第21話

 二〇六五年七月十九日、両手両足を失ったデカい男を上野スラム近くにある俺たちのシンパが経営している病院につれていったあと、ニシキと興奮した神経をおちつかせるためにてきとうな店でビールを飲むことにした。

 ドイツビールを出すパブで、落ち着いた照明が気に入った。うるさい主張がなにもないいい店だ。

 俺はドイツのフランツィス・カーナーというエールビールを頼んだ。神経のたかぶりが徐々におちついていった。

「ああは言ってたけど、ほんとに日永を脅すネタをしゃべるとおもうか」

 ニシキがやり過ぎたのではと心配している。

「しゃべるよ」

「なんでわかるの、挑発しすぎて強情になってしまったかも」

「あのジジイはね、今までほんとうに人を好きになったことがほとんどないんだ、人なんてどうでもいいとおもってる、仲間が死んだってたいしてショックを受けてないよ、仲間がだいじなら、すぐしゃべってるはずだよ、現実から逃げるくせがあるからあんなにじらしたんだ」

「じゃあダメじゃん」

「それでもね、話したくなるよ、俺たちが目的のためならなんだってやるって理解したはずだ、それほど想像力が無いやつではない、計画が失敗した今、アイツは俺たちの仲間になろうとする」

「あんなきたないいジジイいらないよ、見ているだけで腹が立つ」

「仲間に入れてやる素振りをすこし匂わせる程度でベラベラしゃべるよ、人を好きになることがないくせに、人にはかまってほしいんだ」

「そうだといいけどな、自白剤はじゃあ必要ないか」

「あんなやつにはもったいないよ、最悪何発か殴ればしゃべる、自分が被害を受けるのはこわいんだあの類の人間は、死なないようにやらないとな、あと自白剤はすぐ春日につかうことになるからな」

 俺がそういうとニシキはわかった、と言ってビールを飲みほして、おかわりを頼むために店員を呼んだ。店員は若く美しい若者だった。無駄のない動きで厨房へ俺たちの注文を通した。


 次の日喜多はすべてを白状した。日永がマイクロマシンを作って子供用の食事に混ぜていること、そのマイクロマシンは発達障害を誘発する目的でつくられたこと、そして自分たちはそれをネタにゆすろうとして春日を脅したこと、春日の反応が無かったので、衝動的にミコトを誘拐したこと……

 その事実は俺たちにとって衝撃だった。

 あの春日夫妻がなぜそんなことをしているのかわからなかった。俺はニシキと相談して、この情報をアオイに知らせるのはやめることにした。アオイは春日夫妻と仲が良かったので、ショックをあたえたくなかった。

 喜多はマイクロマシンの組成図を端末に隠し持っていた。

 それをわたすから、あの男を殺さないでくれ、治療してくれ、と言ってきた。俺はわかった、と言って、組成図をうけとったあとに喜多を殺した。組成図の分析を平岩に頼んで、俺とニシキはアオイを連れて昨日見つけた店に出かけた。ドイツビールを飲んでおいしい、と喜ぶアオイの顔を俺たちは見つめていた。なんでわたしの顔ばかり見るの、と照れたので、ニシキがきれいだからだよ、と答えた。


 上野のオフィスに戻ると、俺の執務室に平岩が慌てて入ってきた。

「酷いわ、こんなマイクロマシンの設計……いったいなんのために……」

 喜多が持っていたマイクロマシンの組成データ解析を終えた平岩は怒りと困惑がまじったような表情で幹部達に報告した。ニシキはアオイだけ呼ばなかった。

「自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(AD/HD)、知的能力障害、厚労省の調査結果で、中露戦後の東京に増えていた……このマイクロマシンは明らかに神経発達障害者を人工的に作り出すために組成されてるわ……16p13・11の微小領域約1.5メガベース重複を人工的に作り出す……とにかく東京で発達障碍児が増えていることと、このマイクロマシンに相関関係があるのはまちがいないわ」

