第17話

「昔は押上に東京スカイツリーっていう低いタワーがあってな、テレビの電波がそっから出てたんだぞ、ってなんだその顔は、お前らテレビも知らんのか、今でいう五大ネットワークの動画配信だけみたいな感じだよ、ほぼ二十四時間番組がながれてたんだ、その受像機がテレビだ、ってまだわからんか、まあいいや、当時はそのスカイツリーが東京で一番高い建物だったんだよ、でも今はほれ、ギガストラクチャーをみてみろ、高いなんてもんじゃねぇな、やばいだろ、おれたち巨人の足元でちょろちょろしてるみたいだよな、だれも逆らえないパワーを感じるだろ、な、いつ踏みつぶされるか怖くてしょうがない、だからみんなこえぇから、中に入りたがるんだ、でもおれたちはバカで貧乏だからよ、はははは、高いサービスコードを買えないよね、あの壁の一番上にはのぼれねぇんだ、スカイツリーにはおれ、登ったこと、あるんだけどなあ、やばい気持ちがよかった、東京が全部見渡せてよ」

 シュウちゃんはおれの話を将棋そっちのけでニコニコしながら聞いてくれる。元バスケ選手で図体はでかいが頭が足りない。本来であれば将棋とは無縁の生活を送ることだっただろう。この新宿スラムの将棋センターになぜこんな気のいい若者がたむろしているのか疑問だ。

 キョウさんは話に相槌を打ってくれているが、将棋雑誌を片手間で読んでいる。態度のいい加減さがむしろ心地いい。シュウちゃんより年輩ですれた感じだが根はいいやつだ。もともと警察官だったが、人員削減かなんかで首になったらしい。公務員が首とは昔なら考えられないが、まあもともと勤務態度がいい加減だったと自分で言っていた。

 千ちゃんは二人よりさらにどうしようもない馬鹿だが、愛嬌があっておれは好きだ。思い通りにならないと大声を出して怒り出し、手足をバタバタさせるのがなんとも物騒だが、機嫌のいい時はエプシロンじゃ飲めないちょっと高い酒をおごってくれたりする。無理をしてデルタのサービスを買っているので、残業が多くてなかなか将棋が上達しない。でも本当に気のいいやつだ。近々彼は息子が生まれるらしい。デルタのサービスを買ってやりたいと、最近はさらに節約志向になって付き合いがわるい。

 おれたち四人は新宿近くにある菓子メーカーの工場システム保守の仕事仲間だ。仕事が終わると週に二回、この歌舞伎町のさびれた将棋センターで将棋を打つ。気が入らないときはしゃべりながらおざなりに酒でも飲みながら打つから、誰も上達しない。


「喜多さん、昨日さ、父親が死んじまって」

 盤面から目をそらさずに対局相手のキョウさんがつぶやいた。

「そうか、それは大変だったな」

 おれはそれを聞いて自分でもびっくりするくらい心が動かなかった。

「エプシロンの葬式はシンプルでいいね、喪主も楽だよ、すぐ終わった、こうやっていつも通り将棋が打てる、ははは……」

 キョウさんもいい年なのでさすがに落ち着いている。むしろ俺の方が動揺していた。彼の親なら歳は七十から八十の間だろうか。

 歌舞伎町のはずれにある、古びた建物の二階、将棋盤は四十ほどおいてあるが、雨が降っているからか客は俺たち四人しかいない、寂しい店だ。入口近くの受付では爺さんがいつも熟睡と半覚醒状態を行き来しながら、かろうじて営業している。

 窓からは古い電線が見える。新宿スラムは俺が若い時のまま、むき出しの電線と電柱が健在だ。スズメだろうか、たくさんの小鳥が等間隔で電線にとまっている。冬の冷たい雨を避けるには木にとまった方がいいだろうに、つかず離れず、集団でいる。受付の爺さんから出された煎茶を飲む。出がらしで風味は全く無い。若い三人は昼間だというのにビールを飲んでいる。いつからだろう、おれは冷たい飲み物を体が受け付けなくなった。それに雨の日は気分が悪い。先ほど食べた焼きそばのせいで胃もシクシクと痛む。時々酒が入り饒舌になった対局相手のキョウさんが話しかけてくれるが、気分が悪いので続きはまた今度とすることにした。

