入学式前日 4

 歩いて数分、というより意識して探せば歩かず簡単に見つかっていたという距離に店は合った。


 サチとコウは目的の場所に着くと帰路についていった。


(まあ明日学校で会うだろうし、運が良ければクラスが一緒にになるかもだし、こっちはこっちでやることしますか……とはいえ)


 目の前にある杖を売っているであろう店……の看板を凝視する。


『おりばんだーの杖』


「……」


(……ひらがな?なんで?アルファベット表記が駄目そうならまだ分かるよ!?カタカナって日本語だろう!?じゃあカタカナで良いじゃんか!)


「とりあえず入るか……」


 店のドアを押して中に入る。


 中は外の素朴な外観とは打って変わり魔法で拡張されているのだろう広かった。


 先ほどの本屋並み、違うとすれば棚に入っているのが本ではなく杖が入っているとみられる細長い箱があるくらい。


 だが、先ほどの本屋とは違い人が一人もいなかった、他の客どころか店員すら一人もいない状況である。


(もしかして定休日てきな感じ?でも表に何もなかったし入り口も鍵閉まってなかったし……店員が一人なら店を開けるときに看板とか立ててるはずだしなあ……それにしても静かだ)


 まるでこの店全体に防音関係の魔法が使われているのではと思えるほどの静けさ、それがまた一段と不安を感じさせる。


 ここでカウンターのあるものに目が止まる、小さな板のようなものが置いてある。


『御用の方は作業中のため奥にお進みください』


「ははーん、そいうことか」


 板に書かれた内容に従い、アリスは店の奥に進んでいく。


 すると広い場所に出た。


 見渡すと円形状の広間のような感じだ、壁には高い天井まで棚が設けられており中にはこれでもかというほどの箱が敷き詰められている。


 それに床には大きな魔法陣が書いてあった。


(はー、ひっろ!天井たけえ!てか床に魔法陣書かれてるじゃん!魔法の世界って感じでかっこいい!)


 入り口の反対側には小さい机と椅子があり、一人の男性が椅子に座り何やら書いている。


「あのー」

「ん?」


 アリスの声に気づいた男性が振り向く。


 50代から60代と言ったところか、白髪交じりの何処かダンディーさを感じる男性だ。


 しかも仕事で来ているのだろうスーツも相まって何とも言えないクールさを醸し出している。


(ここまでスーツが似合う男性も珍しいなあ、おじさんは趣味じゃないけどドストライクの女性が見たら即惚れるなこれ)


「君は……?」

「あ!はい、えっと……師匠……じゃなかった、龍さんに言われてきました」

「龍さん?師匠?ああ、そうか君が龍さんの弟子になったっていうアリス君だね?……先ほど龍さんから電話があってね、こちらにアリスという私の弟子が来るから杖を見繕ってくれって。待っていたよ」

「あ、そうなんですか?すみません遅れちゃいました」

「いや、気にしなくてもいいよ。龍さんからは君がつい先日この世界に来た識人だと伺っているからね、マギーロの風景で寄り道するかもしれないと…だから気長に待ってくれと言われたんだ。私としては意外にも早かったかなというぐらいかな、だから気にすることはないよ」

「えーと、ありがとうございます」

「それよりもだ、さっそく杖を選ぼうじゃないか。おっと、自己紹介がまだだったね。

 『おりばんだーの杖』店主の斎藤孝明だ。ここで一人杖を売っているよ」

「…」


(普通に日本人じゃん、オリバンダー要素どこ行ったよ)


「どうかしたかね?」

「え?いや……店の名前っておりばんだーですよね?なんでそうなったんのかなって」

「ああ、私がこの店を引き継ぐときにね。識人から言われたんだよ、『斎藤杖店よりもオリバンダーの杖のほうが識人的に喜びます!出来ればオリバンダーに店名を変更しませんか?』ってね。まあ私としてはどちらでも良かったんだよ、店を残せれば。結果的にこの店はおりばんだーの杖として生まれ変わり昔以上に繁盛してるよ特に識人からね、あの時の識人には感謝しかないね」


