第三話 コンティニュー.....?

 広間にて、ローブを身に纏った人々が大勢集まり、ひとつの魔法陣のような図形を取り囲んでいた。


「そんな……まさか、失敗……?」


 少し離れた場所に佇んでいた少女は、誰も居ない魔法陣を見つめたまま呟いた。


「私たちにとって、たった一度しか行えない召喚の儀……唯一の希望さえも途絶えたと言うの……?」


「いいえ、セレシア様。召喚は確かに成功しました」


 ローブを纏った男の一人が口を開いた。セレシアと呼ばれる少女は、不安な表情を浮かべたまま、その男の方を見やる。


「で、ですが……召喚者さまはどこにも……」


「それについてですが……儀式の途中、何かに妨害されたように感じました。まるでかのような……」


「妨害……では、その第三者となる何者かによって、召喚者さまは此処ではない別の場所に転移された……と言うことですか?」


 ローブの男は小さく頷いた。その様子にセレシアは僅かと安堵しつつも、曇った表情は晴れぬままだった。


「そうですか……わかりました。召喚の儀に協力していただいたこと、心から感謝いたします」


 ローブの男含め、広間に集まっている人々に一礼すると、セレシアはその場を後にした。

 自室へと戻って来ると、小さくため息をこぼしながらベッドの上に腰を下ろす。あまりにも予想外の出来事に、僅かながらも焦りが滲み出ている様だ。


 「まさか、こんな事になるなんて……」


 大陸の南に位置するサンレット地方は、突如として現れた魔族の襲撃により多くの街や村が壊滅し、今もなお危機的状況が続いている。たったひと月、その短期間の中で起こった出来事である。

 その中でも面積が広く、多くの人々が集う場所こそ、セレシア達の居る首都"シーダガルド"だ。街の大きさはサンレット地方の中でも随一ずいいちと言えるだろう。


 この街が狙われるのも時間の問題だと考えたセレシアは、最悪の事態を避けるべく"召喚儀式"を行う事にした。それは幾度も伝承として継がれてきた魔法の一つで、熟練の魔道士が束になっても成功の見込みが低いとされるもの。召喚儀式によって呼び出される者は様々な加護を授かるとされ、それこそがセレシア達にとって一縷いちるの望みであった。

 しかし、異界人をこちらの世界に呼び出す行為は次元に大きな影響を及ぼすため、軽率に行う事は禁忌とされている。


「魔法に長けた彼らでさえ妨害を受けるほどの人物……まさか、既にこちらの行動を読まれていた? いや、しかし……」


 広間で集まっていた者の多くは熟練の魔道士ばかりだった。そんな彼らを妨害し得る事など、本来であれば不可能と言えるだろう。いずれにせよ、召喚儀式が成功したという事は、この世界の何処かには存在している。もはや無謀とも言えるが、魔族に抗う為には一刻も早く召喚者を見つけ出すしか無い。


「もう、ゆっくり考える時間も無いのですね……」


 部屋を後にすると、セレシアは城の兵士たちに召喚者の捜索を命じた。顔も名前も知らない人物の捜索など不可能にも思えるが、召喚によって呼び出された者には " 召喚者しょうかんしゃ " と言う称号が与えられる。

