第一章6話 『エンカウント』

 騎士団詰所で、王国騎士団に所属する騎士モンクシュットの協力を得て、俺たちはまずは貴族街に向かうことにした。前回のことを念頭に置くならば、アセビと接触するのはいつも商業街であったため、まず第一に商業街へと向かうのが最善だと思われたが、ここで商業街に行こうというのはあまりにも怪しすぎる。ここは大人しくモンクシュットが見回ることにしようと思う。その見回りの最中、モンクシュットは貴族、商人、平民問わず様々な人と友好的に接しており、その逆もまた然りだった。これで俺の懸念点の一つ、俺よりも言うことが信用されているという点はクリアされた。そしてもう一つの懸念点、


「ぶっちゃけ、モンクシュットって強いの?」


 アセビと交戦した場合だ。俺が戦略としては全くもって使い物にはならないという点を考慮すると、何としてもモンクシュット単騎でアセビを攻略してもらわねばならない。


 俺の質問にモンクシュットは低く唸り、口を開く。


「まあ、強いと思うよ。剣の鍛錬を怠ったことはないし、魔法もちょっとしたものだからね」


 はははと笑いながら、左手を腰に携えた剣にあて、右手には冷気を纏わせながらそう言うモンクシュットからは絶対なる自信が見て取れる。恐らく、モンクシュット自身が言った強いと思うというのは嘘でも誇張でもないのだろう。初見の気迫も考えると、モンクシュットの言葉は信じてもいい。


「やっぱ、モンクシュットも魔法使えるんだな」


「まあね。ナズナは何属性の魔法を使うんだい?」


「何属性の魔法?冗談言うなよ。俺は18年間、魔法なんかとは無縁の生活を送ってきたんだから、魔法なんか使えるわけないだろ」


 俺の言葉にモンクシュットは目を丸くする。事実、魔法なんて使えるはずもないのが常識の地球出身だから当然の発言のはずだが、今いるこの世界においては口にするべきで無かった。ただでさえ怪しいのにも関わらずさらに怪しまれてしまう。


「君はとことん不思議な奴だなぁ。強い弱いはあれども、みんな何かしらの属性に適性を持っていて、魔法が全く使えないなんてことはありえないはずだけど......」


 モンクシュットによると、この世界に生きるある程度の知能を持つものであれば、モンクシュットの氷を扱う魔法だったり、アイリスの治癒魔法のように何かしらの魔法適正が備わっていると言う。なのでモンクシュットが疑問に思うのも当然だ。ナズナは格好こそ王都で見られるような服装とは違うものの、この世界とは別の世界から来ていることは当然伝えていないし、モンクシュット自身もそんなことは思っていないはずだ。だが、俺の不用意な発言によってモンクシュットの協力が無くなることだけは避けたい。何か、話題を変えねば。


「そう言えばさ、騎士の家系って言ってたけどやっぱり親も騎士なのか?腰の剣も他の騎士とは違うよな?」


 苦し紛れに、モンクシュットの思考を遮るように話題を変える。腰の剣について気になったのは事実だ。他の騎士よりも立派な剣を腰に掛けていたため少し変わっているとは思っていた。まあ、左肩に竹刀入りのケースをかける俺も変わり者に見られているかもしれないが。


「ああ、祖父も父も王国騎士だ・っ・た・よ・」


 そう答えたモンクシュットは、表情が少し暗くなり空を見上げた。


「だったってことはもう引退したりしてるのか?」


「祖父はね。父は、もうこの世にはいない。この剣もその父の形見さ」


 穏便な話題転換をするつもりが、見事にモンクシュットが抱える地雷を踏みぬいてしまったかもしれない。


「その、悪い」


「いいよ、もう割り切ったことだ。僕の話なんかよりも君の話を聞かせてくれ」


「俺の話?」


「君は不思議なことだらけだからね。まずは、そうだな、出身地はどこなんだい?」


 モンクシュットの表情は先ほどとは一転して、ナズナという未知に対して目を輝かせる。しかし、出身地ときた。これはまた聞かれたくないことを聞かれた。


「あー、その言いにくいんだが、実は俺、あんまり記憶がないんだよね」


「記憶が無い......それはもしかして迷い子というやつかい?」


「そうそう、それ」


 一度アイリス相手にも通用した、記憶喪失のフリ。その時にアイリスが言っていた、記憶が無く、行く当ても持たない魏とのことを迷い子と呼称するということを覚えておいてよかった。


