帰途

逆瀬川さかせ

帰途

 秋の日はつるべ落とし。ついさっきまで明るかったのに、北の開拓地には早くも夜の気配が忍び寄っている。風が出て、一気に冷え込んできた。

「そろそろ列車の時間ですよ」

「ちょっと待って。こいつだけ倒したら、撤収の準備するから」

 先輩が、目の前にいる魔獣を特殊銃で撃つと、たちまちその身体が崩れ去り、キラキラとした結晶が現れた。先輩は屈みこんでそれを拾い、ポケットに入れる。そして、特殊銃を入れたケースを背負うと、僕の方を向いてこう言った。

「さあ、帰ろうか」

 だだっ広い原野の中を真っすぐに続く砂利道を歩いていく。

「この辺はあんまり大きなのがいませんでしたね、先輩」

「最近はどこもそうみたいだよ。大きなものは登山者も滅多に入らないような山奥にしかいないらしいし、里に下りてきて問題になってるのは、ほとんどが中サイズの奴だから」

 砂利道の先に、西日を受けて輝く二本のレールが現れた。普通の鉄道に比べると幅が狭く、貧弱そうで頼りないが、道路事情のよくない開拓地にとっては重要な足だ。

「あと五分くらいでアペシナイ行きが来るはずです」

 ホームも駅名標もない線路際だが、遠くからでも見えるように手を振れば停まってくれるだろう。

 ほどなく、原野の中をこちらに向けて少しずつ近づいてくる小さな灯りが見えた。だが、その灯りが見えてから、こっちにやってくるまで、結構時間がかかった。

 二人して手を振って合図したこともあって、小さな自走客車は僕たちの前にぴったりと停車した。上半分が白、下半分が赤く塗られ、正面に二枚の窓がある客車だ。国鉄の列車より一回り小さい。車内には誰も乗っていなかった。この時間帯に山の方から町へ向かう人はほとんどいないのだろう。僕たちが横向きの座席に座ったのを確認すると、初老の運転士は客車を発進させた。軌道の状態がよくないので、とにかくよく揺れる。

「この時間だとさすがにアペシナイの役場も閉まってるよね?」

「まあ、そうでしょうね」

「結晶って役場以外でも引き取ってもらえるんだっけ」

「今朝一応確認しといたんですけど、アペシナイの駅前旅館は引き取ってくれるはずです」

「急行への乗り換え時間ってどれくらいだっけ」

「三十分はあったと思いますよ」

「じゃあ、手続きする時間は充分あるわね」

 窓の外を何もない原野が流れていく。時折牧場や農家が現れるだけで、人の気配はほとんどない。

「まもなく、終点のアペシナイです」

 運転士が、しわがれた肉声で放送する。と、それが合図かのように、俄かに車窓に見える人家が増えてきた。あっという間に市街地に入り、客車は速度を落とし始める。左から国鉄の線路が近づいてきたかと思うと、まもなく客車は停車した。

 運転士に運賃を払って、降りる。国鉄アペシナイ駅の駅前にある殖民軌道の停留場は実に簡素だ。

 さすがに人口四千人の町の玄関口だけあって、駅前には商店などが一通り揃っている。その中でひときわ目立つ三階建ての古い木造建築が駅前旅館だ。

「ごめんください」

 そう言って、引き戸をガタピシと開けると、そこが帳場だった。女将が退屈そうに座っている。

「お泊りでしょうか?」

「いえ、結晶の引き取りです」

「かしこまりました。では、お二人とも身分証明書を見せていただけますか」

 学生証を取り出して見せる。

「あら、帝都の学生さん! わざわざこんな北の果てまで、遠かったでしょうに。この街にはあまり魔獣退治できる人がいないから、他所から来てもらえると助かりますのよ。では、結晶の方、数えるのでこちらの台にお願いします」

 先輩が取り出した結晶の数は四十六、対する僕は二十八。魔獣退治の能力の差は歴然としている。

「では、結晶はこちらでアペシナイの役場に納めておきますので、一週間くらい経ったら、役場の方から報酬が振り込まれると思います。本当に、今日はお疲れさまでした。また、アペシナイにもゆっくりいらしてください」

 女将に送られて旅館を出て、駅に入る。ちょうど僕らの乗る列車の改札が始まったところだった。改札を通ってホームに入る。帝都行きの列車を待っている乗客はほとんどいない。小さな町なので、帝都との結びつき自体もそれほど大きくないのだろう。ほどなく、この小さな駅には不釣り合いなほど長い編成の列車が、ホームに入ってきた。夜通し走り続けて、帝都に着くのは、明日の昼前の予定だ。お金に余裕があるわけではないので、寝台ではなく固い座席で夜を明かすことになる。

「この夏はだいぶ稼いだわね。倒した魔獣の数、千を越えてるんじゃないかしら」

「よくまああれだけ倒せるもんですよ。一週間ぐらい同じ町に滞在して退治すれば、全滅させるくらい簡単なんじゃないですか。きっと町から感謝状もらえますよ。開拓地はどこも魔獣の襲撃に苦しんでいますからね」

「就職も上手く行くか分かんないし、いっそ魔獣退治を仕事にしちゃおうかな」

「先輩なら、難なく稼げるでしょうけど、不安定な仕事だとは聞きますね。働きの甲斐あって魔獣が絶滅すれば仕事が無くなりますし、不便な場所でもない限り、ライバルは多いですよ」

「君みたいな運動神経鈍い奴でもそれなりに退治できるくらいだもん。そりゃ狭き門になるよね」

 先輩はそう言って、視線を車窓へと移した。窓の外はいつしか日が暮れて真っ暗だ。一瞬、通過する小さな駅の灯りがよぎった。  

 次に停車するのは一時間後。五分停まるので駅弁でも買おうか。

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