第5話 結界に禍つ神が触れる音


連載戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記 ➄結界に禍つ神が触れる音』



時: ある年の、暖かい秋

所: マンダラ池のほとり ミズホノサト


人物: 元宮あすか  女子高生

    イケスミ   マンダラ池の神

    フチスミ   イケスミの旧友の神

    桔梗     伴部村の女子高生(フチスミと一人二役)





 フチスミは、出雲の方角に例の神の挨拶をしている。イケスミもそれにならいながら挨拶をする。あすかもつりこまれ、不器用にそれにならう。


イケスミ: 師走にもつれこむと、鬼が出始めるぞ。

フチスミ: もう出始めている。(彼方で音)ほら……水没したとはいえ、ここはトヨアシハラミズホノオオミカミさまの住まわれる聖地、しかも留守とあっては禍つ神どもにとって、鍵の開いた金庫も同然。あの音は結界に禍つ神が触れる音だ。

イケスミ: 結界が?

フチスミ: 今のところは無事、でも、時間の問題、北と南に集まり始めている。一人で二正面の戦いは苦しかった。

イケスミ: あたし……出戻りが親のスネカジリにもどってきたつもりなんだけど……

フチスミ: なによ、それ?

イケスミ: だってね……

フチスミ: だってもへちまもないわよ。いいこと、このミズホノサトを奪われたら、わたしたち住むところないのよ。イケスミさん、あなた、東京の万代池もほっぽらかしてきたんでしょ!?

イケスミ: だって、だって、あそこはもう埋め立てられっちまうんだよ! 池の神が池を失ったら、もう存在理由ないだろ? アイデンテイテイ、レーゾンデートルの問題だ。

フチスミ: だからがんばるんじゃない! わたしなんか依代の方が元気で、どっちがとりつかれてんのか……

あすか: ね、あそこ、学校があったんじゃない?

イケスミ: え?(話を中断されたようで、少し機嫌が悪い)

フチスミ: よくわかったな。ポールが突き出ているだけなのに。

あすか: あのポール、卒業記念に、中学に残してきたやつといっしょみたいだから。あたしが選んだんだよ。生徒会の役員やってたから。

フチスミ: へえ、あすかちゃんて偉いんだ。

イケスミ: 中学の生徒会役員なんて、手ェあげたらだれでもなれんだよ。

あすか: もう、ちゃんと対立候補を大差でやぶって当選したんだかんね。

フチスミ: へえ、立候補したんだ。

あすか: そ、そだよ! 

イケスミ: プ(*´艸`*)

あすか: な、なにがおかしいの!?

イケスミ: 体育祭のリレー、ゴール直前でズッコケてクラスをドンベにして「お詫びになんでもします!」って、やらざるを得なかったんだよな~。

あすか: う、うっさい!

フチスミ: 村立伴部小中学校、この依代の子が通っていた学校。この子も卒業記念品の選定委員やってたんだよ。

あすか: そうなんだ! あのポール、特注品で高いんだよね頭のところに校章がついていて、夜になると、太陽電池の明かりが照らすようにできてんの。校章とポールの間に発光ダイオードとか入ってて……

フチスミ: 日によって色が変わるんだよね。

あすか: うん、うちは月曜が赤「ファイトオッ一発がんばるぞ!」ってんで、ヘヘ、学校にゴマスリのハッタリだけどね。

フチスミ: ここは田舎だから、日めくりの色どおりに日曜が赤、あとはアンケートとって多い順。

あすか: あら民主的……うちは、あたし一人で全部きめちゃった。

フチスミ: すごいのね……

イケスミ: 誰も興味ないんだよ、あすかの学校じゃそういうことにはさ。

あすか: そういうこと言う?

イケスミ: でも、そうなんだろが。

あすか: ……そりゃ、そうだけどさ。

フチスミ: あのポールの校章、今でも光るんだよ……フフフ、今日はオレンジ。給食にミカンのつく日だったから、一番に決まったの。

イケスミ: あなた……名前はなんて言うの?

フチスミ: え?

