第一章5話 『イケメンと泣き虫』

一人、王都を彷徨い30分。目的地にはまだ着かない。第一、目的地とは言っているもののそれがどこにあるのかもわからない。ただ、前回のアイリスは俺に騎士団詰所に案内すると言ったのだから王都のどこかにあるのは確定だ。人は多いし、変な目で見てくるし、暑いしで文句を垂れればキリがない。こんな時にもうやめたいと考えてしまうのは俺の悪い癖だ。しかし、今回の俺は違う。諦めてやるわけにはいけない理由がある。あの時の屋敷で惨殺された二人の使用人と、アイリス。本来であれば俺とは無関係な人のはずの3人だ。このまま見捨てて、寮のある職場に就職してしまえば俺はもう少し平穏な生活ができる。勝算がほとんどないこの勝負に挑むのはどう考えても得策ではないのだ。だが、


「受けた恩を返さないってのは日本男児じゃねえよなぁ」


俺にとってあの時差し出された手は、周りの人たちや差し出した張本人でもあるアイリスが考えるよりも大きな意味を持っている。なんの予告も無しに異世界に飛ばされて、俺の不注意で獣車に轢かれて、死んで、訳も分からず生き返らされて残機だなんだと言われて。一度死んだという事実が全くの見込めず、混乱していた俺にとって、アイリスはこの異世界での心の拠り所のようなものだった。それに、このままアイリスのことを見捨ててしまうのは何とも夢見が悪いのだ。


それでも、歩き続けるナズナの足取りは決して軽くは無い。この異世界に来てから既に3度死んでいるのだから当然と言えば当然のことだ。体は死んでから元に戻っているかもしれないが、心は摩耗し続けている。自分の死にざま、周りの人の惨状。自分を含めた色々な人の運命を非力な腕に抱え込んで歩き続ける。歩き続けた先、王城が目と鼻の先にまで近づいたところ。ナズナは鎧を着た人の出入りが激しい建物を見つけた。


「あった!」


思わず零れる小さな歓喜の声。目的地、騎士団詰所。前回のアイリスの発言から得た最後の希望。俺よりも言うことに説得力があり、アセビと交戦することになっても負けない人物の心当たりはこの場所しかない。王都内を巡回する様子から、この国においての王国騎士という役職がどれほど信頼される役職なのかを物語っており、日本におけるどのような作品においても騎士というものは強い魔法や圧倒的な剣術などで他の一般人とは一線を画す実力があると描写されることも多い。この2つのことに当てはまるような人物が都合よくこの中にいるのかどうか定かではないし、仮にそのような人物が居たとしても突拍子もない俺の話をどこまで信じてもらえるかが問題になる。


「ええい、ごちゃごちゃ考えててもしかたねえ」


正面に構える扉をノックして、恐る恐る開く。そこには三人の鎧を纏った人が座っていて、そのうち2人は国民らしき人と話しており、その様子はさながら市役所のようだった。そのカウンターの向こうには他の騎士が何人もいる。真面目に仕事をしている者もいれば笑いながら談笑している者もいる。そんな中、カウンターの席に座る一人の騎士が立ち上がった。


「こちらへ」


そう言って俺を椅子に案内する濃紺色の髪の毛に柑子色の瞳を持つイケメン。その騎士は鎧を着ておらず、ゲームでいう騎士服のようなものその目は真っすぐで、背筋も真っすぐ。身長は俺よりも高く、鎧の下は筋肉質なのだろうというのが分かるほどに腕は引き締まっている。素人目にもなんとなく、風格があるように思える。間違いなく、強い。


「本日はどのようなご用件で」


優しい声色に完璧なスマイル。これが王国騎士。俺は、その仕草にに少し圧倒される。


「貴族街で怪しい人物を見たんです!」


ダメ元の勝負。この話がここで信じてもらえなければ、俺一人でアセビを撃退する方法を考えるしかない。それはほぼ不可能。なのだが、


「そのような人物は報告に上がっていませんが」


そう言って手元の書類をパラパラとめくるイケメン騎士。声色こそ変わっていないものの、その様子からは俺の話を真剣に聞く気は無いように見える。やはり、こんな話は信じて貰えないのか。それでもこちらも諦めるわけにはいかない。俺一人でアセビに勝てる確率はほぼないのでここで協力を得るしかない。


「本当なんだよ、信じてくれ!背が高くて猫背で目元にクマがあるやつが......」


そこまで言って、俺は騎士の顔を見る。先ほどまで書類にやっていた目がジッと俺の方を見据えており、澄んだ瞳を見つめると、吸い込まれてしまいそうな感覚すら感じる。その目に気圧されてしまったナズナは、言葉がうまく出せない。傍から見たら世迷言を口にして、見つめられたら口ごもる。その様子はまるでカンニングを疑われた生徒のようだ。とてもではないが自分の主張が正しいんだと証明するための気迫が足りていない。


冷や汗をかき、言葉を詰まらせるナズナをじっと見つめる騎士。二人の間に沈黙が流れる。そんな二人の様子を、先ほどまでは他の民間人の案内や、ほかの騎士との談笑に興じていた何人もの他の騎士たちたちがその視線を一転に集める。流れる沈黙の所為で一秒が永遠にも感じられるほどだ。