「じゃあ、また今度だね、喜多さん」

「ああ」

 盤面を端末に記録して、プロを気取って封じ手だ、なんてくだらない冗談を飛ばしつつ、三人を残して自宅に帰ることにする。

 自宅は新宿スラムから歩いて十五分、途中の団地公園のベンチで一休みをする。この団地のある階では人妻が春を売っているらしいが、訪ねる勇気が出ない。もう今年で七十一歳だ、あれだけあった性欲もなくなっちまった。雨の日というだけで体調が悪くなる。昔から薬は大嫌いだったが、今日は熱が出ているので、帰ったら感冒マイクロマシンを飲もう。左肩についているDNAパッチを見ると、案の定平熱より一度ほど高かった。でかいため息をつく。はあ……と自分でも気づかないくらいだが大きい声を出してしまう。将棋センター以外では人とほとんどしゃべらない生活を送っているので少しでも注目を浴びたくなってしまう。わざとらしいため息と同時にまわりを見渡すがだれもいなかった。誰かいてほしかったなんておもう。

 いままでずっとひとりで生きてきたのだ、死ぬ時も一人なのだろう。最近はこんなことばかり考えている。金さえあれば、こんな惨めな気持ちでいることは無くなるのだろうか。思えば大金を手にしたことが無い。サービスコードも二十年エプシロンのままだ。大金を手に入れて、アルファが買えれば何かが変わるのだろうか。SUAから提供される娯楽にも興味がなくなってしまった。最後に残ったのは将棋だけだ。おれはもう死ぬまでなにも変化しないのだろう。


 公園を後にして都庁方面へ歩き出す。新宿の旧都庁は流行らないホテルになってしまった。昔は新宿のランドマークだったのだが。いずれ恵比寿も渋谷も新宿も、あのどデカい六角柱の森に呑み込まれてしまうだろう。都庁の何十倍も高い建物ができるなんて昔は考えもしなかった。あの時は新宿の空も広かった。

 方南町駅で地下鉄を降り、徒歩で十分ほど。侘しい集合住宅の五階に俺の寝泊まりしている六畳の部屋がある。ここに俺は四十年も独りで住んでいる。若いころドラマで見た人生とずいぶんちがう。

 せまいベランダに出ると、雨はいつの間にか止んで、日が沈もうとしていた。東の空に見える下弦の月が美しい。神奈川県の方角を向けばまだ夜空が拝める。だが品川方面に目を向けると空を覆うギガストラクチャーが不気味なほどの存在感を放っている。下の方はまだ蛍光色の広告で煌々としているのだが、雲より高い上の方は月夜の空より暗い。全くの暗闇だ。全容を把握できないほどでかい建造物。ただただ、恐ろしい。かつて働いた日永グループの本社はあそこらへんだろうかなんて考える。昔は理系の大学を出て、いわゆる研究職だった。SUAもAIもまだなかったし、戦争もなかった。

「あのころにもどりてぇな」

 我ながら陳腐で、悲しい独り言だった。

 感傷的になると長引いてしまう。酒を飲んでいないのにひどく感傷的だ。思い出すのは日永の製薬工場で働いていた時のことばかりだ。


 ただ、あのマイクロマシンだ。

 おれはあの忌むべきマイクロマシンが人間の体の中でやることを知っていた。たまたま知識があった。おれは若く、頭も悪かったので、自分の中で整理するために仕事を辞めた。無職になったら、読みたかった探偵ものの小説シリーズを読み漁った。日永は再就職の世話をしてくれた。今まで中露戦後の不況の中で生きてこれたのは、元妻が日永フードサービスの役員の娘だからだ。そうだ、おれは元々アルファのサービスの様な暮らしをしていたんだ。なのに三十年たったらこの様だ。元妻とは子供ができなかった。だから、おれが死んでもキョウさんみたいな喪主をやってくれる息子はいない。おれの葬式は、SUAが「偉大なる家」方式でやるのだろうか。仏式で誰かやってくれないだろうか、と思ったが、天涯孤独の身では、そんな贅沢は無理だ、とすぐにあきらめた。

 月とギガストラクチャーを眺めていると、体が風で冷えたのか、途端に咳が止まらなくなった。たまらず部屋に戻って、DNAパッチを見る。薬を飲め、とアラートがあがっている。俺は棚から薬を出して、DNAパッチが支持する量を飲み、ベッドで安静にしていた。おれのDNAを一生懸命維持したって何になるのか。

