入学式前日 7

「そういえばだけど、アリスちゃんて銃詳しいんだ?」


 龍と林が部屋を出ていくとアリスに対しての自己紹介は終了し、さすがに疲れたアリスは飲み物を飲みながら休憩していた。


 そこに三穂が話しかけてくる。


「うーん……、銃を撃った記憶とかは無いんですけど、構造とか撃ち方とかは体が覚えてるんですよね」

「ふーん、ちょっと構えてみてよ」

「え?」

「弾は無いから空の弾倉入れてさ、もちろん人のいないところに向けないとだめだよ?」

「は、はい」


 銃を手に取る。


 弾は入ってないと言ってはいたが、癖なのか念のためにスライドを引き、チャンバーを確認する。


 そしてマガジンを挿入するとそのままスライドストップを下ろしスライドを戻した。


「ほう…中々に手際が良いな」

「まあ旧日本にもBB弾を使った本物と同じ動きするガスガンとかあるから知識だけだったあるのかも。それでもまあ本物と比べたら重さも撃った時の反動は全然違うからねー!それは慣れるしかないかな!」


 二人の言葉は話半分で通過していく。


 部屋の誰もいない空間に視線を向けるとちょうど小さな机の上に花瓶が置いてある。


 そこに銃口を向けた。


「……」


 トリガーにまだ指はかけずに右手でグリップ部を握る、空いている左手でグリップを握っている右手を包み込む、主にトリガーにではなくトリガーガードより下にあるグリップを握っている三本の指に対してである。


 もちろん前世の記憶はないはずだ、だが映画による記憶の知識かそれとも体が覚えているのかは謎だが自然と銃を構えてしまう。


 後は撃つだけ、その時になって初めてトリガーに指をかける。


 グロックは普通の銃とは違いセーフティー…つまり安全装置が存在しない、替わりにトリガーセーフティーと呼ばれるものが存在する。要は撃つときにトリガーセーフティーを解除しつつトリガーを引かなければ打てない仕組みである。


 最終的に打つときだけ両腕を一杯に伸ばし、少し内側に回転させるように力をかける、これである程度は反動に対して制御できる。


 トリガーを引くときも引くというよりは指を握りこむようにすると撃つときに銃口がぶれずに精密射撃ができるらしい。そして…


 トリガーを引いた。


 カチン。


 チャンバーに弾は入っていないので撃鉄が落ちる音だけで弾頭は出ない。


「へー、本物ってこんな感じなんですね、でも初めてな感じがしないのは撃ったことあんのかな?…ってあれ?」


 さっきまで丁寧に教えていた三穂さや三笠さがアリスに対して驚いた表情を向けていた。


「えーと…」

「何腑抜けた顔になってるんだ?」


 振り向くと師匠が戻ってきていた。


「あ、ああ龍か、見送りは済んだようだな。何か話したのか?」

「ん?ああ…いや何も」

「そうか」


 そのまま龍はテラスの方に向かって歩いていった。


「どこへ行くんだ?」

「ん?一服」


 衣笠さんも何故か神妙な表情でその後をついていった。


「男二人……人気のないテラス……何も起きないはずもなく……かなあ?」


(おっと三穂さんはそっちもありですかい?私も少しならいけるで!多分!)


「ちょっとついて行ってみようか!」

「え?ちょっ!」


 三穂はアリスの手を掴むとテラスへ引っ張っていった。



「お?やってるねー!…まあやってると言っても煙草吸ってるだけだねー」


 アリスと三穂はテラスの入り口で二人の男が静かに煙を吐いている光景を見ていた。


(……はたから見たらこっちが変態じゃね?)


