クレープ食べに行こ。
担任の先生の池田が暗い顔で教室に来た。
その日は朝から曇天で、教室もいつもより暗かった。
池田先生の雰囲気で騒がしかった朝の教室は一気に寒空とおなじ静寂に包まれた。
「御崎要さんと仲田颯くんが昨日の放課後から連絡がとれないそうだ」
先生の一言でより一層空気が重くなった。低いざわめきが教室中に広がった。
昨日の俺の幸運体質と颯の不幸体質で釣り合いが取れているのかもしれないと思った矢先にこれだ。
まるで俺が颯から距離をとってしまったから、一気に不幸がおしよせてきてしまったかのようだった。
「先生、探しに行ってきていいですか」
「ダメだ。お前はまだただの学生だ。大丈夫。今、親御さんたちや警察の方々が頑張って捜索してくれているから」
「でも!でも……」
言いながら理由を探すが何も見つからない。
俺は無力だ。今更何も出来ない。ただ、颯が生きていることを願いながら一日中授業を受けることしか出来ない。この学校という檻から出れず助けに行くことも出来ない。
悔しさで涙が込み上げてくる。堪えようと視線を泳がせ、隣の空いている席を見る。
御崎の机から何かがはみ出していた。
気になり取り出してみるとノートの切れ端のようだった。
『私は大丈夫。颯はここにいる』
殴り書きでそう書かれた紙の切れ端の裏にはどこかの地図と、颯がいるであろう場所が記されていた。
俺は一時間目の前の移動時間の間にこっそり保健室へ行き、休ませてもらうことにした。
次の授業の担当教師に保健室の先生が連絡しにいくと言って、部屋から出ていったのと同時に裏口から抜け出し、こっそり持ってきていた運動靴と履き替える。
上履きは適当にそこら辺に脱ぎ散らかし、急いで自転車に乗り、外来用の出入口から抜け出す。
思ったより簡単に檻をぬけ出すことが出来た。ひとつのことを達成した安堵感と共に次の緊張が走る。問題は地図の場所だ。
ポケットに入っている紙を取りだし眺める。
コンビニの名前が書いてあるが、このコンビニはどこにでもある。地形の形もよくある形だ。どこにもこれと言った特徴がない。なにかほかの特徴を探すんだ。何かないか、何か。
ブーッと大きなクラクションにびっくりして前を向く。
「あぶねぇな!前向いて走れ!」
「すみません!」
地図に夢中になっていたらトラックに轢かれかけていたようだ。申し訳ない。自転車を端に避け、申し訳なさでお辞儀をする。
もう一度手元に目を落とすと、地図が消えている。驚いた時に手放したらしい。
やばい!と周りを見渡すがどこにもそれらしきものはない。
焦って自転車で近くをウロウロしていると、小さな紙を持ったおじさんが立っていた。
「あ、あのその紙……」
「ん?あぁさっき飛んできたものだが、君のかい?」
「あ、そうです!ありがとうございます」
「いやいやいいんだ。それより、その地図、場所はわかっているのかい」
「いや、それがまだどこだか分からなくて……」
「そうだな。よっぽど急いで書いたんだろうな。重要なことがひとつも書いておらん」
はははと高笑いをしながらおっさんはメモをペラペラと振る。
「おじさんはどこだかおわかりなんですか?」
「あぁまぁ大体な。昔住んでたもんだからそこら辺に」
「ど、どこですか!!」
目を輝かせて聞くと、おじさんは少しうろたえて、答えた。
「二つ先の駅の辺りだよ。南口から出た先だ」
俺の今までの人生で最も速く自転車をこいだ。電車より速く走ってやるという気持ちで全力でこいだ。
二駅分をこいで近くまで来たので、スマホのマップを地図と見比べると全く同じ地形の場所を見つけた。
本当に同じだ。あのおじさんすげぇ。つかこんなに正確にメモできるあの女もすげぇ。
星マークが着いているところまで飛ばすと、そこには大きな倉庫が堂々と居座っていた。
いかにもな場所すぎて逆に大丈夫な気がしてきた。勢いで中に入る。
「てめぇ誰だ」
分かりやすくヤンキーが出迎えてくれた。ちょっと怖いかも。
「不法侵入はいけませんって学校で習わなかったのかなぁ?ぼうや」
どんどん出てくる。怖いわ。
でもここでやらなきゃ。こんなところでビビってる場合じゃない。颯はきっともっと怖い思いしてきたはずだ。俺なら、行ける。