 キョウさんの親父が死んだこと。

 おれももう長くはない事。

 ギガストラクチャー。

 日永フードサービス。

 マイクロマシン。

 千ちゃんの子供。

 関係があるよしなしごと。すべては過ぎ去って、関係なくなっていく。

 薬なんて飲みたくなかった。だがまるで機械のように、おれはDNAパッチに反応した。

 会社を辞めたときと同じように、マイクロマシンを飲むのもやめてしまえばよかったのだ。

 おれはトイレ横の棚に置いてある何十種類もある薬をすべて捨てた。これで近いうちに死ぬ。DNAパッチのアラートをすべて無視してみよう、そう決意した。すると人生に、締め切りができたような気がした。SUAのメディカルセンターの指示を無視して一ヶ月も経てば死ぬかもしれない。いずれ死ぬなんて当たり前なのに、はじめて実感できたようだった。

 むしろなぜ、今まで死ななかったのだろうか。美しくないのに、強くもないのに、守るものもない、やりたいこともないのに。


 次の日も新宿は雨だった。

 仕事を終えていつもの様に四人つるんで将棋センターへ向かった。

「日永って会社知ってるだろ、そこから金を引っ張ろうと思うんだ」

 そう四人に切り出した。今日も客は俺たち四人しかいない。受付の爺さんは熟睡している。 

 今日の対局相手は千ちゃんだ。子供が生まれて仕事ばかりの生活の中、久しぶりに趣味の将棋が打てると顔を出したのに、目の前のジジイがこんな血迷ったことを言い出すなんて、ちょっとかわいそうだ。

「おれは日永の弱みを握ってる、脅しをかければ必ず金は手に入る」

 おれは彼らの白けた反応にかまわず、続けた。

 シュウちゃんは無表情、キョウさんは周りを見渡している。

「どういうことだ、喜多さん」

 千ちゃんは興味を示している。最初の反応しだいで冗談として済ますつもりだったが、まあまあの反応だ。

「企業を脅迫すんだよ、金、日永にはたんまりあるから」

「何言ってるんだよ、喜多さん」

 父親の葬式の後始末を終えて少し疲れた顔をしているキョウさんが俺をなだめた。

 爺の戯言だと思われただろうか。なんだか、急に怖くなってきたが、もうここで止まる意味がなかった。

「本気だよ、このおいぼれじいさんは、むかし勤めてめてたんだ、日永の関係会社にね、あそこは企業で大犯罪をやってんだ、脅せばいくらでも金が出る」

 自分の決心を固めるために、わざと大げさに話してしまった。するとシュウちゃんがすぐに反応した。

「喜多さん、オレもやるよ」

 シュウちゃんの声を聴くのは久しぶりだ。

「よせ、バカ」

 キョウさんがシュウちゃんを叱った。

「爺さん、今日は帰んなよ、なんかおかしいよ」

 キョウさんは少し怒っている様だった。

「おかしくて結構だ、やる気があるやつは今夜おれに電話してこい」

 そう言って将棋センターを去った。

 地獄のような空気だったので外に出ると生き返るようだった。そんな空気にしたのはおれだったが。彼らはなんだかんだ常識人だ。

 ひとりでやることになるのだろうか。心細いが、仕方がない。昔観た映画のようにひとりで銃を買って、ひとりで悪玉の親分を撃つ。そんな愉快な妄想をしながら、帰路についた。やっぱり仲間が欲しいところだったが、しょうがない。


