入学式前日 7.5
駐屯地へ車で向かう途中の衣笠は助手席に座っている、三穂の表情が気になっていた。
必死に何かを考えているのだろう、上の空である。
「どうした?」
「何がです?」
「さっきから何かを考えてるだろう?話してみろ、部下の悩みを聞くのも上官の役目だし、その顔のままで帰ったら部隊の士気にかかわる」
「さすがに訓練まで引きずらないで……アリスちゃんのことですよ」
「それが?まさかだがさっきの銃の件か?確かに彼女は銃に詳しいようだが、あっちじゃエアガンがある……つまりは本物の重さや反動は知らなくても構えぐらいは分かるんじゃないのか?」
「確かに最初は私もそう思いましたよ?でも……多分ですけど、よくあるじゃないですか本物の反動と衝撃を知ると反動を自分の体に合わせるようにするってやつ……アリスちゃんからは本物を知ってる……なんていうのかな経験によるオーラ?的なものを感じたんですよ」
「だから?」
一瞬三穂が驚きの表情になり運転している衣笠に視線が行った。
将来オブザーバーとなり自衛隊と共に戦うのだ、アリスには内緒……いや半分ばれていたような気がするが特殊部隊の人間である三穂がアリスの戦力を分析したのに反応が良くなかったのだ、驚くのも無理はない。
「だからって……将来一緒に戦うかもしれない子の戦力分析するのが意味ないとでも?」
「……今はな」
「何故?」
「考えてみろ、オブザーバー……旧日本じゃ存在しない職業、だがこの世界は存在する。しかもこの国の権力位置的に総理大臣以上天皇陛下以下だ、今は不老不死の龍がやっているがもし普通の人間だったら?確実に権力争いが起きるぞ?しかも龍が指名したのはこれから魔法学校……高校生になる女の子だ、不老不死でもない……命が狙われない保証があるか?仮に学校が安全だとしよう、今の学校の校長は龍側だ、名家や政治家連中が介入してもまあ問題ないと願おう。問題は闇の連中だ、あっちは我らの都合など関係ない、襲うときは襲ってくるぞ?」
「……。つまりアリスちゃんが確実にオブザーバーになるまで戦力としては数えられない?」
「いや?別にオブザーバーになるまででは無いよ、少なくとも自分の身が守れるようなレベルになってもらわないとこちらも困るんだ。それまでは様子見だな」
「なるほど」
「そういえば」
「なんだ?」
「旧日本では今西暦何年なんでしょうね?」
「そんな事分かるわけがないだろう?なんでそんなことを言った?」
さっきまで考えていた表情の三穂が今度は車の座席に座りながら膝を抱え悲しい顔に変えた。
「なんだ?今更旧日本に未練でも?まあ私もこの世界に来て十数年経つが多少感傷することはある。お前もそういうことがあるんだな」
「……ほ」
「あ?なんて?」
「いい加減!スマホ出来たっていいじゃないかー!」
「……」
この時、運転していた衣笠は一瞬殴ろうと思ったが、運転している手前しかも信号が青に変わったばかりだったので止めた。
「第二次世界大戦」
「は?」
―何言ってんのこの人。
……っとさすがにただの一自衛官が上官に対しては言えないので口をつぐんだ。……がさすがに三穂でもそれは知っている、旧日本の人間なら龍を除き大抵は知っているからだ。
「それがなにか?さすがに私でも知ってます」
「ある人間が言った……『科学技術をこの世で一番早く簡単に進めることが出来るのは戦争だ』。あの世界では二回の大きすぎる戦争があった、それにより科学技術が大幅に飛躍した。しかしこの世界の日本は大昔に闇の軍勢との大きな戦争はあったが、それ以来はほとんどといっていいほど大きな戦争は無い、あっても小競り合いというレベルの戦争だ。技術が発展するのもスローペースになる。パソコンも出来てないんだスマホなどもってのほかだろう」
「……」
「それにこの国は神法によって宣戦布告ができない……完全なやられたらやり返す戦い方だ。技術の進歩が遅いとはいえ近隣諸国との軍事レベルのは差があるしもうほとんどの国はそれを知っている、戦を仕掛けてくる国など無いだろう……つまり自国での研究しかない。なら遅い一歩でも近代化に向けて歩いていくしかないんだ」
「あとは、知識を知ってる奴が転生してくるのを祈るしかないってことですか?」
「そうだな、それにアリス君も言っていたが、日本人でパソコンの内部構造の隅々まで知っている人間が都合よく転生してくる確率なんて天文学的数字だと思うぞ?旧日本での一年間の死亡者は理由を問わないにしても一万人ぐらいか?そこから12人だ……私は無理だと思うがね」
「まあ仮にパソコン出来てスマホ出来ても新しく問題が生まれそうだけど」
「問題とは?」
「ざっくり言えばモラル」
「意味が分からん」
「衣笠さんはガラケー世代だっけ?なら分からないかな。まあおちおち分かるよ」
ギリギリスマホ世代である三穂は知っている、IT社会が進化しいろんな人間に電子端末が手に入りSNSというものが誕生した日本で問題になった現象は、ITが進化すればするほど深刻化するのだ。
今はまだこの日本では起こりえないが、もしスマホが国民に浸透したら確実にこの国は旧日本と同じ状態になるだろうと、三穂は考えるが残念ながら三穂にそれを止める手段は無い。
(ITが出てきて使えるようになればおのずとそうなるのが分かっているのにどうすることもできないのはやっぱり歯がゆいよね)
「そういえば」
「ん?なんです?」
「その……平気なのか?」
「……すみません主語を言ってください」
「……だ」
「はい?」
「……胸だよ!胸!」
「はあ?いきなりセクハラですか?さすがに上官とは言えどそれはちょっと…。ご存じの通りここに来てからもずっと平坦ですが?」
三穂はいきなり上官にセクハラじみた言葉にニヤニヤしながら胸を押さえる。
「違う!前回の訓練でユニークを使ったとの報告が上がったんだ。お前のユニークは……その……肉体を酷使しすぎるからな。体に異常が無いか判断するのも上官の務め……ってこれ以前も言わなかったか?」
「ははは!ちゃんと分かってます、ご安心を。自分で感じる限り、異常は無いです。ただ、いつも通りユニーク使用後は普段の訓練終了後と比べて疲労感が段違いに大きいというくらい以外にはさほど報告すべきことは無いですね」
「そうか……ならいい。……三穂一佐」
「なんです?」
「前々から気になっていたんだが、その……皆の前では聞けなくてな、ユニークを使った後胸の傷はどうなるんだ?毎回刺すだろう?」
三穂はその質問に対して不思議そうな顔をして自分の胸元を見る。
「それがですね、何も無かったのようにきれいなんですよね。傷一つないです」
「そうか、ならいい。自衛官……軍人と言えど一人の女性だ、体に傷がある女性なんて私からすると見るに堪えないからな」
三穂が薄く笑う。
「ご安心を、私が好きなのは龍さんだけです。それに龍さんならどんな私でも受け入れてくれますよ。そのためにこの部隊に入ったんだし」
「そうか、その淡い願いが実るように上官として祈っておくよ」
二人の自衛官はお互いに笑いながら帰路へ車を走らせるのだった。
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