「かかってこいよ」
挑発した途端、ヤンキーたちが大声を出しながら一斉に飛びかかってきた。
飛んできた拳や蹴りをギリギリで交す。かわすだけで精一杯だった。しかし、その交わした拳が他の人に当たる、蹴りがほかの人の顔に刺さる、挙句の果てには鉄パイプで殴りかかってきた人の攻撃を避けたら、手から滑り落ちその武器が足元まで転がってきた。
武器を取れば、行ける。
鉄パイプを拾い上げた瞬間、持ち主を殴り飛ばし、その後かかってきた大きな男をボコボコにした。
大きいやつをボコした途端、奥にいた細いヤンキーたちが急に戦意喪失してしまった。
「どうした?もういいのか?」
足元の親玉を転がしながら、挑発すると、お互いに目配せさせながら手を上げ、降参のポーズをとる。
「ほう。じゃあ大人しく拉致していた少年の身を引き渡してもらおうか」
そう言うと、またお互いに目配せしあったヤンキーたちは、代表っぽい人が奥に消えていき、残りの人達はそそくさと倒れている仲間たちを起こしていた。
「うぅ……」
足元の親玉が唸り声をあげる。
「お前生きてたのか」
念の為みぞおちにかかと落としをすると、「うっ!」と声を上げ、力を込めていた腕を脱力させた。
「疫病神……俺が殺して……世界を救うんだ……」
「お前バカかよ。あいつ殺したらまた別の疫病神が産まれるに決まってんだろ」
ツッコミの代わりに鉄パイプで後頭部をしばいたら、伸びてしまった。当たりどころが悪かったらしい。
少し待つと、代表みたいなヤンキーが2人の小さい影を連れてきた。
「颯!」
「悠馬君!?」
颯は怯えきった顔をしていたが、俺の声を聞いた途端ぱぁっと明るくなった。
「なんでこんな所にいるの!?なんで!?」
颯は小学生みたいなテンションになりながら駆け寄ってきた。
「聞いて驚くなよ!実はーあっそうだ」
ふとやりたかったことを思い出し言い淀む。
「なになにー!」
咳払いをして声を整える。
「例えばさ、もし俺が福神だって言ったら信じる?」
「はぁ?」「信じるー!」
遠くから聞いていた御崎が不満げな声を上げる。がそんなのを他所に颯は元気いっぱいだ。
「何よ福神って。疫病神と福神で運のバランスを取り合ってたって言うの?」
「まさにその通り。俺の幸運パワーと颯の不運パワーがいい感じにバランスをとることで!」
「何も起きない平和な日常がやって来るってことなのですか!」
「そうなのですよー!」
嬉しすぎてよく分からない語尾になってる颯に合わせてあげる。いい子だなーと撫でてあげると颯は喜んだ。こんなに表情豊かだったんだ颯。
「ちょっとなによそれ」
追いついてきた御崎はまだ不満げだ。顔を俯いている御崎を見て、いつものようなお説教を待つ。
「御崎さんどうしたのかなぁ?」
お説教してこないので調子に乗って煽ると、俯いていた顔を上げた。
御崎は泣いていた。
「そんなの、うぅ、聞いてないわよ……。ぐすっわたし、私ほんとに死ぬかと思ったんだから、うわあぁ……」
その場にへたりと座り込み、子供のように泣き出す御崎。
「え、ご、ごめん。悪かった俺が言いすぎた」
「要ちゃん」
あわあわしていると、颯が御崎のそばに駆け寄って、目の前にしゃがみこみ、抱きしめて撫でた。
「僕のために、いっぱい頑張ってくれてありがとう。大丈夫だよ。もう僕は誰も不幸にしない。だから泣かないで大丈夫」
大丈夫大丈夫と御崎をあやす颯はさっきまでの小学生みたいな颯とは違い、まるで母親のような暖かさがあった。
「うぅ、ありがと、はるか……」
はるか……?颯は颯じゃないのか。そう言えばこの前、元は御崎だったって言っていたな。やはり彼らには何か過去が隠されているのかもしれない……。
けど、まあいいか。今は。後ででいい。それよりも今は疲れたし、嫌なこともあったし。そしたらやっぱりあれが必要になる。
そう糖分だ。
「よし。みんなで、クレープ食べに行こ」
「うんそうしよー!」
「うん……」
唸るヤンキーたちを他所に、自転車を押してクレープ屋さんまで三人で歩いた。
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