第一章4話 『事情は言えない』

またもや王都大通り。俺は確実な殺意をもって殺された。喉を切られて死んだ。現状確認のために念のため、首を確認する。首に触れた指から伝わるヌメっとした感覚。一瞬血の気が引く。しかし、よくよく見れば、手に着いたのは赤ではなく、透明。血ではなく汗だ。そのことに少しホッとする。しかし、事態は何も好転などしていない。それどころか絶望的な状況だ。このままでは明後日、アイリスは殺される。アセビと戦闘するのは得策ではない。やるなら不意打ち、騙し討ち、精々その程度。俺一人では何もできない。なにせアイリスが命を狙われているということをアイリス自身も知らない。知っているのは俺だけ。この状況を変えられるのも俺だけ。前回はこの大通りで蹲ったところにアイリスが現れたから、今日は確実にアイリスは大通りにいる。これが分かっているのは不幸中の幸いだ。王都の大通り、人が多く探すのは困難だ。それでも、見つける。もう、アイリスは死なせない。人込みをかき分けて俺はアイリスを探した。ぶつかって、転んで、睨まれて、その度に謝って。そうした先に、金色になびく髪の毛を見た。


「あれって......!」


俺はすぐに走った。不思議と人にはぶつからず、商業街手前で追いつけた。


「アイリス!」


俺は彼女の腕をつかんでいた。驚いた顔で振り向く彼女の目は綺麗な翆眼。その姿は紛れもなく、あの時に俺のことを助けた少女。


「あ、はい!私、アイリスですけど......どうして私の名前を?あなたは、どちら様?」


ひどく困惑した表情を浮かべるアイリス。無理はない。前回の出来事は俺のみに残った記憶であり、俺以外の人の中には残っているはずのないもの。残っている方が異常なのだから。だがこの際、俺のことなんてどうでもいい。伝える必要なんてこれっぽっちもない。


「君は、明後日死ぬ!猫背で、覇気がなくて、目元にクマのある身長175センチぐらいの男に」


「え、ちょっと......」


静止するアイリスの声をかき消して俺は捲くし立てる。


「自分の屋敷で、首を刺されて、使用人の二人も一緒に」


「待って!」


アイリスが大声を放つ。俺はハッとして言葉を止める。周りの人は歩みを止めてこの光景に見入っている。


「大丈夫ですか?顔、怖いですよ」


「ぇっ」


ナズナの顔は強張り、引きつったような顔。焦りからだろう。


「もしよろしければ騎士団詰所に案内しましょうか?」


これっぽっちも信じてはもらえていない。あの時見た光景は全部が現実で、俺の目にはみんなの無惨な姿が今も鮮明に思い返されるのに、明後日アイリスはアセビに殺されるというのは恐らく「確定した未来」だというのに。なぜ、信じてもらえない。


「いや、大丈夫。今言ったこと、気を付けて」


「あ、はい」


終始困惑した表情のアイリスに背を向けて商業街を歩く。その俺の目の端に一人の人間が飛び込む。


「ア、セビ」


裏路地に向かって歩を進める男。間違いない。たった今、アセビとの一日早い邂逅を迎えた。前回と同様なのであれば、アセビと出会うのは明日。おそらくアセビがアイリスを殺す算段を付けたのも明日。であればなぜ今日、出会うはずのないアセビがここにいる。本来であれば明日、アイリスを殺す予定だったのだろう。そのはずだったが、前回は俺というアイリス殺害のための不確定要素が絡んだことで殺害を一日遅らせて、俺を見定めてから実行したのだろう。俺が屋敷にいない今、アセビは確実に明日、アイリスを殺す。俺がアイリスに忠告した日は明後日。そうなる前にアセビを止めねばならない。尾行なんて一度たりともやったことはないが、アセビの作戦を崩し、アセビを拘束するため、アセビを追って薄暗い裏路地に向かった。


裏路地は人気が無く、対象であるアセビの姿がしっかりと見える。裏路地を進み、再び商業街に出て、また裏路地。日が傾き始めてもアセビは同じところをぐるぐるとしている。また財布でも無くしたのだろうか。そう思っているとアセビの行動に変化が現れた。今まで同じところをさまよっていたが、明確に別の方向へと進み始めた。商業街を大通りとは逆方向に進み、今度は別の裏路地へと進む。日も落ち、足元も見えづらい道をひたすらに歩き、アセビが角を曲がる。それと同じように俺も角を曲がると、そこは大きく開けた場所。ボロボロの家やテントがぽつりぽつりと見える場所。アセビの姿はない。


「あんた、何の真似っすか」


その声が聞こえた瞬間、後ろから肩を叩かれ、慌てて振り返ろうとするも片膝を着く。嵌められた。アセビの姿が無い時点で後ろを警戒すべきだった。アセビに触れられるのだけは避けるべきだった。不意打ちでもなんでも、もっと早く仕掛けるべきだった。何もかも、俺は甘かった。


「尾行、下手なんすよ。あんなに敵意を向けられてたら馬鹿でも気づきますって」


俺を見下ろすその目は、あの時と同じ。冷酷なその目に睨まれて身がすくみ、言葉を失う。


「喋れなくなるほどは弱らせてないんすけど」


「いつから尾行に気付いた」


「最初からっす」


俺一人でどうこうできる問題では、とうになかったのだ。俺の言葉を信じるものはおらず、尾行も戦闘も全くダメ。


「あんたは、関係者っすか」


妙に引っかかるその言葉。前回は、「首を突っ込んじゃいけないこと」といい、今回は関係者。アイリスを殺すことがこの「首を突っ込んじゃいけないこと」に無関係だとは考えづらい。


「なんで、アイリスを、殺す」


ナズナの言葉は途切れ途切れになる。この世界の常識としての喋れないほど弱るのと、ナズナの身体的に喋れなくなるほど弱るのは違う。ナズナは今も唇を嚙みながら遠のく意識をこの場に磔にしている。


「それは言えないっす。秘匿情報って奴っすよ」


「ク、ソ」


「言い残すことはあるっすか」


「こん、な開けた場、所で、殺、してい、いの、かよ」


限界が近づくナズナの声に、アセビは薄い笑いを浮かべる。


「ここは貧民街。刃傷沙汰も頻繁に起こる場所っすよ。死体が一つ転がってても変わらないんすよ。しかも、その中でも特にここは人がいない。だからここに誘い込んだんすから」


完敗だった。アセビは貧民街に誘い込む以前から、日が傾くのを待ってここまで来るのを気付きづらい状況を作りこんでいた。俺が勝てた要素は一つもなかったのだ。


「じゃあ、さよなら」


後ろから顎をあげられて、喉が露わになる。その首をナイフで一刺し。零れ落ちる命は倒れるナズナを中心に広がる。


「計画に変更は無しっすね」


最後に残った聴覚が俺の仮説の正しさを裏付ける。


『残機、あと2です』


こうして俺はまた死んだ。


四度目の王都大通り。アイリスに忠告は聞いてもらえず、アセビには戦闘面も地理面も何もかも劣っている。アイリスに忠告するには俺よりも説得力のある人物が必要で、戦闘面も俺の代わりに戦える人が欲しい。見ず知らずの怪しい俺の言うことを信じてもらえるという前提は必要だが、この二つの条件をクリアしてそうな人物が居そうなところには一つ心当たりがある。


次こそは勝利の美酒を味わうため、俺は4度目の王都を歩き出した。

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