 残念だ、と肩を落とすモンクシュットをまあまあと宥めている最中に二人はは貴族街へ着いた。


 日は傾き始めていて、空はオレンジ色に染まっている。


「もう夕刻か。すまない、今日は細かいところまでは見て回れないね」


「だな」


 長話をしてしまったことを謝るモンクシュットには申し訳ないが、本当に重要なのは今日ではなくて明日。前回のループでのアセビの言葉を信じるならば、アイリス殺害を結構するのは明日のはずだ。しかしそれも、商業街で発生するアセビとのエンカウントイベントがなかったため断言はできない。しかし、確定した情報ではないため、今の俺にはアイリスの無事を祈ることしかできない。


「今のところ怪しい人物は見かけないね」


 様々な貴族のものであろうお屋敷が並ぶ厳かな雰囲気で委縮してしまうナズナを他所に、モンクシュットはえらく落ち着き払っている。騎士という仕事柄、貴族と接する機会も多いためこのような場所には慣れているのだろう。


「おお、そうだな」


 そんなモンクシュットとは対照的にナズナは額に冷や汗をかき、言葉も震えている。前々回も貴族街を歩いたはずなのだが、その時はこの場とは異なるアイリスの柔らかい雰囲気に当てられていたため、政争や陰謀がどす黒く渦巻く貴族街という認識は全くなかった。


「大丈夫かい?声が少し震えているようだし、表情も少し硬いな」


「あ、ああ全然大丈夫」


 この貴族街の空気に加えて、それにビビっているのがモンクシュットにバレバレであることにも動揺を隠しきれずにぎこちない返しになる。しかし、いい加減ビクビクしている暇ではないと両手で頬を叩いて喝を入れる。その後、もう一度頬に手を当てて表情筋をほぐす。


「いい表情だ」


 モンクシュットの呟きにナズナは少し顔を赤くする。モンクシュットとしては聞こえていようがいまいが関係のない呟きだったのかもしれないが、ナズナにとってはその呟きがえらく心に刺さったのだ。間違いなくモンクシュットは強い。そのモンクシュットに褒められたという事実が今のナズナには自信として必要だったからだ。


「止まって」


 先ほどとは打って変わって表情の緩んでしまった俺をモンクシュットが右手で壁を作り静止する。その右手にぶつかってモンクシュットの表情を見てみたがほんの3分前の緩い表情は無く、警戒心をあらわにした、戦う騎士といった印象を受ける顔だった。


「何かあったのか」


「この屋敷、何か変だ」


 そう言ってモンクシュットが指した場所。その場所には見覚えがある。


「ここって......」


 そこはまさしくアイリスが住む屋敷。アセビがアイリスを殺すのは明日のはずではなかったのか。


「姿を見せろ。暗殺者よ」


 モンクシュットが門の向こうに呼びかける。当然俺には何が見えているのか、何を感じているのかはさっぱりわからないが、モンクシュットがそこに何かを感じているというのが何よりの証拠だ。


 モンクシュットが何かを感じて急に後ろを振り向く。そこに立っていたのは。


「王国騎士にはかなわないね」


 目のクマ、猫背、覇気のない喋り方。そして、手に握られたナイフ。俺を2度殺した男を誰でもない、俺自身が間違えるはずが無い。


「アセビ......!」


アセビと、4度目の望まぬエンカウントを果たした。

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