 それよりアリスは三穂に聞きたいことがあった。


 本来なら龍に聞くのが普通だが、聞きたい事柄が事柄で聞いても言葉が分からないだろうと考え三穂に聞きたいのだ。


「…三穂さん」

「ん?なんだろ?」

「この世界に来て聞いてみたかったことがあるんです。師匠に聞いても概念的にも分からないと思うので」

「ふーん、一応龍さん400年生きてるしこの世界のことで分からないことは無いと思うけどなあ」

「…この世界ってレベルって概念あるんですか?」

「……」


 三穂は黙ってしまった。


 答えられない質問……というよりいい質問だと捉えられたのだろう。


「アリスちゃんはどう思う?」

「どうってうーん」


 レベルって概念はまんまゲームやパソコン関係の用語だ、しかしこの世界にパソコンなんてものはない。


 つまりレベルという言葉自体はあるだろうが龍がその言葉の意味や使い方を知っているということはないだろう。


 それにたった数日だが、今までの龍の言動から新しい情報は耳には入れるだろうけど意味を理解しようとしないという人間であるとアリスは感じた。


 それにアリスはこの世界に来て数日、色んな識人と出会ったが誰もステータス的なものを表示させたところはおろかそのような素振りを見た記憶もない。


 だが、ここは異世界……一般的ななろう系の異世界のようにステータス表示があってくれるんではないかと一抹の希望をまだ持っていたアリスである。


「個人的な希望ならここは異世界だし、そういうのがあっても悪くないかなと」

「ふーん、でも残念。この世界はレベルっていうかステータス?みたいなのは存在しないよ。ちょっとがっかり?」

「うーん、どうだろう…でも転生なんて多分よほど運がないとできませんし、魔法使えるからそれで充分かな。三穂さん個人としてはどうですか?」

「そうだねー、私としてはそういうの無い方が楽しめるから良かったかな」

「楽しめる?」

「よくさ、ゲームでもステータスって天井…つまりある程度行くともうレベルが上がらないことがあるじゃん?でもそれってつまらなくない?それに例えばだけどほしい特技とかスキルがあっても職業とか個人のステータスで身に付けられないことあるじゃん?それが嫌なんだよね。それにさゲームとかだと経験値とかスキルポイントとか使って簡単にそういうの取れるし後は練習しなくてもいいじゃん?それってさつまらなくない?欲しいスキルがあるんなら自分が満足するまで練習して特訓して極めた方が人間らしいし私としては楽しいんだよね!」


 世にある大抵の転生系主人公を全否定したとも言ってよい発言だ。


「何しゃべってんだ?」

「うおっ!師匠」


 一服を終えた衣笠と龍が目の前に居た。


「この世界についてちょっとアリスちゃんに教えてたんだよ」

「何故俺に聞かない」

「師匠…ステータス画面とかレベルって言葉分かります?経験値とかスキルとか」

「…わからん」

「でしょうね」

「なるほどさすがに400年生きてる龍でも旧日本の現代…パソコンやゲーム等の言葉はこの世界にはまだ無いから知らないか。できればパソコンが出来ればこの国も旧日本へ一歩前進するんだが」

「どれほど進むんだ?」

「かなり」

「だからどれぐらいだ」

「かなり変わるぞ?旧日本の現代技術はほとんどといっていいほどパソコンの技術の応用だからなこの国の防衛設備も大幅にアップグレードできるし、日本の基礎研究のスピードや精度もかなり向上する。それに国民の生活も豊かになる」


 これは本当である。


 別にコンピューターが無くても人は生きていける。


 だが有史以来、人の生活のレベルを一気に跳ね上げたのはコンピューターと言っても過言ではない。


 コンピューター……パソコンの登場により、本来手作業が必要だったものが次々にデジタル化し作業が効率化、一気に生活水準が跳ね上がったのだ。


「アリスもがっかりしていたが作れないんだろ?なんだっけ?シーピーユー?が作れないからパソコンは作れないと言っていたが」

「人間には脳みそがあるだろ?CPUはパソコンの脳みそに当たる部分だ。これがないとパソコンは動かない」

「何故作れない?」

「うーん、何故か…私もそこまで詳しいわけではないからな説明はできないな」

「じゃあ代わりに私が」


(現代の若者を舐めるなよ?といっても現代の女子が全員電子部品に詳しいわけではないと思うけど私は何故か知識がある)


「多分ですけどCPUの構造的には今の日本でも作れます。日本人の長所は超細かい精密作業が得意なので部品と設計図的なものがあれば作れます。といっても最初はパソコンを作るパソコンが無いのでかなり大きいパソコンになるでしょうけど」

「なるほど、では今の日本に作れない理由は何だい?」

「簡単です、どんなにパソコンの構造に詳しく自作できるできる人でも、パーツそのものを作るとなると別問題でしょう?例えばいくらグラボの種類とかパーツごとの性能差が詳しい人でもグラボの内部の電子部品や回路がどう引かれているかまで詳しい人間はそういないですよね?」

「ああそういうことね、私もスマホなら設定とかならできるけど中身ばらして修理とか普通に業者に頼むわ」

「しかも、私の知識が正しければパソコンの基礎を作った人ってイギリス人なんですよ」

「い、イギリス?」


 聞いたことが無い国名に困惑する龍、だがいちいち反応すると会話にならないのでアリスはスルーした。


「第二次世界大戦時にドイツの暗号機を破るためにイギリスの変態ともいえる科学者が作ったのがパソコン…というかCPUの中央演算なんちゃんらの始まりなんです。まあ今は調べようと思えば調べられますし日本でも知っている人はいると思いますけど、その人がこの世界に転生するかと言われれば…ていう問題なんですよねー。あともう一つがコンピューターを動かすためのプログラムなんて変態の域で……」