 平岩はあきらかに取り乱していた。頭をかかえて、信じられない、とずっとつぶやき続けた。

「日永関係企業は学校の給食から弁当屋まで、和食チェーン、居酒屋チェーン、食品関係ならなんでもござれですね、子供を狙っている、ということでいいんでしょうか」

 茂山が日永企業のリストを睨みながら言う。

「日永は日本の食事の一端を担っている、あいつらはこどもたちになにをしようとしているの……私の息子や娘も、あぶなかったわ……」平岩が言う。

「そういえばあのマイクロマシン、アオイの脳にも入っていたんじゃないか、SUAの養護施設でよく飛鳥軒にも行っていたって前言ってた」ニシキが心配そうに言った。

「大丈夫だと思うけど、一度平岩さんに検査してもらったほうがいいかもな、アイツが発達障害だとは俺はおもえないけどね、とにかく、日永フードサービスっていうと春日夫人が社長だな、あの女だけの考えか、旦那の指示か、それともその上か」

「SUAの指示に決まっている」ニシキが怒りを抑えきれずに机をたたきながら叫んだ。

「あいつらは日本人を徹底的に弱らせたいんだ、よりによって、国の未来であるこどもを狙うなんて信じられない、俺はムカついてどうにかなってしまいそうだよ和泉、なあお前もそうだろ」最後のほうはもう言葉になっていないほどだった。酒のせいだけではなった。

「ああ」

 SUAがそこまでイカれているとは想定外だった。幹部たちもこの事実を受け止められていない。誰が、何のためにこんな事を考えたんだろうか……

「僕は今すぐ春日とかいうクソ共を殺すよ、いいだろう和泉」

「ちょっと落ち着けニシキ、まあでも、今夜だ、葛野」

 俺は葛野を指さした。

 葛野が黙ってうなずいた。


 二〇六五年七月二十日午前二時ジャスト、ギガストラクチャー品川エリア四十八階、春日邸に俺と葛野と配下の隊員四名が春日邸へ忍び込んだ。彼らが俺たちの後釜として雇っていた民間警備会社の警備員五名は、本部へ連絡する暇も与えられずにスタンナックルで失神した後にライフルで頭部を撃たれて即死した。そして寝室で寝ていた春日夫妻を拘束した。喜多がやりたかったことを皮肉にも俺たちがやってしまったことに気づいた俺は、なんの因果だろうか、と失神させられた春日の顔を見ながらひとりごちた。上野スラムの本部へ移動後、喜多を閉じ込めていた地下の同じ部屋に軟禁した。まだあの男の四肢をふっとばした時の血が部屋に残っていた。


 春日夫妻が目を覚ましたという連絡を受け、俺とニシキは地下へ向かった。

 春日は血だらけの地下室で拘束されている現状をいまいち理解していない様だった。唯一知っている俺の顔を見ると安心した様で、ここはどこだ、この血はなんだ、ほどいてくれと騒ぎ出した。俺は拘束をほどいてやった。

「おい、このマイクロマシンはなんだ」俺は春日夫人に組成図を見せた。

 寝巻姿の春日は真っ青になって何も答えない。夫人の方はそっぽを向いて現実から逃げている様だ。

「こんなことをしてもいいと思っているのか、じきに警備部が来るぞ」

 春日が、喜多が昨日までしばりつけられていた椅子に座って言う。声が震えていた。

「警察は絶対に来ない、調子に乗るなよ」

 そういってニシキが春日社長の髪の毛をつかんで椅子から引きずり下ろした。後ろ手に縛られている春日は受け身も取れず、肩からコンクリートの床にたたきつけられた。

「お前らはSUAに指示されてこのマイクロマシンを作りばらまいたのか」

「そうだ、俺たちは指示に従っただけだ、組成を考えたのも上だ、データが送られてきたものを作っただけだよ」

「当然このマイクロマシンが子供に対してどんな作用をするか知っているんだよな」

「ちょっと待ってくれ、俺たちはただ、上に命令されただけで、仕事をしただけだよ、本当だ」

「上ってなんだよ、曖昧な言葉を使うんじゃない、それに質問の答えになっていない、このマイクロマシンがどう作用するのか知っているんだよな」

「俺たちは命令に従った……」

 春日が同じ戯言を繰り返すたびにニシキは春日の顔を蹴り飛ばした。春日の鼻と口からは血が出ていた。春日夫人はニシキが蹴るたびに、やめてください、と叫んだ。

「あんたらはどうして、なんの疑問も持たずにこんなことができるんだ、想像力がないのか、厚労省の官僚に訊いたけど発達障害の子供は二十年前から約三十倍に増えたそうだよ、お前らのおかげだ」ニシキがいまいましげに言った。