あすか: ?(不思議そうに二人の顔を見る)

イケスミ: 依代、あんたのことよ。普通神さまがとりつくと、依代の意識は眠っちまうんだ。な、そうだろあすか、ここへ来るまでのことちっとも憶えてないだろ?

あすか: ……うん、「ミッションスタート!」でとぎれて……

イケスミ: スカートめくって太ももあらわにして、長距離トラック乗り継いだことなんか憶えてないよな?

あすか: え……そんなことしたの!?

フチスミ: フフフ、そうよ、この子の意識は起きている。だから、スカートめくってヒッチハイクなんて、とてもやらせてはもらえないけど。

イケスミ: で、名前は? 依代をしながら意識が醒めているなんて、ただ者じゃないわ。

フチスミ: 桔梗、天児桔梗(あまがつききょう)

イケスミ: 天児……!

あすか: アマ、アマガ……?

イケスミ: 天国の天に鹿児島の児と書くんだ。伴部村の神社の子だな?

フチスミ: 社は二十年前の台風で倒れて、それっきりだけど、この子のお父さんが、映画のセットみたいな代用品を建てて細々とやっていたんだけど……そのお父さんの神主さんも、今度の地震で……

あすか: 他に家族は……?

イケスミ: 天涯孤独……一人ぼっちって意味さ。

あすか: どうして、イケスミさんに分かるの?

イケスミ: その桔梗って子、身を投げにきたんだね、フチスミさんの花ケ淵に……

フチスミ: よくわかったわね、二人だけの秘密だったのに。

イケスミ: イケスミだよあたしは。意識が起きてさえいりゃあ、なんだってお見通し。依代になりながら起きているなんて、天児の子とは言え、本当は強くて賢い子なんだね。

フチスミ: ……繊細で賢い子。だから、新しい町や学校にもなじまず、死のうと思った。

あすか: あの……繊細で賢い子だと、どうして、なじめずに死のうと思っちゃったりするわけ?

イケスミ: だって、おまえはなじんでるだろ、町にも学校にも?

あすか: うん、あたしは バカでガサツで弱虫なわりにお調子者で……

イケスミ: だろ。万代池が無くなるのに死のうなんて思わないしさ……

あすか: ちょ、ちょっと!

イケスミ: すまん、ちょっとひがんでみただけ……

フチスミ: 桔梗は、このあたりでただ一人わたしの依代になれる素質を持った子だった。

あすか: ソフトとハードの関係だね。あたしとイカスミさんみたいに。

イケスミ: イケスミだっつーの。

フチスミ: その桔梗が、廃村の二日後、たった一人でわたしのところへやってきた。これは運命だと思った。この子もね……二人でそう感じた時、わたしは溺れているこの子にのり移っていた……その時……

あすか: その時?

フチスミ: かすかにオオミカミさまの声が聞こえたような気がした……

イケスミ: はるか出雲から、オオミカミさまの声が……

フチスミ: 見とどけよ……とおっしゃった。

イケスミ: 何を見とどけよと?

フチスミ: おもどりになるまでのこと、それしかないわ。

あすか: でも、もう十一月も末だよ。

イケスミ: どういう意味だ?

あすか: ……もう帰ってこないんじゃ……だって何もかも水の中に沈んでしまって、変な不良の神さまたちもここをねらってるみたいだし……(彼方で崩れる音)

イケスミ: 神さまは嘘は言わん。

あすか: でも、もどってくるとは言ってないんでしょ。出雲に行ってくるとだけ、そしてかすかに、見とどけよと、そう言っただけでしょ?

イケスミ: 神無月を過ぎて、神々がもどられなかったことなどない!

あすか: だって、まだもどってこないじゃないか!

イケスミ: ……

あすか: 先生だって、トイレにたったきり職員会議にもどらない人がいる。生徒の大事な進路を決める職員会議にだよ!

イケスミ: 学校の教師ごときと神さまをいっしょにするな! 神さまを信じろ!

あすか: だって、イカスミさんだって、マンダラ池を見捨てたじゃないか、二度ともどってきやしないんじゃないか!

イケスミ: 勝手なことを申すな!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る