第19話
二〇六五年六月十二日、上野のオフィスビル最上階、幹部しか入ることのできない会議室に俺とニシキ含めた幹部達が集合していた。幹部全員に春日の事件について共有し、対策を練らなければならない。
「茂山、犯人の居場所を特定できるか」
「はい、おそらく犯人の一人は新宿区歌舞伎町の民族系企業から、有り体に言えばひどく古風なヤクザですが、グロック四丁と九ミリパラベラム弾二百発を二月十五日に購入しております、風体は百七十センチ前半の男性、黒いチェスターコートを着てグレーの無地のスーツにノーネクタイ、声と顔の上半分から二十五~四十歳だと思われます、声は少し酒やけが酷いですね、マスクで顔を隠していましたが、おそらく在日韓国人の何世かじゃないかと協力者は判断してます、購入した企業自体は、オーソドックスな民族系ヤクザで覚せい剤の取り扱いがあるため麻取でマークされていたんでしょう、歌舞伎町は監視カメラが二十四時間駆動してますから、新宿区の区役所に保管されているデータを持ってくることが可能でした、これが購入時の犯人の行動です、監視可能域を出る三月十五日の深夜三時まであります」
映像には雑居ビルを出た男がまた違う雑居ビルに入るところが映っていた。
「この雑居ビルの五階に入りました」モニターに映る映像を指さしながら、茂山が説明した。
「なにこれ、こいつ将棋クラブに入ったね」ニシキが半笑いで言った。
「仲間はいるんだろ、あとこの監視カメラのデータは」
「仲間がいるかは不明です、映像データは処分してブランクのダミーを入れておきました、警察には渡したくないので」
「それでいい、人数はどうあれ、犯人を明日捕らえる、くれぐれも警察にはばれないように、公安の動きはどうなってる」俺がニシキに話を振った。
「和泉の方が詳しいんじゃないの」
ニシキが茶化すように言った。
「もう高安の利用価値はないよ、警察庁のシンパはどうだ」
「警視庁公安部企画課の情報官の話では、警視総監経由で上から政治的な圧力がかかり、窮屈な捜査となっている様だ、日永はSUAの食品部門で大きなウエイトを占めているし、公安や東京地検に掘り返されたらまずい情報がたんまりあるんだろうね、現場はじれてるらしいよ、SUA警備部が主導で捜査をしているんだ、だけど彼らは素人なんでね、うまくいってないんじゃないの、春日社長夫妻は自室にこもりっぱなしらしいよ」
「天下の警視庁公安部も過去のものだな」野村がため息をついた。
「俺なんて昔シンクタンクに所属していた時、思想的に問題ありと上に評価が下ったタイミングで日常生活でも尾行がついたよ、下っ端だから尾行も下手で最終的に懐柔してなかよくなったけどな、SUAがこんなに力を得るまえのはなしだがね、公安は左翼も右翼も宗教団体も外国人もヤクザも片っ端からマークしてすべての情報をつかんでいたはずだ、ここまで腰ぬけになるとは思わなかった、歌舞伎町のチンピラが大手企業の社長の娘を誘拐するなんて、未然に防げるくらいの情報網があったはずだ」
「優秀な情報マンはFBIとかにヘッドハントされちゃいましたからね、自分で育てるしかない」茂山が嘆いた。
「話がそれたから戻す、ウヨクサヨクっていう二元論自体がもう古いよ、二度と俺の前でその話をしないでくれ、ひとまずこんな陳腐な事件はどうでもいいが、犯人が日永を脅そうとしたネタが知りたい、俺たちが逆に日永を脅すことができればSUAの内部に楔を打てるかもしれない、そうだろ野村」
「そうだ、SUAの情報意識は公安なんかよりすさまじい、どう崩していいかいっこうにわからんというのが本音だ、SUAの協力者にCIAかモサド、あるいは昔のKGBのノウハウを持った情報管理コンサルタントがいるんだろうな、日永の社長をなんとかできれば、手がかりは見えるかもしれない」
「そういうことだ、平岩さん、薬はどう」
「自白剤ね、ベラドンナでいいのかしら、茂山さんのほうがくわしいんじゃないの」
「いえ、私は使ったことがありません、拷問のやり方は知ってますけど実際には……平岩さん、頼みます」
「私だって使ったことなんてないわよ、私を何だと思ってるの、とりあえず準備はしていますよ」平岩がおどけて言った。葛野が少し笑い、ニシキと野村が大笑いした。アオイは自白剤がなんだかわかっていない様子で、曖昧な愛想笑いをしている。
「よし、確保は葛野、頼んだぞ」
「相手が素人なら私たちには簡単すぎる任務ですね、すこし遊んでもいいですか」葛野は余裕を見せた。ようやく出番か待ってました、と言いそうな勢いだ。
「別にうまくいくならなんでもいいよ」
二〇六五年六月十四日午前三時三十四分、東京都新宿区歌舞伎町二丁目、かつて新宿職安通りと呼ばれた、スラムでもまだきれいな方の大通りに面している小島ビル、その通りに引っ越し業者に偽装した大型トラックが三台停車した。五分後引っ越し業者の格好をした特殊作戦部隊チームA十二名と葛野がトラックから降り、ビルの中へ入っていった。