「ちがう、俺たちは……ただの仕事だ、上の意向なんだ」


 俺とニシキはこの男を不気味だと感じた。

 思考停止にもそれなりに限度がある、と無意識的に決めつけていた。SUAのプロデュースする思考停止には際限がないのだ。生きていく手ごたえを手放した人間だった。この男の存在そのものが信じられなかったが、ギガストラクチャーの主要構成分はこんなやつらだった。ニシキはあきれた、というような表情のまま、ぼそっとつぶやいた。

「目の前でこどもを殺してやるよ」

 泣いていた春日夫人がそれだけはやめて、ごめんなさい、なんでもするわと叫んだ。

「こどもだけは助けてほしい、頼む、お願いだ」

 春日にこどもをかばうという人間らしい部分が残っていることが、かえって俺たちをイラつかせた。

「なんでだよ、むしろあんたのこどもはいちばんに殺すよ、俺たちはあんたらみたいに無差別にはやらない、なに言ってんの、だめだめ」ニシキが言った。

「お前が白痴にしたこどもたちのなかにはね、ものを考える能力や人とコミュニケーションをとる能力が常人の半分以下になってる子もいるんだぞ、毎日幻視や幻聴と戦わなきゃいけない子もいるんだ、はっきり言って生き地獄だよ、そんなことをしたお前らの娘が楽しく健康に生きていていいわけないだろ、ちょっとは考えろ」

 俺がそう言うと春日は俺を説得するのを諦め、ニシキにすがりついて懇願し続ける。お願いだ、お願いだ、お願いだ、頼む、まだ八歳なんだ、子供に罪はない、やめてくれ、やめてくれ……

「わかったよ、助けてやってもいいぞ、そのかわり然るべきところに売っぱらおう」ニシキがにやけながら言う。

「売るってなんだ、助けてくれるのか」醜い顔で春日が聞き返す。俺は春日を撃ちたくなる衝動をこらえなければならなかった。

「こどもの手足を切り落として、目も歯も全部くり抜いてダルマにしてね、知り合いの変態が買ってくれるとおもうよ、殺すよりお金になるぶんマシだとおもわない」

 ニシキは打って変わって機嫌がよくなった。

「その方がいいかもな、すぐ殺されるかダルマかどっちがいい、お前が決めろ、それとも娘に決めてもらうか、八歳で理解できるかな、一生変態の性奴隷だ、はは、ははは」

 春日は発狂寸前だった。声が出ないようだ。春日夫人はずっと見苦しく泣き叫んでいた。時折俺たちを悪魔だのキチガイだの罵倒したので、俺が葛野が持っていた警棒で側頭部を思い切り殴るとしばらくおとなしくなった。ニシキがスタンナックルを俺も使ってみたい、奥さんのほうならいいだろ、とねだったので、春日夫人に三発ほど電流を流した。おい選べよ、娘の人生だろ、すぐ殺されるのかダルマにされるのか選べブス、選べ、最初の一発は顔面に当て、脳にも電流が伝わったのか、体が派手に跳ね回り実に滑稽だった。ニシキはとても楽しそうだった。

 その後春日夫人は恐怖のあまり子供にかえったように、もういやだ、いやだ、と駄々をこねはじめた。イラついたニシキは春日夫人を素っ裸にして更にいたぶった。髪の毛をつかんで無理矢理一気に抜いた時、彼女の苦悶の表情を見たニシキは、腹を抱えて笑っていた。どうやら彼女の醜い顔が彼のツボに入ったようで何度も繰り返して大笑いしていた。春日はもうやめてくれ、と顔中を涙とよだれでべちょべちょにしながらニシキに哀願した。その構図がコメディ映画の拷問シーンみたいだったので、端末にムービーで録画して保存した。後で編集して、間抜けなBGMをつければもっとおもしろいだろう。