「「「…」」」


 三人が黙ってしまった。言っていることが分からないではなく(約一名はそうだろうが)恐らく知っている人間が旧日本で死に転生してくるのは絶望的だと言えるので黙ってしまったのだろう。


「ま、まあこの日本の研究所でも我々の知識を補助にしてパソコンの研究をしてるからある程度待つことは大事か…」


 すると師匠が部屋の空間の一部を静かに見ていた。


「どうしたの師匠?」

「そろそろ時間だ。お開きにしよう」

「えええ」

「お前明日から学校に行くんだからな?それに入学式もある、距離もあるから早起きしなきゃならん。早寝早起きは重要だ」

「そうだな、それに我々も仕事がある。そろそろお開きとしようか」

「そうだね、私も部隊の奴らと明日の訓練等の会議あるから帰らんと」


 彼らは自衛官である。


 職柄上、日本で一番時間に厳しい職業の一つだ。


(……あれそういえば)


「三穂さん」

「なに?」

「三穂さんてどこ所属なんですか?自己紹介の時に何も言ってなかったので」

「あれ?言ってなかったっけ?駐屯地としては三笠さんと同じだよ、部隊は…秘密!」

「え?」

「アリスちゃんはオブザーバーになるからね、将来私の部隊とも確実に絡むことあるからそれまで秘密!」

「…旧日本の特殊作戦群とかみたいな特殊部隊的なとこにいるとか?」

「…ふふふ、どうだろうねえ」

「一佐帰るぞ」


 気が付くと衣笠はすでに部屋の出口付近にいた。


「アリス君、三穂一佐も言ったが君は将来神報者になる人間だ、我々…自衛隊のみならず国の中枢の人間とも接点は持つことになるだろう。それに関しては龍に教わると良いそればかりは我々より400年間もこの国の人間と接してきた龍の方が分かる。…が確かにこの国の同世代の人間とコミュニケーションをとるというのもこの国を知るという意味では一番な手段だ、龍の判断も悪くはない。だから今は新しい世界…魔法学校での学生生活を楽しむといい」

「はい」

「じゃあねえ!」


 二人の自衛官は扉を開け自分の駐屯地…か自宅への帰路へついていった。


「…」

「師匠、一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「うーんとねー、衣笠さんと何喋ってたのかな?って思った」


 龍の顔が渋くなった。


「…別に言っても良いが、一つ言ってもいいか?」

「何?」

「確かにこの場では二人の識人…旧日本人として話していたがこの国…第三者的に見れば日本の国防を担う重要な要職についてる一人の将校と国的に見ても結構な重要な位置に居るオブザーバーという役職についてる俺の会話だ、他の国の人間的には喉から手が伸びるレベルで欲しい機密情報になることもあるんだ。弟子とはいえお前はまだこの日本の一国民扱い…旧日本でも機密を知った人間がどういう扱いを受けるか知ってるんだろ?それなのに弟子とはいえまだお前はこの国の一国民の人間だ、機密情報を知る覚悟はあるか?」

「…」


(うーん、あああ、おおお!?ブラフか?ただの友人としての会話の可能性もある、だけど旧日本でも総理大臣が誰かと会食するだけで新聞の記事だったり雑誌の餌食なることもある。それを考えたら…)


「遠慮しとくわ」

「それが賢明だ。…もう寝ろ。さっきも言ったが明日早いんだ、さっさと寝ろほらもう周りの奴らももう帰ってるぞ」


 龍に言われれるまで気が付かなったが、皆明日の仕事のためかそれとも待っている家族のためかもうほとんど……いや正確には残っているのは龍とアリスと友里だけだった。


「そうだね、アリスちゃんも明日から学校だしね!私もやることあるし、龍君もこの後ちょっと仕事残ってるだろうし」

「分かりました、では」


 二人はそのまま部屋を出ていく。


 アリスも入学初日から遅刻するのはまずいと思ったのか自室に戻って寝ることにした。


「…普通転生した主人公ってそのまま異能とか使って冒険するもんだけど私の場合は普通に学校に通うのか―。まあ魔法使えるしそれは及第点…ねむ…寝よう」


 こうしてアリスは新世界での新しい世界での新しい生活に希望を持ちつつ眠るのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る