第4話 ミズホノサト
連載戯曲
『あすかのマンダラ池奮戦記④ミズホノサト』
時: ある年の、暖かい秋
所: マンダラ池のほとり ミズホノサト
人物: 元宮あすか 女子高生
イケスミ マンダラ池の神
フチスミ イケスミの旧友の神
桔梗 伴部村の女子高生(フチスミと一人二役)
再び地震、先ほどとは違う方角で何かが崩れる音がする。三人、音の方角に顔をむける
あすか: まただ……
イケスミ: いったいここはどこだ、鬼岩こそはそこにあるけれど、ミズホノサトへは、どこをいけばいいんだ!?
フチスミ: ここがそうよ。ここがわたしたちの土地、オオミカミさまの知ろしめすトヨアシハラミズホノサト。
イケスミ: ここが?
フチスミ: ……この水の底。
イケスミ: 水の底?
フチスミ: ええ、伴部、美原、樋差の三ヶ村も、ミズホノウミも、みんなこの途方もない水の底に沈んでしまった。
イケスミ: ……
あすか: あ……地震で沈んでしまった村ってここなんだ!?
イケスミ: なんだ、それ?
あすか: ニュースとかで、やってたじゃん、ちょこっと東京も揺れちゃったじゃん何ヶ月か前に。
フチスミ: イケスミさん、知らなかったの?
イケスミ: わたしの池には、ほとんど人が来ない。来れば、人の心の中からニュースも読み取ることができるんだけどな。
フチスミ: そんなに人が来ないの?
イケスミ: この程度のネーチャンとか野良犬、時に酔っぱらいくらいはね……
あすか: このテードってのはないでしょ。ちゃんと思い出したじゃん。
イケスミ: ……地名もわからないほどおぼろげにな。
あすか: だって、自分とこに被害のない地震なんて忘れちゃうって、ふつー。
関係ないっしょ、よその地震なんて……言い過ぎた? ごめん、だって、このテードなんてイカスミさん言うんだもん。
イケスミ: イケスミだっつーの。
フチスミ: 山が水を含んだ砂山のようにドーッと崩れてきてね。あっという間にダムのように川をせきとめて……ここまで水位が上がるのに十日もかからなかった。
イケスミ: 弥生の昔からここにいるけど、こんなことは初めて、この三百年の間に……
フチスミ: この六十年ほどよ。
イケスミ: 戦後?
フチスミ: 残っている山を見て……
あすか: ……きれいな杉山。
イケスミ: 木の名前知ってんのか?
あすか: 松と桜と杉しかわかんないけどね。小学校の時なんかに記念植樹とかするでしょ。
フチスミ: わかった?
イケスミ: ……杉山すぎる。
あすか: だめなの杉山じゃ?
イケスミ: 杉は、根が浅くて、大雨が降ると根っこごと土が崩れてくるんだ。
フチスミ: 昔は、山崩れを防ぐため、山の稜線付近は……
あすか: リョーセン?
イケスミ: あすか、ほんとバカだな。
あすか: アハハ……てっぺんあたりのことかな? 家で言えば、屋根のてっぺん。ドラえもんとミーちゃんがデートするような。
フチスミ: フフ、勘はいいようね。さすが元宮さん。
あすか: テヘヘ、さんづけの苗字で呼ばれると照れるわね……で、稜線いっぱい杉山にすると……崩れやすいの?
フチスミ: だから、昔はわざと深い根を張るクヌギなんかの雑木を残しておいたの。そういう稜線をクヌギ尾って言って、山崩れを防ぐ自然の知恵だったの。
あすか: 昔の人は偉い!
フチスミ: 今の人もバカじゃない。戦中や終戦直後は、国策で杉ばっかりだったけど……こないだまでは、やっていた。少しずつだけど……
イケスミ: でも、人もカネも足らんということか……
フチスミ: そうね……でも、今度のことでは、みんながんばったのよ。この水を抜いて、もとにもどそうって。
イケスミ: あきらめちゃったの?
フチスミ: うん、三日前。この水を抜くために、山崩れでできた自然ダムを破壊すると下流の村や町に迷惑をかける。断腸の思いで廃村と決めたの。
あすか: 団長が一人で決めた!? そんなの許せないよ! いったいどこの団長!? 青年団? 消防団? 少年探偵団?
フチスミ: ハハハ……何ヶ月ぶりかしら、こんなに笑えるの……(あすかを含め三人笑う)
あすか: な、なによ、違うんだったらおせーてよ!
イケスミ: 腸がちぎれるくらいに痛くて辛い決心ということよ。なんなら体験してみる?
あすか: いいよ、自分の腸でつくったソーセージ想像しちゃった。
イケスミ: ごめんね、へんなの連れてきちゃって。
フチスミ: ううん、とってもなごむわ。ここしばらくは、一人でふんばらなきゃと思っていたから。
イケスミ: で、オオミカミさまは? 気を飛ばしても、どこのお旅所にも気配を感じない……もうここには在わさぬのか?
フチスミ: 出雲においでになる。
イケスミ: 出雲!? 今は霜月十一月、それも霜月会(しもつきえ)とうに終り、霜月粥が大師講で湯気をたてておるころぞ。
フチスミ: 今年はまだ神無月が続いておる。だから、今年は霜月も晦日近いと申すにこの暖かさ。
あすか: あ、あのさ、その時代劇みたいな言い回し、あたしちっとも……国語欠点だから。
イケスミ: 国語だけか?
あすか: それは……
フチスミ: ごめんなさい。つい昔のノリになっちゃって。つまりね、オオミカミさまは、年に一度の神さまの会議に、出雲に出張なさってるの。それが十月って決まっていて、出雲以外のところから神さまが居なくなるから十月を神無し月と書いて神無月というの。それが霜月、十一月になってもお戻りにならない。
あすか: 職員会議の延長みたいなもんだね。いや、毎年あるんだ、三月ごろ、あすかみたいなバカを進級させるかどうか、この日ばかりは遅くまで点いてる職員室の明かりに手を合わせているのよ……ってそういう話?
イケスミ: 神無月が十一月まで食い込んだのは初めてだ。よほど重要な話をなさっているのだろう……
あすか: ひょっとして、イカスミさんを落第させる話題だったり……ごめん、冗談の雰囲気じゃないんだよね。
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