入学式前日 6
本来の歓迎会……いやこのぐらいの小規模な歓迎会なら皆、私服……もしくはスーツ等で参加するのが普通……だと思うのだが、違った。
皆気合が入りすぎているのか、それとも仕事を急いで終わらせて着替えずに来たのかは定かでは無かったが、各々、何かしらの制服、果てには胸元に何かを着けている人物までいる。
「……」
「どうした?」
大勢の歓迎の声と視線、服装に呆気にとられていると龍が声をかけてくる。
「いや、どうしたと言われてもなあ……まあおどろいたよ?まあそれ以上に明らかに服装が統一されてないからここに集まっている人がどういう集まりの人なのかと思っただけ」
「……はぁ、だから言ったじゃないか。いつも通りで良いと、なんでわざわざそんなことをする必要があると聞いたのに」
「だって、アリスちゃん可愛いし、将来のオブザーバーだって言ったら我々識人と少なからず関わりがあるから今のうちに各々の職業を分かりやすくした方が良いだろっていう結論に達しました」
友里の説明に他の識人の人たちから「そうそう!」という声や同意する声、うなずくものも多数いた。
「……最近の歓迎の仕方はよくわからん」
「そりゃそうでしょ!識人の歓迎会…龍さんが出るの何年ぶりよ?いつもは転生してきた識人をここに連れてくるだけで私や転生局の人間に任せっきりなんだから!」
「え?そうなの師匠?」
「そりゃあそうだ、確かにあそこから識人を連れてくるのは俺のオブザーバーとしての仕事ではあるが、そこから先は本来俺の仕事ではない。アリスは今回俺の弟子になったのだから今回だけ特別だ……それよりもだ、アリス」
龍が手招きする。
そのままアリスは50人ほどが見守る中、仮設の壇上に上がった。
「えーと、何すんの?」
「自己紹介」
「え!?でも私名前ぐらいしか覚えてないし趣味とかも一切記憶にないんだけど?」
「そんなことはどうでもいい、誰もお前の趣味なんざ気にしないだろうよ、まあごく少数は気にするだろうが、問題はそこではない」
「じゃあなんで自己紹介すんの?」
「必要なのはお前に関する情報じゃない、お前自身の情報…つまりお前の名前と顔だ。転生してからお前に関する情報はこの国に住んでる国民よりも識人の方が情報の入りは早い、が入ってきている情報は「アリス」という名前と龍…俺の弟子になったというくらいだけ。今この時にこの場にいる識人全員にお前の名前と顔を覚えてもらえってことだ」
「なるほどね」
「それと、少々言いずらいがあまり先民の方は信用しない方が良い、別に仲良くするなと言っているわけではない。俺の経験上識人に裏切られたことは無いが先民に騙されたことは何回かあるから…特に政治家等に」
「いつまで時間かかってのよ、みんな待ってるけど?」
「おっと失敬、ではアリス自己紹介を」
「ういーす、では」
アリスは大きく深呼吸する。
そして背伸びをすると大きな声で叫んだ。
「あ、アリスっていいます!この度、この世界?この星……セアに転生してきました!師匠……龍さんの方からほぼ強制的にっていうかまあ自分でも乗り気でしたが、この度オブザーバーになるべく龍さんの弟子になりました!これからおなっシャース!」
「では乾杯!」
その後、アリスの周りには様々な識人が挨拶をしようと列をなした。
将来神報者になるのである、顔を覚えてもらうのは当然なのだろう。
問題はその人々の職種だった。
防衛相、総務省……と省の名が付く国の中枢機関の長が付く位の補佐を担当しているもの。
(いや、あんたらここに居ていいんか)
後は、いろいろな研究所の所長級の人達だ。
しかし、そんな人たちも私への挨拶と自己紹介を終わるとすぐさま部屋を出ていった。恐らくすぐにでも職場に戻るのだろう。
(本当にあいさつに来ただけかい)
龍曰く、神報者は仕事上首相レベルで国の機密を扱う人間でありその立場上、様々な人間が龍に近寄って来る。
特に普通の識人すら知らないような政府の情報ですら龍は手に入れられる。
つまり神報者といい関係を結べればそういう情報が入りやすくなるんだという。
最後に来た人たちは、誰がどう見ても職業が丸わかりである。
何故なら、左胸に一般人なら絶対に付けないようなバッチを多く着けた制服を着用しているのだ。
アリスは一目で自衛官だと理解した、が階級までは分からなかった。
「おや?私たちで最後かな?」
「そうだ、最初に来た奴らはまたこれからこの国のために無駄な会議とやらをしに行くんだろう。残っているのは別に時間に制約はない研究所の人間だな」
「おいおい、そんなことを言うんじゃない。彼らは必死に先民たちの舵取りをしようとしてるじゃないか」
「別にあいつらのことを言ってるんじゃない、あいつらが補佐する者のことを言ってるんだ。400年…大きな戦争が無かったせいか?最近の議員?共は腑抜けているように見える、小さな小競り合いは度々起きているがその都度俺に仲介や講和の依頼が入るんだぞ?何のための政府だ?俺は仕事は本来、この国の歴史をひたすら後世に正確に残すのが仕事のはずだそれなのにその範疇を超えた仕事が…」
「龍」
左胸におびただしい数の勲章やらなにやら付けた男性自衛官の一人が師匠の言葉を遮る。
「なんだ?」
「今日はお前の愚痴を聞く場ではないだろ?お前の弟子になったそこのお嬢さんを俺たちに紹介する場では無いかね?」
「…なら奴らの話をするんじゃない」
「それは失敬」
もう一人の男性自衛官がアリスに歩み寄る。そして右手を差し出した。
「陸上自衛隊習志野駐屯地所属第一空挺団長兼習志野駐屯地指令、衣笠義彦陸将補。以後よろしく」
(……ん?は?お?今何と?)