(確かに最近転生してくる識人にとってはオリバンダーと聞けば何の店かは一目瞭然だと思うし、私も名前見てピンと来たし……まあ結果的には良いんじゃないかな?店主ご本人が喜んでるんだし)


「さてとだ、アリス君。この魔法陣の内側においで。今から君に合った杖を選ぼうじゃないか。あ、因みにだが魔法陣に入っても何も魔法使いに被害は無いから安心してくれ」


 後半話が入ってこなかった。


 自分に合った杖を選ぶ……このワードだけでもアリスを興奮させるには十分だった。


 というよりハリーポッターを知っている人ならあのシーンが思い浮かび興奮しないわけがない。


 アリスは顔がにやけてくる。


(……やっべー!杖を選ぶ?つまりはあれだろ?私が杖を選ぶんじゃなくて杖が私を選ぶてきなあれだろ?つまり…だ!あ、あれじゃないか!原作一巻!映画一作目!ハリーがヴォルデモートの兄弟杖に選ばれたあの時だろ?なんかふわーってするシーン……やっべ、興奮してきたよ?あー頭にあのシーンが当たり前によぎてくるよ?旧日本から転生してきた人間なら絶対興奮すんの必須だろ?おっほほほほ!顔がにやけるううう!)


「どうかしたかい?」

「い、いえなんでもないです」


 アリスは魔法陣の中心に立つ。


 斎藤は壁の杖の箱を一つ一つ確認し始める。


 ここでアリスはどうしても聞きたかったことを聞いた。


「あの……斎藤さん」

「なんだい」

「やっぱり杖って持ち主を選ぶんですか?」

「ははは!なるほど、やっぱり識人だねえ!だが、それは表現の問題だね」

「表現の問題?」

「君は杖の素材が何だか知ってるかい?」


 アリスは龍の持っていた杖を思い出した。


 だがどう見ても何の変哲もない棒であり、材質も木でしかない。


「木……木材ですよね?」

「そう、君が転生した場所覚えてる?識人はみんなあの場所に転生してくるんだけど、あの場所一体を魔杖の森と呼ばれてるんだ。何故か分かるかい?」

「魔杖の森……」


 アリスは二日目、龍がそのようなことを言っていたことを思い出す。


 だが当時の精神状態的に脳はあまり記憶してはいなかった。


「その……魔杖の森の木でしか魔法が使えないとか?」

「その通り、あの辺一体は少々特殊らしいんだ。だから一般的に人の立ち入りを制限してるんだよ、杖となる木を伐採する職人とオブザーバー……そして識人以外はね。そしてここからが問題だ、学校の魔法の授業とかで使われる杖には入ってないが個人が携帯している杖には芯が入ってる。それとの相性があるんだ、それが杖が持ち主を選ぶ要因だね……っとまずはこれを試してみようか……ウィビシの髪の毛」


 斎藤は数ある箱の中から一つとると、中の杖をアリスに渡す。


 太さ、長さ、デザインと龍の持っていた杖とどことなく違うと感じる。


「……でこれをどうするんですか?」

「魔素球は知ってるかい?それをどこでもいい放ってみるんだ」

「え?」


 魔素球はすでに使ったことはある……あるからこそその威力も十分知っている。


 小さな球でも木の皮をえぐる程度の威力が存在するのだ、それを箱がびっしり詰まった空間に打ち込んで良いものかと躊躇してしまうのだ。


「ああ、魔素球については知っているのか……問題ないよ。私が言うんだ、打ってみてごらんなさい」

「はあ」


 アリスは一旦集中すると魔素球を生成する。


 だがやはりあの時の衝撃が忘れられないのだろう……本能的に大きさがゴルフボール大にしかならない。


「そんな遠慮しなくても大丈夫だ。もっと大きく!」

「……ふん!」


 魔素球は大きくなりサッカーボール並みになる。


(おいおい、大きすぎじゃね?こんなの棚にぶつかってみろよ大惨事でっせ?)