 鑑定によってステータスを確認すれば、割り出すことは難しくない。鑑定のスキルを有した者、無い場合は鑑定石かんていせきを持たせて捜索に向かわせるのであった。


「召喚者さま、どうかご無事で……」


     ◆


 目を覚ましてから数時間は経っただろうか。未だにこの夢から目を覚ます事が出来ず、もはや夢ではなく現実なのではと思い始めてきたこの頃。


「……やっぱ慣れないな、この身体」


 男として数十年生きてきたんだ、いきなり女の子の身体になんて慣れる訳がないだろう。


「そもそも、なんで俺はこんな場所に居るんだ?」


 寝ている間に強盗にでも合って攫われたのだろうか。……いや、それだとこの身体について説明がつかない。

 それとも、アニメなどでよく見る異世界に転生! みたいな? だとしたら、俺は寝たんじゃなく死んで……。


「ん~……わからん」


 疑問だらけで頭がパンクしそうだ……。取り敢えず、この世界について知る事から始めてみることにした。

 さっきのスライムもそうだが、ゲームで言う所のモンスターが居るような世界だ。いわゆるザコ敵の類だから良かったものの、他にも凶暴なのが居るかもしれない。


「武器のひとつでもあれば良いんだが……」


 何気なく呟いた途端、俺の目の前には様々なウィンドウが表示された。


「おぉ! なんかすごいゲームっぽい!」


 表示されたウィンドウに手を伸ばし、ゲームのように選択しようと試みる。しかし、俺の手はウィンドウをすり抜け、表示も変わらなかった。

 もしやと思い、俺は頭の中で選択するイメージを思い浮かべてみる。すると読み通り、選択した " アイテム " の中身が表示される。何も入ってないと思っていたのだが、中身は大量のアイテムで埋め尽くされていた。


「これ、全部ゲームの中で持ってたものか……?」


 どうやらアバターの身体を引き継いだだけでなく、アイテムもリバホプ内で持ってたものを引き継いでいるようだ。

 素材はどれも百個近くあり、回復薬は死神との戦闘でかなり減ってしまったが、それでもまだ四十個ほど残っている。


「……あった!」


 アイテム内のひとつを選択すると、それは俺の手元に現れた。

 俺がリバホプで一番愛用していた武器、それがこの " 夜桜よざくら " と言う刀だ。技や攻撃のモーションが短く、さらには所有者の攻撃力を飛躍的に増加させるパッシブ効果が付与されているため、早い上に高火力が出せる俺だけの専用武器だ。

 なぜ俺専用かと言うと、この夜桜は俺が作ったからだ。コツコツと鍛冶スキルを上げていたため、武器は自分でよく作っていた。その中でも、今まで作ってきた中で一番出来が良かったのが夜桜なのだ。


「なんか……不思議な感覚だな。俺自身が使ってた訳じゃないのに、ずっと使ってきたみたいに馴染む」


 とにかく、これで武器も問題は無さそうだ。夜桜を腰に携え、意外にも様になっている自分に少しむず痒い感覚を覚える。


 ( だって刀だよ? 本物なんだよ? 本当だったら叫びたくなるくらいに嬉しいし、何なら試し斬りをしてみたい! ……けど、うっかりモンスターを呼び寄せてしまいたくはないので心の中に留めておこう。うんうん、いのちだいじ )


「そうだ、アイテムも引き継いでる訳だし、もしかしたらステータスも引き継いでたりするのかな?」


 レベルや能力値もゲームの時と変わらないのなら、少しは安心して歩けそうだ。弱いモンスター程度なら、恐らく何も出来ずに死ぬことはなくなるだろう。

 俺はステータスを開くイメージを脳内に浮かべた。すると新たな ウィンドウ が開き………。


 表示された数値に目を疑った。


 先ず最初に目に入るのは総合能力だ。ゲーム内の能力値は百万を超えるくらいだったのだが……。


「そ、総合能力値 ……?」


 明らかに桁がおかしい。何度か目を擦り、改めて見ても数値は変わらず億単位だった。

 確認したところ、攻撃力や防御力、その他のステータスが以前の数値の百倍になっているのだ。それらを改めて計算した合計値が一億と言う訳だ。


「……いやいや、なんちゅうバグだよ!?」


 ( チートなんてレベルじゃないぞこれ、なんだよ一億って。まるで小学生が考えた最強キャラみたいな数値じゃないか!)


 安心どころか、これだと俺がモンスターだ。

 それとも、この世界での能力値は億が基準なのだろうか。もしそうだとしたら、逆に俺はすごく弱いのでは……。


「とにかく、人に会いたいな」


 どうであれ、この世界の人に会わない限りは何も分からない。此処で足を止めている訳にはいかないな。

 俺は平常心を保つ為、胸に手を当てて呼吸を整えた。先ずは人に会う事を目標にしよう、……もみもみ。


 自分の胸を揉みながら歩く俺は、傍から見れば変質者にしか見えないだろうが……。


「優しい人に会えると良いんだけど……」


 そんな願いを柔らかな胸に秘め、俺は草原の上を彷徨うのだった。

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