アリスは自分の耳を疑った。
「ほほほ!これこれ!お嬢さんが反応に困ってるじゃないか、まったく…すまないねえ」
(いや……あなたも大概だと思いますよ?だってそちらの陸将補様より胸のバッチ多いじゃないですか!)
「自衛隊統合幕僚長の林徹也です。階級は陸将です」
「……」
(何か?もっと上の階級出せば慣れるとでも?)
「自衛隊の中の階級では最高の階級です」
(……知っとるがな、そんなもん自衛隊の内部事情を知らん一般市民でも知ってるわ。現代人舐めんなよ?インターネットって知ってらっしゃいますか?)
「あのさー、一応階級の問題でこういうこと言うのはあれだからオフレコで頼むけどさ、あんたら普段はオフィスワークで現場出てないんだから名前とか階級ぐらいよ?知ってるの。本来旧日本の一般人はそんな階級の人間と接する機会なんてほとんどないんだからさ、考えようぜ二人ともー!ほらこんなに可愛い顔が呆気にとられちゃってるじゃん!」
本当に自衛官か?ともう程長い髪を束ねた女性自衛官がアリスに抱き着く。
(超いい匂いだ。)
「……一度死んだから口の利き方はどうでも良いというのか?三穂一佐」
「仕事ではちゃんと敬語使ってるしいいじゃん、それあたし衣笠さんの部隊の人間じゃないし!識人しかいない完全なプライベートな時だけだよ?さすがに自衛隊といえども軍隊…ならば上下関係は歴然!だからオフレコって言ってんじゃん!」
「だからなあ!一佐!お前は……」
「ふふふ!構わないだろ、団長。確かにこの場には識人しかいない、言ってしまえばこの場は自衛官としてではなく一人の識人…・…旧日本国民としてここに居るんだ。それにこの制服だってアリス君に一発で覚えてもらえるというから着たんであって今は仕事ではないだろ!だから多少の無礼は同じ日本人として会話のモラルが守られるなら良いんじゃないか?どうだ龍、お前もそう思わないか?」
「残念ながら分からん、立場上大抵の人間は俺に頭を下げて敬語を使ってくる。俺が唯一敬語を使うのは帝と皇族ぐらいだ…だがまあもし仮に陛下と二人きりの時があったとして陛下からため口でと言われたらそうするかもな」
「状況が違うでしょ師匠」
「何故だ?」
「それは上級の位からの要望であって、ここの意味は場の空気的にため口が日本人的にも良いでしょって話だし」
「……ならわからん」
「まあそれでも今ここに居るのは時代は少し違えども同じ旧日本で暮らした日本人だ。今だけは階級や仕事柄を気にせずに話をしようということだよ将補…いや義彦君。でも旧日本同様年齢による年功序列は意識しましょう」
林さんの言葉に少し納得したのか衣笠さんはため息を漏らした。
「こいつが普段から敬語を使ってるとでも?」
「そうなのかい?三穂君」
「え?いやいや!さすがに仕事では敬語ですよ、林さん!」
「まったく今日だけだぞ?」
「ういーす!」
(絶対普段からこの口調だな?)