「それよりお前らはこれから死ぬんだよ、もっとこわがらなくていいの、こんなことできるんだから、自分のこどものことなんかどうなったっていいだろう、自分の命が消えることを想像することからも逃げているのか、SUAが提供するDNAパッチや、死体を洗って必要以上に綺麗にしてある清潔な葬式のせいで、自分が死ぬってこともリアルに想像できないのか、いいか、近いうちにお前は死んで、肉体は腐って骨だけになるんだ、墓なんか立たねぇぞ、コンクリに混ぜてギガストラクチャーの基礎工事に使ってやる、会社の部下からも徐々に忘れられ、お前の血も途絶える、お前の子供はあらゆる拷問にかけてからバラバラにして殺してやる、ルイ17世知ってるか」

言葉と暴力による恐怖をあたえ下味を整えたあと、俺は春日の耳のそばでこう言った。

「SUAのトップの名前と組織の構造をすべて話せ、そうしたらお前だけは助けてやる」

 春日の目の前には裸のままニシキに歯を抜かれる春日夫人の姿。

 茂山と平岩が部屋に入ってきて、自白剤の準備を始めた。春日の体験する地獄はまだこれからだった。


 茂山達と交代して、俺とニシキは一度執務室に戻った。

「さっき言ってたあれほんとか」俺は興奮冷めやらぬニシキを落ち着かせようと、話しかけた。俺もかなり疲れている。

「なにが」

「変態の友達」

「僕の知り合いにそんな変態がいるとおもうか」ニシキはちょっとむっとしている。

「うん」

「平岩さんじゃないけど、僕をなんだとおもってるんだよ……嘘だよあんなの」

「ニシキのことはそれなりに理解してるよ、訊かなくてもべらべらしゃべるからな」

「理解したうえでそれかよ、僕は決して変態ではないしサディストでもないからな」

「さっきすごい楽しそうだったじゃないか」

「あれはスタンナックルを使ってみたかっただけだよ、葛野がうらやましかっただけ、もっと僕のことを理解しろよ」

「これ以上はごめんだ」


「なにを話してるんですか」

 アオイが執務室に入ってきた。

「アオイにはあまり関係ないよ」

「また喧嘩だけはやめてくださいよ」

「いつ俺たちが喧嘩したよ」

「三人で始めた当初は結構喧嘩してましたよ、今でこそいろんな人がいるからしてないけど、当時はわたしが間に入ってよく止めてたじゃないですか、しかも理由はかなりくだらないことですよ」

 アオイは楽しそうにくすくす笑っている。

「そうだったかなぁ」

「今の話もくだらないと言われればくだらないな、アオイ、酒でも飲みに行こう」

「はぁい」アオイはうれしそうにどこの店にするか端末で検索を始めた。三人で飯に行くとき、店選びは大体、アオイが担当する。

「今日は和食がいいかな」ニシキがにやにやしながらふざけて言った。

 こんなことがあったのに、悪趣味な男だ。

 アオイに春日のこどものことは黙っていろよ、とニシキの耳元で忠告した。

 わかってる、とニシキはとても気持ちのいい笑顔で答えた。


 七月三十日、春日夫人とミコトを殺した次の日のことだった。

 金春から俺に電話があった。

「すまん、高安から連絡先を聞いたよ、話があるんだ」

「忙しいから無理だよ」

「すこしだけでいいんだ」

「上野スラムまで来てくれるんならいいよ」

「わかった、十三時にまた連絡する」


 俺は上野スラムからすこし離れた、今やホームレスの楽園となった上野公園内にある、とあるカフェへ何人か葛野の兵隊を連れて向かった。しゃれた雰囲気を出そうと努力が見える内装だが、客層が悲惨だった。来るのは大半が風俗嬢とヤクザ、たまに金を手にしたホームレスぐらい、時々俺も利用するので店主とは仲が良かった。

