第3話 帰郷
連載戯曲
『あすかのマンダラ池奮戦記③ 帰郷』
時: ある年の、暖かい秋
所: マンダラ池のほとり ミズホノサト
人物: 元宮あすか 女子高生
イケスミ マンダラ池の神
フチスミ イケスミの旧友の神
桔梗 伴部村の女子高生(フチスミと一人二役)
イケスミ: 着いた、着いた、……着いたんだああああああ!
あすか: 疲れた 疲れた……疲れたんだってばぁぁぁぁぁぁ!……(へたりこむ)
イケスミ: あ、思わず抜け出しちゃった(コントローラーをもてあそんでいる)
あすか: もうやだよ、とりついちゃ。もう、クタクタのヘトヘトなんだから……。
イケスミ: アハハ、もう大丈夫。着いたんだからな、わが故郷へ……!
あすか: 着いた?
イケスミ: あの鬼岩をまがって、坂の上にあがると見えるんだ。
伴部、美原、樋差(ひさし)の三ヶ村。そして、そして、オオミカミ神さまの在(い)ます、ミズホノウミが……
あすか: 海?
イケスミ: 湖のことだわよ。小さいんだけど、尊敬と親しみの気持ちをこめて、人々はウミってよぶんだ(コントローラーをしまう)
あすか: そうなんだ。
イケスミ: ほら見ろ、鬼岩のここ、千年前に親神さまといっしょに土地の鬼どもを封じ込めたときに、記念に残したサインだぞ。
あすか: ……ウーン、どうも、ただのひびわれにしか見えない。
イケスミ: アハハ、神さまのサインだからな。真ん中が、トヨアシハラミズホノオオミカミさま。
左がフチスミノミコト、わたしの親友。そして右がイケスミノミコト……
あすか: へえ、これがイカスミさんなんだ。よく見ると、ちょっとイケてんじゃん!
イケスミ: ……この下の方に……埋もれてしまったんだろうなあ、
他の神さまの名前が彫りこんであるはず……みんな、なつかしいわたしの仲間、わたしの同胞(はらから)
……(耳を岩につけて)鬼の気が弱々しくなってる……千年の歳月が鬼を和ませたか、さすがミズホノサト。
あすか: ここの神様って、みんな名前の下にスミがつくの?
イケスミ: たいていな。神様である証拠。
あすか: でも変だね。
イケスミ: 何が?(少し気を悪くしている)
あすか: だって、フチスミとかイカスミとか、今にもタコみたく墨はき出しそうな感じでしょ?
イケスミ: 失礼な。友達じゃないんだぞ、神様なんだぞ、いちおう。それに、いいか、わたしは、イカスミじゃなくて、イケスミ!
あすか: え?
イケスミ: イ・ケ・ス・ミ! 行くぞ!
舞台を一周して坂の上。
あすか: うわあ……!
イケスミ: ……!
あすか: ……すごい、やっぱ海じゃん!
けんそんして小さいって言ってたけど、海だよこれは!
霧のせいでむこう岸が見えないせいかもしれないけど……水上バイクで走ったら気持ちいいだろうねえ、
この夏、江ノ島行きそこねちゃったから、カンドーだよ。
この秋はエルニーニョとかなんとかの現象とかで、まだ暖かいからさ、
水上バイクとか貸してくれるとこないかな!? 手こぎとか足こぎのボートだっていいんだよ。
イケスミ: ……ちがう。ミズホノウミは、こんなに大きくはないぞ……(鬼岩のところへもどる)
あすか: ちょ、ちょっとイカスミ……
イケスミ: ……たしかにこれは鬼岩、むこうに、笠松山と伴部山……
水辺にもどる。
あすか: イカスミさん……
イケスミ: なんだ、なんだよ、どうしたってんだ、この一面の水は?
あすか: だって、三百年もたってんだからさ……
イケスミ: 変わるのか、こんなにも激しく……
ここに立てば、伴部、美原、樋差の三ケ村がミズホノウミを軸に咲く大きな花のように望めた。
それが、この一面の水……。
あすか: あの……
イケスミ: ちがう。ちがいすぎる。わたしとしたことが、
どこか別のとんでもないところに出てきてしまったにちがいない。
わたしとしたことが……(踵を返して、鳥のように立ち去ろうとする)
あすか: 待って、勝手に行かないでよ、おいてかないでよ!
この瞬間、震度四程度の地震。彼方で何かが崩れる音がする。音は不気味にこだまし、怯えるあすか……
イケスミ: これは……。
あすか: あたし、帰る!
イケスミ: 待ちな、今のはただの地震だ!
あすか、聞く耳を持たず、もどろうとするが、気づかないうちにあらわれていたフチスミの姿に驚いて立ちすくむ。
フチスミは、セミロングの黒髪に、地元の女子高生の姿をしている。
あすか: キャー!
フチスミ: あなたたちが来た道は、今の土砂崩れで、通れなくなってしまったわ。
イケスミ: ……おまえは?
フチスミ: お久しぶりね、イケスミさん……
フチスミ、神の間で通じる独特のあいさつをする。イケスミ、同じあいさつをかえす。あすかたじろぐ。
イケスミ: トヨアシハラフチスミノミコト?
フチスミ: 昔どおりのフチスミでいいわよ。
あすか: フチス……?
イケスミ: フチスミさん……わたしの親友だぞ。わあ、三百年ぶりだ!
あすか: あ、さっき鬼岩に名前のあった。
イケスミ: その姿は……依代?
フチスミ: ええ、わけあって……おいおい話すわ。
あすか: あの……。
フチスミ: 言っとくけど、今の土砂崩れは、わたしのせいじゃない。
イケスミ: 今のは地震でしょ?
フチスミ: もともとはね……でも、今のは違う。
あすか: ……。
フチスミ: (あすかに)そんなに怖い顔で睨まないでくれる。このへんに(自分の額を指す)穴が開きそうよ。
あすか: ごめんなさい……
フチスミ: あなた、イケスミさんの依代ね?
あすか: は、はい。
フチスミ: 名前は?
あすか: あすか、元宮あすか……です。
フチスミ: いい名前ね。そんなに固くならなくていいのよ。もっとリラックスしてちょうだい。
あすか: は、はい。あ、あたしはめられちゃったんです。こっちの神さまに……
イケスミ: !(口にチャックをするしぐさと音)
あすか: モゴ、モゴモゴ……
フチスミ: イケスミさんに何かされたの?(口のチャックを開くしぐさと音)
あすか: (堰を切ったように)元々は自分が悪いんだけど。
成績票を池におっことして、そしたら、紙と金の成績票のどっちかって言うから、言うから……
あたし正直に紙のほうですって、そしたら六甲おろしに神が宿るとか正直者だとか言って、金の成績票もくれたわけ。
それが開いてみればオール零点のサイテー、「池に落ちる」と、「成績が落ちる」って、オヤジギャグみたいな、
へたなキャッチセールスみたく……。
イケスミ: で、ひっかかっちゃったわけだ。でも、あすかにも下心があったからなんだよ。あわよくば……
あすか: だって、だって……
イケスミ: さっきは、水上バイクでかっ飛ばすとか言って喜んでたじゃん。
あすか: だってだって……
フチスミ: 性格悪くなったわね、イケスミさん。
イケスミ: だってよ、本人の同意がなきゃ、依代にはできねえもん。苦労したんだぞ、狙いをつけて、シナリオ練って、猫まで仕込んで……。
あすか: ま、前から目をつけていたんだ……ストーカーだよ、未成年者略取誘拐罪だよ……イカスミさん。
イケスミ: イケスミだっつーの!
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