「そうだ、この馬鹿のために忘れてた」
「馬鹿とはなんだ!?馬鹿とは!」
そういうと衣笠は少し大きめの箱を渡してきた。
簡素な木の箱だが意外と頑丈に作られている。
持ってみると、少し重量感を感じる。
「えーとこれは?」
「私から君への龍の弟子なった祝い品だ。すまないが大急ぎで見繕ってね、箱に関してはこのような物しか用出来なかった、中身はちゃんとしているはずだ。それにオブザーバーになる君にとっては何かと役に立つときが来るはずだ」
「開けてみても?」
「ああ、構わない」
そういわれてアリスは、箱を開けた。
「…っ!」
この世界に来たばかりのアリスでさえ箱の中身は旧世界にあふれて存在している物だった。
ただ旧日本では銃刀法により実物を持つことは出来ないが、それでも数々の映画で使われているため知らない人間はいないだろう。
拳銃だ。
そしてこの銃もある意味、ミリタリー好きなら一発で答えられるだろう。
銃として初めて主要部のほとんどをポリマーにすることにより軽量化に成功、女性でも扱いやすいようにした銃だ。
ただ、人によってはその見た目から苦手な人がちらほらいる。
グロックだ。
「ちょ!何普通に銃を女の子に渡してんの?普通化粧道具とかじゃないの?銃って……ええ……引くわー」
「私は旧日本人として渡したんじゃない。自衛隊の一人の隊員として将来神報者になる者に渡したのだ。意味を履き違えてもらっては困る」
「ちなみにだが義彦君、これは君の私物か?もし隊のなら困るな、一応自衛隊の銃は隊員個人への貸与……国民の税金によるものだ、弟子になったとはいえまだ神報者になったというわけではないからね。君が勝手なことをするとすべてこちらに帰ってくるんだが」
「もちろん私の私物です。龍が弟子を取ったと聞いたので今日この場で渡そうと大急ぎで準備したんですよ……アリスさん気に入らなかったかい?」
衣笠が心配そうな顔でアリスを見た。
「そりゃあそうでしょ!まだ若い女の子がいきなり銃を渡されたら反応に困るわ!」
「いえ…そういうことではないです…これグロックですよね?私の知ってる限りグロックってたくさん種類があるのでどのグロックなあって」
「うっそ……アリスちゃんミリタリーイケる感じ?まさかのミリタリー女子!?うわー!同じだわ!あたしたち仲良くなれるねー!」
引くかと思いきや、同士を見つけたかのように笑顔になり抱き着く三穂。
(……ていうかさっきから三穂さん、私の体をエロくまさぐってくるんだけど…これが百合か?百合ってやつなのかい?教えてよバーニー!ってかちょっと気持ちいい)
「そうかならよかった因みにそれはグロック19だ。旧日本でも今の日本でもそうだが警察の一部組織が使っているものだ。それに銃刀法に関しては気にしなくてもいい、これから学校で習うだろうがこの国の銃刀法は少し緩いからね」
(ふーん、ならよかった)
ここでアリスは気づく、弾が無かった。
「あの衣笠さん……弾がないです」
「さすがに弾までは用意できないよ、銃は私物だが弾は消耗品だ…だが、君の師匠なら余りあるほど持っているはずだ、君の師匠は銃を使うより杖と刀派のようだからな」
(へー、刀も現役ですかい)
「確かに銃は魔法で目標を狙うより正確で標的に早く当たるが、弾が有限だ。俺の場合魔素が無限なんでね零距離まで近づいて大量の魔法で押しつぶせば良い。幸い俺は死なない」
(これぞ脳筋)
「まったくだからいつも脳筋だの言われるんだぞ?」
「知った事か」
「ん?すまんな、私はそろそろ時間のようだ。いやー、久々に龍が歓迎会出てる姿を見てよかったし新しい識人に会えてよかった、アリス君これからも自衛隊をよろしく頼むよ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「うん、礼儀正しいのはいいことだ」
「林さん門まで送ります」
「いや?構わんよ?それにアリス君は君の送った銃に興味津々じゃないか、日本人と言えど銃は知ってるが撃ち方構え方、それに当て方は知らんだろう、教えてあげなさい」
「……分かりました」
「それと龍」
林は龍に顔を向ける。
「ん?なんだ?」
「私は君に送ってもらいたいんだが…」
「なんでだ?めんどくさい……同じ隊員に……」
「分かるじゃろ?」
林は目で龍に何かを訴えた、その内容を理解したのか軽くため息をこぼすと静かに頷いた。
「分かったよ、アリス、ちょっと行ってくる。それと三穂、アリスに変な事するんじゃないぞ」
「あ、はい……え三穂さん?」
「しないよ!あたしは龍さん一筋だし!」
(ええ、マジかい!三穂さんに触られると結構気持ちいいんだけどなあ)
そんなことを考えていると神報者とと統合幕僚長は食堂(歓迎会会場)を出ていった。
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