「いやぁ、昼間でももう堅気のお客さん来ないから、和泉さん覚えちゃいましたよ、今日は部下の方連れてきてくれたんですか」

 葛野が無表情で頭を下げる。自分も堅気では決して無いので少し胸が痛むが、仕方ない。

「実はお願いがあるんだ」

 店主は、はあ、と言った。


 二十分後連絡があり、十分後金春が店に来た。高安はおらず、ひとりだった。

 窓際の席に居る俺の向かい側へ座る。

「ひどい客層だな」周りを見渡しながら金春が言う。

「上野だからな」

「新宿も似たり寄ったりだけどここは輪をかけてひどい、しかもいらっしゃいませの挨拶も無しだ」

「ギガストラクチャーの中以外で東京にいい店なんてないよ」

「もっともだね、ところで、お前、新宿で何をした」

「よくわからないな」

「とぼけるな、歌舞伎町二丁目の将棋センターだ、午前三時ごろ爆発音、何人かがトラックに乗って逃げるように去っていった」

「それがどうした」

「お前らだろう」

 正直驚いた、無能だとおもっていたが何か根拠があってのことだろう。

「そうだよ」

 次に驚いたのは金春だった。

「お前ら、春日ミコトが行方不明になった後、春日夫妻も失踪した、まだ誰も見つかっていない、それについて話すことはあるか」

「嘘だよ、冗談だ、なんで俺が新宿の将棋センターに用あるんだよ、その前にまずはそれ貸してもらおうか、失礼じゃないの、人としゃべるにあたって」

 俺は金春のポケットを指さした。その中には盗聴器と通信端末が入っているはずだ。

 仲間が聞いているならちょっと都合が悪い。もしかしたら高安かもしれないが。

「黙れ、これは正式な捜査だ、春日夫妻をどこへやった」

 俺はテーブル越しであるが、金春の顔面を思い切り殴った。最近人を殴ってばっかりだ、拳の皮がめくれてしまった。

「どうした、金春さん、大丈夫か」

 そう言って悶絶している金春に近づいて端末と盗聴器、ついでに鞄を奪った。そして隣の席に座っている風俗嬢風の扮装をしている女性隊員に手渡した。隊員は慣れた手つきで携帯端末と盗聴器を操作して無力化した。正面に座っている強面の隊員は鞄を探って他になにかないか調べている。

「この喫茶店はね、うちの構成員で固めてある、客も店員もね、ちなみに全員拳銃で武装している、それに俺もさっきからテーブルの下でベレッタを構えている、狙いはあんたの股間だよ、まあ撃つつもりはあんまり無いけどね……」

 金春は銃を抜こうとした手をピタリと止めた。

「なぜ、俺たちを甘く見たのか理解できないけど、単独で来るとはおめでたいやつだな、憂国風盾会の奴らは俺たちがほとんど殺した、春日夫妻とその娘も、春日夫妻を脅した喜多って爺さんとその仲間も全員だ、あ、一人はまだ入院してるかな、両腕と両足が無いけどね、そいつ以外は仲良く御徒町の地下にコンクリに混ぜて埋まってもらってる、お前と高安も仲間に入りたいなら好きにしろ、ちなみに警察庁の誰とは言わないが俺たちのシンパが入り込んでいる、上に報告したら俺たちはすぐ察知できる、ちなみにお前の両親、姉の所在も割れてるぞ、ギガストラクチャーの京橋エリア二十階だっけか、明日爆弾でふっとばしてもいいんだぞ、今まで通り親孝行したいなら黙ってろ、わかったな能無し」

 金春は鼻血を出しながら俺をにらみつけている。俺は彼の髪の毛をつかんで立たせ、もう一発鼻を殴りつけた。

「もうすぐ別の場所で待機しているお仲間がすっとんでくるのかな、俺たちはべつに公安が何しようとかまわないけど、邪魔しないでくれるかな、俺たちはSUAを潰そうとしているだけだよ、春日から情報を抜こうとしたんだ、うまく情報がとれたから殺した、警察が完全にSUAの支配下にあるならお前らも標的になる、だが高安から聞いた限りはまだそうでもなさそうだから俺たちは手を出さない、それだけだ」

「あんたらはSUAに反抗しようとしているのか、警備部はどうするんだ」

 金春はまだ反抗的な態度を崩さなかった。その態度が卑屈じゃなかったのでなんとなく気に入った。

「春日や憂国風盾会と同じように処理する」

「出来る訳が無い、規模が違いすぎる、あいつらの組織は軍隊並みだ」

「俺たちが潰される前にSUA上層部を叩く」

「無理だ、SUAはもはや日本の組織そのものだ」

「そんな後ろ向きな事ばかり言うなよ、うまいコーヒーを飲んで俺は気分がいいんだから、そういや警視庁のコーヒーはまずいんだろ、せっかくだから飲んでいきなよ」俺はそう言って金春を離して席に座らせた。わざとベレッタを手放しテーブルの上に置いて挑発した。