「さあ、思いっきり放ってみよう!」


 アリスの心配をよそに斎藤が撃てと催促する。


(あー、分かったよどうなっても知らないからな?本人がああ言ってるから私被害者だぜ?責任持たないからな?)


「おおりゃあ!」


 アリスが魔素球を放った。


 すると放たれた魔素球は1メートル進んだところで形を崩し、空中で溶けるように無くなった。


「へ?お?おお……」


 あまりの出来事にアリスは唖然としてしまった。


(なして?魔素球……無くなった……しかも溶けた……なして)


 驚きつつ斎藤を見る。


「言ったでしょ?大丈夫だって、この床に魔法陣が書いてあるでしょ?それはね、魔法陣の内側にいる限りあらゆる魔法は魔素球以外打ち消される魔法が練られているんだ。まあ複製しようとしても何千何万という魔法を一つの魔法陣に練りこんだから複雑すぎて私も含めて誰も書けないんだよね」

「へ、へえ。でもなんでこれが相性の合った杖を探すのに役立つんです?」

「それはまだ秘密!さっきの魔素球は溶けたけどちゃんと相性の良い杖と出会うとね魔素球の反応が違うんだ。見てのお楽しみだよ!さ、次行こうか!」


 それからアリスは斎藤と相性のあった杖を探す作業に入る。


 ウィビシの髪の他に、ウィビシの心臓、ドラゴンの鱗、ドラゴンの心臓、ドラゴンの毛、エルフの髪などを試すがどれも魔素球が解けるだけだった。


 だが同時にこの世界にドラゴンが居ること初めて知ったアリス、だが杖探しの興奮によりあまり気にしない(エルフが居ることは龍から聞いている)。


「うーん、難しいねえ」


 斎藤は今試した杖が駄目だと分かると考えこんでしまった。


「斎藤さん……普段の人はこんなに試すんですか?」

「いや、大抵の人は3本目……4本目には合う杖が見つかるはずなんだけどなあ……さあどうしようか…そういえば…」


 斎藤が何か思い出したのか、黙り込んでしまった。


「どうしました?」

「いやね?さっき龍さんから電話もらったって言ったでしょ?その時にね『あいつは俺と同じかもしれん……確証はないが……試す価値はあるかもしれない』と言っていたんだ。最初何言っているのか良く分からなかったのだけどね、もしかすると……ちょっと待っててくれないかい?」

「あー、は、はあ」


 そういうと斎藤はアリスが通ってきた通路へ戻ってしまった。


 数分後、戻ってきた斎藤の手には3つの鍵が握られていた。


 そのまま机の前にくると、上にある引き戸が付いてる棚の南京錠を1つ目の鍵を使い、取り出した木製の箱をもう1つの鍵で開けた。


 すると、中には杖が入ってそうな箱が厳重に南京錠が付けられた木製の箱が出てきたのだ。


 それを机の上に置くと最後の鍵で箱の南京錠の鍵を開け、そして中に入っていた杖をアリスに渡す。


「えっと……これは?」

「うーん、龍さんと同じならこの杖かなと思ってね、まあとりあえず試してみてよ」

「は、はあ」


 アリスはとりあえず杖を観察した。


 今まで試した度の杖よりも圧倒的にシンプルであり、ほとんど模様が付けられていない。


 とりあえず杖の形にしてみたという感じだ。


 そしてアリスが杖を受け取った……その瞬間だった。


 一瞬、体の力が抜けると、体中が何か温かく何かほっとしたものに包まれる不思議な感覚をアリスは感じる。


「……」

「どうかしたかい?」

「え?あ、いえなんでもないです」


(今のは一体……、なに?ものすごく温かくて全身を包み込んでくれるような感じ……すごく安心する……不思議な感覚……さっきまでそんなことは無かったのに)


 そのまま魔素球を生成する。


 そして、魔素球を放つ……するといつも通り1メートルほど進んだ……がその後だった。


 今まで消えてた魔素球が急速に形を変え始めた。そして…透明な結晶として綺麗な一輪花の形を形成した。


(わー綺麗……)


 ……が終わらなかった。


 花は茎や弦を次々に生やし、大きくなっていく。


 質量保存の法則とは……とツッコミたくなるレベルで新しい花を咲かせ、巨大化していく……大きな花の壁を作っていくかのように。


「え?……お?おおお……おおお?」


(おいおい……何起きてんの?すんげえ綺麗だけど相性が良いとこんな風になるん?これが普通なん?)