彼らは屋内に入ると引っ越し業者から全身をアラミド繊維で防弾、防爆した特殊部隊に姿を変えた。五階にある将棋センター「東新宿将棋サロン」の入口は閉まっており、通りに面した窓はカーテンも閉められていたが、電気がついている様でカーテンの合間から光が漏れているのがわかった。
侵入経路は正面から堂々と、と考えていた葛野は、ドアブリーチング用ワイヤカッターとスレッジハンマーなどのブリーチャーキット一式でドアを破壊、セキュリティドアであればブリーチング用ショットガンを用いて突入するつもりだった。しかし、ただのシリンダー式の旧式ロックであったため、ピッキングで突入可能だった。
葛野はドアを十センチほど開けて、拳大の黒いボールを静かに中へ転がして入れた。これは三六〇度のカメラアレイになっており、中の様子を端末で見ることが出来る。男三名、女児一名、武装無し、女児は拘束されている。一番近くに居た老人はカメラアレイを見つけて、きょとんとしていた。
続いて葛野は部屋の中にフラッシュバン(閃光音響弾)を投げ込んだ。投げ込まれた黒いプラスチックの容器には十二個の小さい穴が開いており、点火の圧力でそこからアルミ粒子が瞬間的に部屋の中を埋め尽くした。アルミが空気中の酸素と結合し、すさまじい速さで発火・燃焼する。アイウェアとイヤーガードをつけていない人間は、強烈な光と音を自身の感覚器官に叩き込まれ、五秒から六秒の間全感覚がマヒする。
発火の瞬間、葛野達十三名は部屋の中に突入した。
将棋センターの中に居た四名を葛野達精鋭十三人が制圧するには、六分でも十分すぎた。
隊員たちは部屋の中でうずくまる四人の人間を速やかに拘束し、コードキーとDNAパッチのデータを採取した。抵抗できる状態の者はいなかった。首謀者と思われる老人は、静かに目を閉じすべてを諦めたような表情だった。
奥のキッチンから、サプレッサ付きM4カービンの発砲音がカチカチカチ、カチカチカチ、と聞こえ、葛野はキッチンに急行した。
キッチンに居たのはライフルを持っている長身の男と、負傷した隊員二名だった。いきなり銃で撃たれたのではなく、隠れていたその男に不意打ちで殴られたのだ、先ほどの発砲音は殴られた後に二人とも足を撃たれた様だ、今男が構えている銃は隊員の一人から奪ったもので、コルトM4A1カービンと呼ばれるセミオートライフルを葛野が平岩の研究所にある米国の軍産複合体を研究しているチームと協力して作ったオリジナルモデルだ。特に消音装置であるサプレッサーは葛野の自信作だ。いくら撃っても発熱しないし、肝心の消音性能は、銃声をドミノが倒れている様なカチカチ、という静かな音に変える。フレームはまだ世界に発表していない分子構造を持つ合成カーボンで作られており、マガジンの方が重くなるほどに軽量化に成功した。葛野はこのライフルをかなり気に入っており、出来る限り体から離さないようにして暮らしているほどこの銃に愛着を持っていた。今男が持っているそのライフルはご丁寧にも安全装置が解除されている様だ。
「喜多さん、大丈夫か」長身の男が叫んでいる。もちろん返事は無い。
葛野は、あの数秒の間に二名の隊員を素手で倒し、銃を奪ったこの男を異常だと考えた。まだ若い、自分より身長は高い、相手との間に倒れている隊員二名、男は狭いキッチンに居たためかフラッシュバンの影響下に無い。自らが設計しこだわりぬいたライフルの実戦における処女を奪われ腹が立った葛野は、瞬間的に判断しゆっくりと男との間合いを詰めた。露出している顔の部分を撃たれていたらまずかっただろう、一瞬撃つべきか逡巡した男は葛野と組みあう形になった。
葛野は自分より力が強いやつはそういない、と今までの人生で高をくくって生きてきたが、この男は体格も筋力も間違いなく自分より上だった。ただ技術は葛野のほうが勝った。
対人制圧は葛野の得意とするところだった。するりと男の内股を狩って倒し、袈裟固めで拘束した。格闘技の素人であるだろうこの男は、自分が何をされて、どんな体勢になったのか理解する前に組み伏せられた。恐ろしいほどの力で抵抗してくるが、袈裟固めから折り紙を折るようにしてシステマチックに背後から首を絞めるチョークスリーパーに移行、頸動脈を絞め、意識を奪う。
狭いキッチンはでかい男が四人寝転がっている図となった。別の隊員が葛野が押さえつけた男を改めて結束バンドで拘束した。葛野はけが人が二名出て、自分も下手したら死んでいたかもしれない状況になったことを、和泉に報告するのが憂鬱だった。
「いやな素人だ、遊ぶ余裕なんてありゃしないよ、あーあ……」
葛野はこのデカい男の頭に自身のライフルでマガジン一つ分の弾をぶち込んでやりたかったが、負傷者二人という失態を犯した今、それをやったら和泉さんに更に叱られるな、と考え、妄想だけで怒りをごまかすことにした。
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