 方南町の自宅にもどり、また月を眺めようと窓を開けると、携帯端末が鳴りだした。

 キョウさんだった。

「手伝いますよ」

 開口一番それだった。意外だと思いつつ、心底うれしかった。

「喜多さん、ほっといたら死んじゃいそうだし、俺は元刑事だから、役に立てるかも、SUA警備部についてはよく知らんが、昔のなじみに訊けば何とかなるかもしれない」

 既に彼の中ではいろいろとやり方を考えてくれている様だ。ありがたい。

「無理、しないでくれ、嫌なんだろ、金が欲しいなら、別に参加しなくてもうまくいけばキョウさんにあげるから」

「そんなこと言うなよ、おれもやるよ、じいさんひとりじゃうまくいくわけないだろ、もしじいさんが逮捕されて三人になったら、今日みたいにひとり余っちゃうだろ」

 ああ、将棋の話か。キョウさんらしい言い方だ。やさしいやつだ。

「ありがとう、本当にありがとう」

 心から出た言葉だった。

 ありがとう、なんておれの人生にはなじみの無いことばだった。

「こまかいことは俺が考える、喜多さんは爺さんなんだから無理するな」

「ああ、助かるよ」

「ところで、日永の弱みって、なに」

 キョウさんからすれば当然の疑問だった。だがぎりぎりまで彼らに話すつもりは無かった。

「あとで話すよ、まずは脅迫の準備、しよう、脅すのは日永の社長がいい」

「まぁいいけどね、信じてるよ、銃なら千ちゃんが調達できるはずだ。千ちゃんも参加するって」

「そうか……銃使うのか」

「使わないかもしれない、でもあったほうがいいだろ、あれは持っているだけで色々と便利なんだ」

 キョウさんは元警察官だ、銃を撃ったことがあるのだろうか、すこしうらやましい。

「まかせる、俺はそろそろ寝るよ、電話してくれてありがとう、また将棋センターで話そう」

「ああ、お休み、爺さん」

 電話が切れた。人と長い時間電話をするのはひさしぶりだった。興奮をおさえるためにアルコールが必要だった。おれは恐ろしく疲れている様だ。仕事の後、将棋センターに行くのも億劫になりつつある。おれの生命力が時間にどんどん削られていく。七十一の男が、巨大企業相手に何ができるだろうか。なんとも小気味いい実験ではある。

 風呂から出ると、今度はシュウちゃんから電話が来ていた。俺は彼を巻き込むことはやめようとおもって無視した。若者の人生をぶち壊すのはいやだった。

 しばらく興奮して眠れなかった。不安で胸が苦しかった。

 思い出すのは昔のことばかりだった。元女房との子供を作らなくてよかった。おれのようなちっぽけで弱い人間が父親ではちゃんと育たないだろう。

 ちっとも眠れそうにないので、ギガストラクチャーをいつもの様にベランダから眺めた。巨大な壁だ。あれが新宿をも飲み込んでしまったら、おれたちは居場所がなくなるだろう。将棋センターがなくなったら、四人はバラバラになってしまうかもしれない。

 その前に、なんとかして、死ぬか過去を断ち切るか、どちらかでなくてはならないんだ、そうおもった。


 次の日、仕事が終わりまた新宿へ向かうと、歌舞伎町はまたまた雨だった。雨が降ると皆地下通路を使うので、屋外の人通りはとてもさみしい。雨の音、車が水たまりにタイヤをつっこむ音。カラスも野良猫もいない。

 将棋センターで、ショウちゃんがおれと顔を合わせるやいなや、珍しく強い口調で言ってきた。

「喜多さん、オレもやりますよ」

「ダメです、君はまだ若い」

「そうだよ、シュウちゃん、おれたちはもうどうせ後がない、ギガストラクチャーに居場所がない日本人はもうだめだよ、君ならまたバスケなりやればきっとプロになれるさ」

 キョウさんが知ったような口ぶりで窘めた。

 プロスポーツの世界は厳しさをシュウちゃんは分かっている。甘い考えが過ぎて逆効果だと俺は思った。彼は優しくてのんびりとした子だ。プロの世界には向かない。

 三人がかりで説得しても聞かなかった。ここは年長の俺が説得しようと思い彼の目を見る。

「あのね、シュウちゃん……」

 今日の彼の眼は、不思議な事に青みがかった緑色だった。おれは自分の老いで弱りきった視覚に自信を持っていなかったが、それと関係なしに彼の眼はとても綺麗で、次の言葉を出すのにかなり時間がかかってしまった。洋物ポルノ動画にでてくるお気に入りの女優に似ていて、そんなことを考える自分が情けなくなった。

