。


「最初に言った通りですよ、私はあなたを救いに来たんです」


 俺の目を見詰めつつ、セレシアは言葉を続ける。


「子供が一人で街を訪れたという報告を聞いた時に、居ても立っても居られなくて。……私ってこういう性格ですから、よくお節介だと言われちゃうんですよね」


「その子供っていうのが……」


「はい、ノーラさんです。最初はすぐに孤児院へ案内しようと思っていたのですが……」


 なるほど。確かに俺の身体は少女そのものだし、周りからは孤児に見られていたのかもしれない。


「じゃあ、すぐに孤児院へ連れていこうとしなかったのはどうしてですか?」


 その言葉を聞くと、次第にセレシアは表情を曇らせていく。


「……似ていたんです、妹に」


「妹……それって、セレシアさんの?」


 俺の返答に小さく首を縦に振ると、視線を落とした。


「喋り方や仕草は全然違うんですけど、ノーラさんの姿や雰囲気が、私の妹にそっくりで。……ごめんなさい、それでノーラさんを妹と重ねてしまったんです」


 遠回とおまわしな内容に、何となくさっしが付いてしまう。恐らくセレシアの言う妹は、もう居ないのだろう。


「で、ですが……! ノーラさんを妹の代わりにしていた訳ではないんです! 純粋じゅんすいに、ノーラさんと過ごす時間は楽しかったですし、それに……まるでお友達ができたみたいで嬉しかったのも本当で……」


「大丈夫、ちゃんと分かってますよ」


 こんな時、どう声を掛ければいいのか。上手い言葉を考える以前に、俺は彼女の辛そうな顔をこれ以上見たくはなかった。


「私も、セレシアさんと居て楽しかったですよ」


「……ノーラ、さん?」


 セレシアの手を包むように両手で握り、俺は言葉を続けた。


「一緒に美味しいもの食べたりとか、色んなところを歩いて回ったりとか。私は今まで、そうやって誰かと過ごすなんて事、したことなかったんです」


 そうだ、俺は今までずっと孤立こりつしていた。そんな俺だったから、誰かと過ごすことが楽しいだなんて思えなかった。


「……けど、今日初めてわかった。一人で居るより、誰かと一緒に居る方がずっと楽しいんだって。私にそう気付かせてくれたのは、セレシアさんなんですよ」


「でも、私はそんなノーラさんの気持ちを裏切るようなことをして……」


「裏切られたとか、私は全然思ってないですよ。まぁ、セレシアさんの食べる量には、予想を裏切られたような気もしますがね……」


「そ、それは今関係ないじゃないですか!」


 むすっと頬を膨らませて怒るセレシアに、俺は小さく笑を零した。


「さっき、他にも行きたい場所があったって言いましたよね? じゃあ、今度また一緒に行きましょう」


「え……? また一緒に……良いんですか?」


 首を傾げるセレシアに、俺は一言呟いた。


「───私と、友達になってくれませんか?」


 それは、今まで人との関わりを避けてきた俺が初めて口にした言葉。友達のようだと言ってくれた彼女だからこそ、俺はセレシアと友達になりたいと思ったんだ。


「……うん、うんっ。」


 セレシアは何度も首を縦に振った。目元は潤み、今にも涙が零れそうなところを必死に我慢しているように思える。


「改めて……よろしくね、セレシアさん」


「はいっ! 不束者ですが、どうかよろしくお願いします!」


 ……なんだか嫁入よめいりみたいな言い方をされた。まぁでも、セレシアに笑顔が戻ってよかった。やはり彼女には笑顔が似合う。


「さて、私はそろそろ宿に行かないと」


「宿……? もしかして、ノーラさんって冒険者ぼうけんしゃの方なんですか?」


 セレシアは目を丸くしながら俺に尋ねた。そう言えば、俺を孤児院に連れていこうとしてたんだっけ。


「ま、まぁ……そんなところですかね」


「そうだったんですね。今思えば、確かにノーラさんって、見た目に反して大人っぽいですし……」


 まじまじと見つめてくるセレシアから、俺はそっと視線を逸らした。


「あはは……。そう言えば、セレシアさんは此処に居て大丈夫なんですか? もう夜ですけど……」


「………あぁっ!」


 大丈夫じゃないんだろうな。徐々に青ざめていくセレシアだったが、やがて諦めたかのように小さくため息を零した。


「すみません、話し込んでしまって……」


「ううん、気にしなくていいですよ」


 俺は首を横に振る。むしろ、俺のために時間を割いてくれたんだ。彼女を責める理由なんてない。


「それじゃあ、私はそろそろ行きますね」


「……ぁ、ノーラさん」


 その場を後にしようと歩き出した時、セレシアに名前を呼ばれて振り返る。


「次からは、セレシアと呼び捨てで呼んでください。もちろん、敬語も禁止ですからねっ」


「え……!? な、なんでですか……?」


「なんでって……友達だから、ですよ」


 柔らかな笑顔を浮かべ、セレシアは答えた。


「私たちは友達なんですから。変に遠慮えんりょしたり、かしこまったりするのは禁止です! ……いいですね?」


 確かにセレシアの言うことはもっともだ。なら、俺は彼女に応えるしかないな。それもまた、友達というものだろう。


「……わ、わかったよ、セレシア」


「ふふっ、また一緒に食べ歩きましょうね!」


「その時までに、少しでも胃袋を鍛えておくよ」


 そうして俺は、走り去っていくセレシアの……友達の背中を眺めていた。

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