第一章3話 『難易度HARD』

異世界での初日が終わり、夜が明けた。俺はアイリスの住むお屋敷の客間で目を覚ます。アイリスの親切心から、しばらくはこの客間を自由に使う許可が下りた。一応は客人という扱いになっているため、食事や洗濯など身の回りのことは全部、このお屋敷で雇われている使用人の人が行ってくれるらしい。あまり大きいお屋敷ではないとは言っても、使用人は2人しかいないらしい。しかもどちらも女性だ。一応アイリスが住んでいるということで女性のみにしてあるのだろう。そんな使用人二人はただでさえ各部屋の掃除などで大変だろうに、俺の身の回りの世話までやってもらうというのは些か気が引ける。しかし、下手なことをしても周りの人を困らせるだけだと思うので、アイリスの言っていたお父様が来るまではお世話になっていようと思う。しかし、冷静になって考えてみると、何もかもわからないことだらけだ。そうやって布団の上で思慮を巡らせていると、部屋の扉がノックされる。


「お客様、お目覚めでしょうか。朝ごはんの用意ができました」


使用人の人が俺の起床確認と朝食のお知らせに来てくれた。


「ありがとうございます。あの、お手伝いできることって何かありますか?」


「い、いえ。アイリス様のお客様に雑用など」


そう言う使用人さんを押し切り、ナイフとフォークの準備を手伝う。働かざる者食うべからずとも言うし、少しくらいは俺も雑用をしないといけない。何より、こんなすごいお屋敷に無償で滞在するなど何かバチが当たりそうで怖い。テーブルに着くと朝食が運ばれてくる。パンにスープ。そして何かの肉。ベーコンのように焼かれている。手を合わせて食べ始める。味は日本でもよく食べていたものにそっくりだった。


こうして朝食を食べ終わり、再び手を合わせる。その様子を不思議そうに見ている女子3人。少し恥ずかしい。俺が合掌を解くと、向かいにいたアイリスが声をかけてくる。


「この後、外に出る準備して、門の前に来て。私が王都を案内してあげる!」




外に出る支度とは言われたものの、ジャージ以外に着るものはないのでそのまま門の外に行く。貴族のお嬢様と二人きりで護衛もつけずに外出するのだ、危険があってはならないと思い、竹刀をもっていこうともしたが、むき出しで持っていくには邪魔になるし、ケースに入れて持ち歩いてあらぬ誤解をかけられても面倒なのでおいていくことにした。そのため、準備という準備は全くなかった。俺が門の外に出てからすぐにアイリスも出てきた。こうして、俺とアイリスの王都デートが急遽始まった。


貴族街を出て最初に向かうのは、俺が昨日拾われた王都の大通り。オオカミが馬車の籠を牽いている、雪国のソリのような乗り物が走っている。普通に馬のような動物が牽いている馬車もあった。大きなトカゲ、恐竜のような動物が籠を牽いていたりもするらしい。転生初日も思ったが、この国には様々な種族がいて、今も大賑わいしている。昨日と同じように騎士や衛兵のような見た目の人もうろついていて、警戒もばっちりのように見える。


「結構賑わってるけど、何かイベントがあったりする?」


「いい意味で賑わってるってよりも、王様のことが沢山話題に上がってるんだと思うよ」


「王様?」


王様と言えば国のトップだ。日本でも天皇様や内閣総理大臣のことが話の話題に上がることが多々あるが、庶民の中で話題に上がるとすれば、いい意味でよりも悪い意味でのことが多い。


「王様に何かあったの?」


「うん。一週間前から病気にかかってて、国の政治は全部、議会に任せっきりだとか......あくまで噂程度のことだけどね。だから今のアルヴィアは少し不安定なんだよね」


アルヴィア?聞いたことのない単語が出てきた。


「アルヴィアってこの国の名前?」


「うん、そう。ここはアルヴィア王国。この都市はアルヴィア王国で一番栄えてる都市なんだよ」


「一番栄えた都市にしても、交通量多すぎじゃない?」


「確かに、そうかも」


先ほどから頻繁に見る異世界の車。それは大通りの道路のようなところを絶え間なく走っており、その多くはここからでもよく見えるお城や、貴族街の方に行っている。あくまで噂程度のことだとアイリスは言っていたが、これもやはり国自体が不安定な証拠なのだろうか。だとすれば、王様の容体が市井に知れ渡るのも時間の問題だろう。譲位するとなれば、次の王様はどのように決まるのだろうか。やはり選挙をするのだろうか。


「ちなみにいっぱい走ってる車ってなんて名前?馬が引いてるのが馬車ってのだけわかるんだけど」


「あれは全部まとめて獣車っていうの」


細かく馬車などに分けず、一括りに獣車と呼んでしまうらしい。しかし、その中でも馬車は騎士や貴族などの地位が高い人たちが乗るもので、オオカミのようなものが牽いているものは本来は荷物を運ぶものらしく、商人や傭兵などが使うことが多いらしい。雪道山道なんでもござれの遠征用に重宝されるらしい。遠出するときは貴族も使ったりするようだ。そして竜車は王族が使う物。この国で竜種は神の使いとして崇められる存在らしい。


「大通りは大体見て回ったから、次は商業街に行きましょう」


込み合った大通りを抜けて、商売人の客引きの声が響き渡る商業街へと足を踏み入れた。


商業街にはいろいろな店が並んでおり、野菜や果物が売っている八百屋のような店や、アクセサリーなどが売っている店が並んでいる。その活気に俺は少し寂しい気持ちになる。


「これは、部活動を思い出すな」


転生する直前まで、中高運動部だった俺には、この活気が部活動を思い出してしまって少し悲しくなる。


「しかし、いろんな店が並んで......」


キョロキョロと目移りしながら歩いていると、


「ナズナ、前!」


アイリスの声に俺は慌てて前を向く。しかし、時すでに遅し。俺は人と正面からぶつかって、お互いに尻もちをついてしまう。


「すいません。お怪我はありませんか?」


慌てて立ち、ぶつかってしまった男性に向けて手を差し出す。男性はありがとうと言いながら俺の手を取り立ち上がる。少し猫背気味で、クマがあって覇気がないという印象の青年だった。