「シュウちゃんは眼がきれいだね、そんな眼の奴が犯罪をしちゃあいけない、あんたは体育教師とか、介護士とかがお似合いだよ、見栄えも俺たちよりいいしな」

 シュウちゃん以外の俺含めた三人はお互いの顔を見合わせて笑いあった。三人とも見られた顔ではない。いろいろなことを諦めた理由の一つが、この顔の出来の悪さだ。

「ちなみに、シュウちゃんのその眼はカラコンか」

 千ちゃんが訊いた。

「いえ、オレは多分父がロシア人なんです、もともと北海道の生まれで……やっぱり不自然ですよね、このガタイですし怖がられてしまって、黒のカラコンをつけるようにしてるんですけど、今日は洗って忘れちゃって、たまたまです」

「シュウちゃん、君の眼はとてもきれいだ、なにもつけない方がいいよ」

「そうだよ、わざわざカラコンつけなくても、せっかく綺麗なんだから」

「薄い眼の色って確か劣性遺伝だぞ、めずらしいなあ」

 おれとキョウさんと千ちゃんは彼の眼の話題に終始した。

 話題をそらしてうやむやにすることに成功した、とおれたちはおもっていた。

 しかしシュウちゃんは褒められてうれしそうにはにかんでいたが、思い出したように真剣な表情をして言った。

「いや、喜多さん、日永、オレもやりますよ」

 目論見は失敗し話は堂々巡りだった。

 彼がこんな明確な意思を示したことは知り合ってから今まで無かった。将棋も、千ちゃんに誘われて流されるままに続けていた印象を俺は感じていた。彼の中に情熱が眠っている事に驚いた。

 まずキョウさんが説得するのを諦めて、シュウちゃんもそう言っているんだし、と、俺を懐柔する方に回った。千ちゃんは分け前が減ることが嫌なのだろうが、まあ別にどうでもいいのだろう。べつにいいじゃん、と言って諦めた。おれも最後は折れてしまった。

 結局、四人で、日永の社長を脅迫することにした。

 計画はシンプルで、すぐ終わるはずだ。


「日永の社長は品川エリアに住んでいるはずだ、まあ当然アルファだから、上層の住居エリアで俺たちは入ることさえできない、どうすんの」と飛車の駒をもてあそびながら千ちゃんが言った。

「SUA警備部のコードキーさえあれば、ギガストラクチャーのどこだって入れるよ」

 キョウさんが忌々しい、というような表情で言った。彼は警備部についてかなり詳しくなった。警察時代の友人を酔わせて、それとなく情報を聞いたのだった。警察全体が当初SUA警備部を信用していなかったため、警視庁公安部には彼らの膨大な調査資料があったそうだ。SUA結成時公安だったキョウさんの友人は、警備部の組織体制から装備まで十分把握している様だった。

「あいつら、きっと何かやると思ってたからね、結局やらなかったけどな、代わりに俺たち警察が弱くなって、警備部が強くなってった、警察も終わりだと思ったよ、いや、あらゆる公的なものが力を失っているんだ、国も軍もね、元気なのは企業と宗教だけだよ、つまり、SUAだ、国の力がなくなって、世界はバラバラになりつつある、言語と、民族と、経済力の組み合わせ単位で、でも日本だけはひとまとまりになりたがるんだ、不思議だよな日本人というのは……話がそれた、ともかくSUA警備部のコードを用意することはできるよ、ちょっとした伝手があるんだ」

「おれたちが社長に銃を突きつけたとしたら、あいつらは警備部のふりをしている俺たちを撃つのか」

 と千ちゃんが訊ねた。

「撃たない、誓ってもいい、警備部は撃たないよ、アジア難民やおれたちのようなデルタやエプシロンだとわかったら対応は違うと思うけどね」

 それを聞くと千ちゃんは鼻で笑った。

 おれはまったく現実感が無い、と感じていた。犯罪の計画を、将棋を打ちながら話している。子供が集まってふざけている様だ。普通ならどこで話すのだろうか。ドラマや映画なら、隠れ家的な荒廃したアジトでするのか。おれたちの場所は将棋センターだった。高いホテルの一室でも、今は使われていない廃工場でもない。新宿のさびれた将棋センターで大企業脅迫の相談をするのだ。

 酒でも飲まないとやっていられない、と千ちゃんが言った。次はエプシロン御用達の、派手な遠洋漁船の絵が描いてある大衆居酒屋に移動するだろう。おれは酒を飲む体調ではないので行きたくなかったが、計画の首謀者である以上、協力者には気を使わなければ。

 体の悪い老人一人ではやることに限界がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る