「わかった。その話、信じよう」


沈黙を破ったのは騎士の方。あろうことかナズナの話を信じると言った。


「え、今、信じるって」


「ああ、言ったよ。君の話すことを信じるよ。嘘をついているかどうかは目を見ればわかるからね」


先ほどまでと変わらぬ優しい声色でそういった騎士からは先ほどまでの威圧するような気迫は無く、柔らかく親しみやすい印象を感じる。協力者を得るための大前提である、俺の話を信じて貰うという関門はクリアした。その結果にナズナ自身が一番驚いている。目を丸くして、口を半開きにしたままで、必死に嬉しい事実を飲み込む。いつの間にか詰所内に流れていた沈黙は破れ、俺達2人の間に流れた変な空気を残したまま、ほかの騎士たちは皆それぞれの仕事に戻っていた。


「本当に、信じて......」


溢れ出そうな涙を必死に堪えて、言葉を絞り出す。アイリスを助けるための光明が見えた。次は協力を得るための交渉に入る。


「じゃあ、俺から一つ頼みがある」


「ああ、何でも言ってくれ」


ナズナは一息いれて心を落ち着け、今の今までもずっと冷静でしたよと言わんばかりの自信満々の顔で口を開く。間違いなくここが一世一代の大勝負。ナズナの言葉にも多少なりとも力は入る。


「俺と一緒に来てくれないか」




よく晴れた真昼間。ナズナは1人、空を見上げる。思えば、異世界に来てから今に至るまで、ゆっくりと空を見上げることなんてなかった。騎士団の詰所の前で、雲一つない雄大な空を見上げるナズナの目には先ほどは堪えられていたはずの涙が浮かんでいる。放心状態で空を見上げる男というのは例え異世界ではなくても奇怪な光景だろう。そして、


「お待たせ」


手を振って笑顔で詰所から出てくるイケメン騎士。まさに異様な組合せだ。


「少し待たせすぎたかもしれないな。涙を拭くためのハンカチはいるかい?」


「い、いらねえ」


ナズナは恥ずかしさで顔を商業街に売られているリンゴのように真っ赤にしながら、ジャージの袖で涙を拭く。まだ、何も解決していないのに。それはナズナ自身もよくわかっている。それでもなお、溢れる涙は留まるところを知らない。


「悪い、ちょっと、待ってほしい」


鼻水をすする音と嗚咽が入り交じりる声でそういうナズナの背中を微笑んで、そっとさすってくれる優しさにさらに涙が溢れる。




「もう大丈夫」


イケメンに背中をさすられ続けて、約10分ほど泣いた。女子だったら絶対にこのイケメンに恋していたと思う。やはりイケメンは性格までイケメンだ。


「じゃあ、落ち着いたところで、自己紹介でもしようか」


イケメン騎士は着ている騎士服をピシッと正して、背筋を伸ばし、コホンと咳ばらいをする。


「僕の名前はモンクシュット。家名はプロドーティス。君の名前も教えてもらおう」


こちらも自己紹介を求められて、先程のモンクシュットに倣い、俺もジャージの襟を正す。


「俺はイチノセナズナ。気軽にナズナって呼んでくれ。頼りにしてるぞ、モンクシュット」


「ああ、こちらこそ。よろしくナズナ」


2人はがっちりと握手をして、これからの共闘を誓う。強く握るモンクシュットの手はマメが潰れた跡も多く残る頼り甲斐のある手だった。俺も手にマメが潰れた跡は残っているが、モンクシュットは俺なんかとは比にならない。恐らく騎士になるために相当な努力をしてきたのだろう。ナズナは信頼と尊敬の意を込めてモンクシュットの手を強く握り返す。


「それにしても、今更だけどよかったのか?」


握手を解いて、ほんの少し残る疑問をぶつける。


「ん?なにがだい?」


「他の仕事とか、あるんじゃないかと思ってさ」


先ほど騎士団詰所内で見た騎士の大半は、日本のサラリーマンと同じく、書類の確認などのデスクワークに追われているように見えた。恐らくモンクシュットにも騎士としての仕事が残っているのではないか。


「ああ、それなら大丈夫。5日間は休暇届けを出してきたから。そのことで副団長にも少し怒られてしまったけどね。だから、ナズナと一緒に行動するのは仕事じゃないから心配しないでくれ。何より、書類作業なんかよりよっぽど楽しそうだったからね」


「お、おう、そうか」


俺の無茶なお願いのためにわざわざ上司に怒られて、本来あったはずの仕事を放棄してくれたのだ。モンクシュットの爽やか笑顔に当てられて、俺の中の謝意が増す。本当に申し訳ないことをしてしまったと、ナズナは心の中でモンクシュットに土下座をして詫びる。


「そんな顔しないでくれよ。僕もやりたくてやってることだから」


そう言って貴族街の方へと歩き出すモンクシュットの背中に置いて行かれないようにナズナも歩みを進めた。


ナズナの人生史上一番の戦いが幕を開けた。


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