第一章1話 『始まりは終わりとともにやってくる』
目を開けると、そこには見たこともないような景色が広がっていた。耳と髪が長い、おそらく人間ではないが、とても美しい女性や、帯刀していて鎧をその身にまとったやたらとガタイのいい男の人。犬のような見た目に、服と帽子をかぶって、何やら人の言葉を話している者に至っては人間と呼べる要素は2足歩行で言葉をしゃべるところだけだ。髪の毛だって赤、青、黄色。茶色はなじみがあるものの、みんな個性的だ。
「ここは、どこ.....?」
記憶喪失のテンプレみたいなセリフを口からこぼす。隅から隅まで、我らが母星、地球にはない光景が広がっていた。その光景に、少年は言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くしていた。
「負けた」
大きな路地を、高校指定の真っ黒なジャージをきて、竹刀を肩にかけて歩く一人の少年がため息交じりにそんな言葉をこぼす。今日俺は、試合に負けた。インターハイの予選という大きな大会だった。団体戦のない俺にとって、個人戦でどれほどいい結果を残せるかがとても重要なものだった。家族にも、友人にも大見えをきって挑んだ大会だったのだが、気持ちいいほど、きれいに負けた。初戦敗退だ。これにて俺は部活動を引退。2年半、高校入学とともに始めた剣道ともお別れ。一ノ瀬薺の剣道人生は幕を下ろした。では、そんな負け犬がなぜこんな道を歩いているのか、それは簡単なことで、いたたまれなくなったからに他ならない。個人、団体ともに他のメンバーはみな、それなりに勝ち進んでいった人が多く、初戦敗退などという情けない結果を残したのは俺一人だけだった。はじめは他のメンバーの試合を応援していたし、勝ち上がれば喜んでいた。しかし、みんなが勝ち上がる中、初戦で敗退した俺。どんどんといたたまれない気持ちになっていった。結局のところ、俺は仲間が欲しかったのだろう。俺一人だけじゃない。お前も一緒だと、傷を舐め合える仲間が欲しかったのだろう。しかし、そんな俺の心境はつゆ知らず、みんな初戦を勝って行った。傷口に塩を塗り込まれたような気分だった。考えてもみれば、たかだか2年半の経験だけで、剣道歴5年ほどのものたちを相手どろうなんて考えが甘かったのだ。ここまで長々と自分語りをしたが、結局のところは勝ち上がっていくみんなの輪の中に居場所がなくなり、そこから逃げるように竹刀だけをもって飛び出した、負け犬の中の負け犬なのだ。スーパーの前、ビルの工事現場、コンビニの前。牛丼屋。俺の足はどんどんと試合会場から遠のいていった。
こうして飛び出したはいいものの、真っ暗なオーラをその身に纏い、涙を流して鼻水をすする少年を誰かが心配してかまってくれるなんてことは別にあるはずもなく、ヒソヒソと喋りながらきれいに横をすり抜けていく。別にかまって欲しかったわけではないが、そこまでされるとこちらも傷つく。当てがあって飛び出したわけでもないので、戻ろうかとも考えたが、変な意地と、顧問に怒られる恐怖で戻ろうにも戻れない。そんなわけで、会場を飛び出してから1時間が経とうとしている。そろそろ意固地になるのもやめて帰ろう。俺はぴたりと止まって別に俺が負けたことを笑う奴なんていないんだ。剣道に限らずとも、スポーツマンシップを持った奴らはみんな敗者を笑うようなことはしない。この騒動、騒動になったのかすら定かではないが、全部俺が悪い。くるりと体を翻し、体育館へと歩みを進めた。
牛丼屋、コンビニの前と元通った道を戻っていると、俺を探しに来た我らが剣道部のキャプテンと会った。
「探したよ、薺」
全く怒気を含んでいないその声に安心した。少なくとも、一人は俺のことを怒っていないのだと、そう思えたからだ。それだけで、拭いたはずの涙が出てくる。
「何泣いてるんだよ。心配したんだからな」
笑いながら俺の方に駆け寄り、背中をさすってくれるキャプテンの手が、とても暖かく感じられ、さらに涙があふれてきてしまう。「行くぞ」と俺を小突いて、先に歩き出す背中を俺は慌てて追いかけた。
体育館までの道のりで、話していると、どうやら試合が直後に控えている部員以外、総動員で俺のことを探してくれていたらしい。なんて優しい部活なんだと心から思わされると同時にとてつもなく申し訳なくなった。帰ったら土下座をしよう。俺の頭を下げることで許されるのならば、いくらでも下げよう。そう、心に誓った。
ようやく工事中のビルが見えてきた。そろそろ体育館が近い。緊張してきた。試合前とは別種の緊張だ。だが、謝罪はせねばならない。そう思っていた矢先、ガラガラと変な音がして、2人して上を見上げる。
ものが落ちてきていた。足場なのか鉄骨なのかはわからないが、確実に、俺たちの真上に落ちてきていた。とっさに俺は、キャプテンを突き飛ばした。
『次こそは』
頭の中に不思議な声が流れてくる。
「走馬灯が、今朝の変な声かよ」
こうして俺の意識は失われた。
こうして俺は死んだはずだった。しかし、俺は目を覚ました。それだけでなく、周りをいくら確認しても、俺と同じような地球人はいない。見たこともないような種族がごった返す、紛れもない異世界のような場所で目を覚ました。装備品は学校指定の真っ黒なジャージに、竹刀。殺傷能力はほとんどない。所持品所持金に至っては0。体育館に荷物を置いて出ていったのが大きな間違いだった。そもそも、お金を持っていたところで、おそらく日本の円とは違う通貨を使われているはずだ。変な力が湧いている実感はない。お金もない。力もない。RPGの初期状態の方がまだましとも思えるこの状態に加え、周りの視線が痛い。これだけの人型の生き物がいるのだから、突然現れたとしても気付く人は少ないとは思うが、おそらくこの世界の価値観からしてみればおかしい服装や頭髪が原因だろう。
とりあえず周囲の確認をせねば、と2歩3歩足を前に出してみる。これが俺の異世界デビュー。
「兄ちゃん危ねぇ!」
どこからか叫び声が聞こえる。次の瞬間、俺は何かに撥ねられて意識を失った。否、死んだ。
『残機、あと4です』
音声案内のような機械的な音声が聞こえる。そして......
「ここ、は?」
先ほどと全く同じ場所。俺はもう一度目を覚ました。
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