 アリスがちらっと斎藤を見る。


 斎藤もアリスと同じことを考えたんだろう、同じような顔で見つめている。


 花は最終的に高さ2メートル……3メートルほどまで高く花を咲かせた。そして頂上に生えたのはどの花よりも大きく……美しい……一輪の菊だ。


「えっと……斎藤さん?相性が合うとこうなるんですか?秘密と言ってましたけどここまでとは」

「え?いやいやいやいや!こんなの初めて見るよ!普段だったら相性が合う杖で魔素球放つと普通は一輪や二輪程度なんだけど……ここまで大きく咲くのは生まれて初めて見たよやはり君には何かあるみたいだ」


(この人は知らないだろうけど、私はそういうもんなんです!主人公ですもん!理由は言えないんですけどねー!それよりも杖の方が気になるんじゃ!)


「それより杖の方が気になるんですけど……」

「えっとね、この杖はいろいろな噂やら伝説やらあってね……ていうかこの杖……龍さんがここに保管してくれって持ってきたやつなんだ」

「師匠が?」

「そう、でこの杖は使うとか使えるとかは全て相性次第、相性が良くない限り魔素球すら使えないらしいんだ。しかも現状……この杖使えるの龍さんと君だけになる……そして問題は杖に入ってる芯だね」

「よほど特別な芯が入ってるとか?」

「うーん……特別というか噂とか伝説ってレベルだけど……神様の髪の毛を使っているっていう噂が……」

「へ?」


 アリスは驚愕する。


 ハリーポッターですら設定上、ハリーの世界に存在する生物の一部を芯にすることはあっても神様を芯の素材にしたことはないはずである(伝説上木がそのまま杖になったことはある)。


 アリスが想定していたのは、大昔の大魔法使いの髪や今は存在しない伝説の生物の一部だ。


「この世界に神様とか実在するんですか?」


 神様というのは本来、人々が集まり生活していく中で人を統率するうえで作られる絶対的な存在である創造物だ(日本では必ずしもそうではない)。


 神が存在するかとかいう意味のない談義をここでする気は無い。


 がもし噂が本当であればこの世界には神が居るのだろう。


「さあ?」


(あ、これは本当に噂レベルや……情報源によるだろそれ)


「ていうか、この杖の芯の伝説って誰が言ったんですか?」

「龍さん」


(うわーお……それ……情報的に信頼できるんか?)


「この杖……本来はもっと大きくて長い形らしいんだけどこの一本は今の時代の形にしたらしいよ。しかもこの杖は計3……いや2本あるらしいけどもう一本はステア魔法学校の校長が校長先生の証として魔法学校建立時に龍さんが送ったらしいから校長は使えない……本当にただの飾りらしいね」

「今3本あるって言いかけませんでした?」

「ああ、残念ながら3本目は理由は分からないけど昔紛失したらしいんだ。だから今現存する杖はこれと校長のだね。龍さんは使う気ないらしいからここに置いてあるし、ここに置いたときに『俺以外の誰か使える奴が現れたときに譲る…それまでここに保存しておくか』ってね」

「へ、へえ」

「龍さんが選んだ弟子がこの杖を使える……これも何かの縁なのかもねえ。持っていくといい、これは私からの龍さんの弟子になったお祝いとしてのプレゼントだ。お金はいらないよ、本来はこれ……使える人間がいなさ過ぎて飾りと化してたからね、杖は本来魔法を使うものだ、飾るものではない。使える人間が現れてくれて本当に良かった。どうか大事に使ってやってくれ」

「はい!ありがとうございます!」


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