ショートケーキと今

 今日は遥の誕生日だ。駅前のケーキ屋で買ったいちごのホールケーキが入った箱を片手に、御崎家へ向かう。


 あのあと、クレープを食べている途中に警察に捕まり、三人とも事情聴取に連れていかれた。

 俺が脱走したのに気づき、すぐに学校が警察に連絡していたらしい。

 拉致されていた倉庫を伝えたが、時すでに遅くヤンキーたちはみな忽然と姿を消していたらしい。

 事情聴取のあと家に帰ると母が泣いていた。とても心配したらしい。謝って、感謝を伝えると、母は泣いたまま笑って抱きしめてくれた。

 あの日から颯は俺に子供っぽいところも見せてくれるようになった。御崎と三人で行動することが増え、仲良くなっていった。

 しばらくして颯の、遥としての過去を教えてもらった。御崎家に初めて遊びに行った時だった。

 御崎のご両親は俺が訪問すると手厚くもてなし、とても喜んでくれた。その理由も何となくわかった。


 過去を知ってから学校以外の場では遥と呼ぶようになった。御崎も家ではそう呼んでいるらしい。



 大きな門をくぐり、庭を通って、玄関の前にたどり着く。

 深呼吸して、インターホンを押す。

 ピンポーンという軽い音とはーい!と元気な返事が聞こえる。

 どたどた音が大きくなって遂に大きな扉がガシャンと開いた。

 あの時から少し背が伸びた遥が立っていた。

「いらっしゃい!待ってたー!」

「お邪魔します」

 広い玄関にあがり、廊下を通ってリビングへ向かう。

「あら、松宮君じゃないこんなところで何をしているのかしら」

 相変わらずの減らず口でリビングのソファーを豪快に使う御崎。

 手にもつケーキの箱を見て、ニヤリと笑う。

「ははーん。あんたさては遥にケーキ買ってきたんだ」

「なんだその不敵な笑みは」

「遥が何ケーキ一番好きか知っているのかしら?」

「え?それはー……」

 確かに聞いたこと無かった。俺が好きなイチゴケーキを買ってきてしまった。

「あんたよく覚えておきなさい!遥の好きなケーキはね!」

「「ケーキ全般」」「よ!」「だよ!」

 遥と御崎が息ぴったりに答える。

「この子なんのケーキでも美味しそうに食べるからクリスマスにはいつも色んな種類のショートケーキを買って丸くするのよ。そしてみんなから一口ずつ奪うの」

「だってどれかひとつなんて選べないよー!」

 むりむりー!とはしゃぐ遥はそのまま俺からケーキを強奪する。

「もう我慢出来なーい!食べよー!」

「その前に!ちゃんと誕生日の歌を歌ってからな」

「なによそれ。高校生のやること?」

「いいじゃん!楽しそう!!」

「なんであんた乗り気なのよ!」


いつも通り御崎に怒られ、遥ははしゃぎ、俺は甘いものを食べて、いつものようにみんなで笑った。




 周りを特別幸せになんて出来なくていい。今はただ遥と甘いものを食べれればそれが一番の幸せなのだから。

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クレープ食べに行こ 霖雨 夜 @linnu_yoru

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