「僕は大丈夫です。財布を無くして前を見ていなあかったのは僕の方なので」


「よければ財布、探しますよ。お詫びも兼ねて」


青年は少し驚いた顔を浮かべる。変なことを言ったつもりはないのだが、隣のアイリスはもうすでに人助けをする気でいるので撤回はできない。もとより、撤回する気は毛頭ない。俺ら三人は手分けをして財布を探すことにした。




ほどなくして、財布は見つかった。果物屋の前に落ちていたものを、店主のおじさんが拾っていたのをアイリスが聞きつけて無事に戻ってきた。中身も取られていないことからこの国の治安はそこそこいいのではないかと思う。


「ありがとうございました。あの、お礼はどうすれば......」


「俺は別にいいよ。アイリスは?」


「私も別に。お礼が欲しくて人助けなんてしてないから」


去り際、青年はこちらに深々と頭を下げているのが人込みの隙間から見えた。礼儀正しい青年だ。機会があればまた会ってみたいものだ。


こうして、俺とアイリスの王都デートは終了した。




翌日、俺は暗くなる前に帰ってくることと、危ないことに巻き込まれないことを条件に少しだけアイリスにお金を(半ば無理やり)貰い、一人で外出することを許可された。俺はさっそく商業街へと向かった。恩人からお金を貰って、自分のために使うなんてことをするほど人間的に落ちぶれてないとは思っている。アイリスと、使用人の二人にプレゼントの一つでも買って帰ろうと思う。


「今日も賑やかだなぁ」


間抜けな呟きが零れるほど、連日大賑わいの大通りを抜けて商業街に入る。アクセサリーショップもいろいろな店がある。生まれてこの方自分のアクセサリーすらも気にしたことのない男だ。どんなものをあげれば喜ぶのか、全くもってわからないためいろいろな店を回ってみることにした。センスが無いなりにも悩んで選んで、銀色の髪留めを3人にプレゼントすることにした。その後も商業街を歩き回りリンゴやナシを買ってお屋敷に帰ることにした。




屋敷に着くと、少し入口のドアが開いていた。俺がいなければ女の子だけのお屋敷だ。変な奴が入ってきてしまうかもしれない。


「アイリス、ドア空いてるぞ!」


注意を口にしながら入るが、誰からも返事がない。とりあえず大きな荷物を置こうと食堂に向かう。


「な、なんで......」


そこには、このお屋敷に勤めている使用人二人の死体があった。辺りは血塗れで、二人とも首に刺された跡があった。確実に刺殺されたものだ。


「誰が、こんなことを......そうだ、アイリス!」


眩暈を押し殺して、アイリスを探す。よく考えてみればアイリスの私室がどこにあるのか知らない。10以上の部屋を、アイリスの名前を呼びながら開け続ける。


「アイリス!」


ようやく見つけたが、そこに広がっているのは惨劇。血だまりの中央に横たわる少女。アイリスだ。急いで駆け寄るもすでに息は無く、体は冷えていた。使用人二人と同じように首に刺し傷。こんなことをしたのは一体誰だ。


「まだ居たんだ」


背後から声がした。このお屋敷に入った時から気配は全く感じなかった。この声の主がこんなことを。俺は恐る恐る振り返った。


「お、お前は」


「昨日の人じゃん」


気だるそうに喋る猫背の青年。昨日、俺が衝突してしまい、無くした財布を一緒に探したあの青年だ。昨日と違う点は右手にナイフを持っていることだ。


「なんで、こんなことを」


言葉が詰まる。礼儀正しい青年で、俺も再開を望んでいなかったわけじゃない。しかし、こんな形で再開するなんてことは想像もしていなかった。


「別に、雇い主の命令なんで」


表情を一切変えず、淡々と答える青年。その表情に恐怖を覚える。


「あなたもいい人なんで、本当は殺したくないんすけどね」


「俺も、殺すのか」


「はい」


この間も一切感情が読み取れない。


「クソがぁぁぁ!」


抵抗しなければ殺される。俺は咄嗟に青年に殴りかかる。


「やめときましょうよ」


左手を伸ばす青年。青年の左手に触れられた瞬間、体から力が抜けて、膝から崩れ落ち、座り込む。魔法かなにかの効果なのだろうか。膝をついている俺の目線に合わせるように青年もしゃがむ。


「最後になんか言っときたいことありますか」


「お前の、名前、は」


睨む目にも、口にも力が入りきらない。


「アセビ。これで満足っすか」


言い返そうにも気力が涌かない。


「あなたも善人なんで殺したくはないんすよ、俺も」


右手に持ったナイフを捨てて懐から新しいナイフを取り出す。


「あなたも、俺も、運が悪かったんすよ。関わっちゃいけない問題に首突っ込んじまったんすよ」


「ゆ、るさ、な、い」


絞るように発した言葉は呼吸ですらかき消されるほどに小さい。


「許さなくてもいいっすよ。俺も、望んでない。じゃあ、さよなら」


右手を左から右へ、スッと滑らす。血が噴き出すのが見える。呼吸はできず、意識も遠のく。遠のく意識の中、俺を見下ろすアセビの頬に涙が伝っているように見えたのが気のせいではないと信じたい。


意識は途切れ、俺の頭に機械音声が流れる。


『残機、あと3です』

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