「金春さん」高安が泣きそうな顔で店に飛び込んで来た。

「和泉さん、動かないで」そう言って拳銃を俺に向けた。

 その瞬間バチッと音が鳴って高安は膝から崩れ落ちた。

 高安、と叫んだ金春が立ち上がろうとたが、俺がベレッタの銃口を強く首に押しつけて制止した。

 高安の背後には喫茶店の従業員に化けてスタンナックルを付けた葛野がおり、高安の鞄の中身を近くの隊員たちがすぐに確認した。俺はそれを見て、金春を再び座らせて向き合った。

「さっき伝えたことを高安さんにも教えてやってくれ、彼女の家族を殺されたくなければ俺たちに関わるなって、上司に確認してくれてもいいよ、公安部公安総務課長の田島さんだったか、優秀な人だよな、本庁のコーヒーのまずさについて教えてくれたのも彼だよ」

「あんたたちは自分が正しいと思っているのか」

「正しいかどうかなんて、だれもわからないよ、ただ自分の判断だけは信じたいね」

「バカは楽しそうでうらやましいよ」

「お前は死にたがっているように見えるな、俺は挑発には乗らない、自殺したいなら勝手にしろ」

 金春はこれ以上俺と会話をしたくなさそうだった。ただ俺を睨みつけていた。

「はやくその子連れて帰れよ、店の迷惑だよ」そう言って俺は奥に隠れていた店主に挨拶し、店を出た。


 その後ニシキとアオイと食事をしに行った。

 上野スラムにあるニシキお気に入りのトラットリアで、俺が頼んだイカ墨のパスタは塩加減が完璧だった。

「何で公安二人を殺さなかったの」

 ニシキがパンをかじりながら言った。

「高安はともかく、金春はね、見どころあるよ、というよりまあ、ドジだけど憎めないやつって感じかな」

 あの男は優秀ではないが組織にも染まっていない。永遠に自分の無力さと戦い続け、いずれ破綻する運命の男だ。きらいではない。

「あの二人は殺しちゃだめですよ、いい人たちですよ、ニシキ」

 アオイがカプレーゼのチーズを口の中でもてあそびながら言う。この子は最近かなりふてぶてしくなってきて俺たちの事も呼び捨てにするようになった。

「へぇ、一度会ってみたいな」

 金春はともかく、ニシキと高安はテンションが合うかもな、とおもった。アオイはすこしいやそうな顔をしていた。


 イタリアンレストランを出ると、上野スラムは十七時だというのに恐ろしくあかるかった。ギガストラクチャーの壁面に敷き詰められている、太陽光パネルからくる反射光のせいだ。

 SUAはギガストラクチャーを拡張するにあたって、予定地の地上げを進めているが、どうしても立ち退かない住人がいる場合、様々なやり方でいやがらせをする。太陽光パネルの角度を調整して、反射する光を立ち退かない地域へ向けて集中させるのだ。おかげで上野スラムでは太陽が出ている間、ずっと真夏の様な暑さと眩しさになる。現に上野スラムで働くならまだしも、住んでいる人間はほとんどいなくなってしまった。すこしずつ、俺たちの拠点にも増築を続けるギガストラクチャーが迫ってくる。圧迫感は増していった。

「眩しいのも暑いのも苦手なんですよね……これからもっと暑くなる……いやだなあ」

 そう言いつつも、満腹になってご機嫌なアオイは、にこにこしながらワイングラスを傾けた。

 俺たちはギガストラクチャーから降り注ぐ不快な光を浴びながら、上野の拠点に戻っていった。アオイとは対照的にニシキの表情は落ち着かなかった。いつも怒ったり笑ったり騒がしい男だが、最近は特に情緒が不安定なのが心配だった。この男はきっと、内に秘めた憎悪をまだすべて外に出し切っていないのだ、と俺は感じていた。あれだけ喜多や春日夫妻を痛めつけてもまだ足りない、足りないぞ和泉、と俺に圧力をかけてくるようだった。

ニシキの中には夏の太陽の様な得体のしれないエネルギーが渦巻いている。俺は今まで通り彼を満足させ続けることが出来るだろうか、と考えた。もし彼が急に変わってしまったら、俺は友人としてどう反応するのだろうか。すべてはこの夏の間に終わるだろう、俺はあのデカい壁を壊すためならなんだってやってやる、と改めて覚悟を決めた。

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