入学式前日 1
魔法学校入学式前日、普通の入学生であれば一週間前には準備を終わらせており新しくいく学校に思いを馳せながら家に居たり、友人と遊びに行ったりするだろう。
だがアリスは違った。
数日前に転生してきたのである、準備など出来るはずもない……今から行くのだ。
そもそも転生してくる人間は転生してくる日が決まっている時点で、ある程度の準備こそできるが、年齢や性別までは分からない以上準備が出来ないのは当然である。
だからこそアリスは龍の運転する車に行先も分からずに乗っていた。
だがこの時のアリスはまた別の理由で不機嫌であり、そのせいで車内は重い空気になっていた。
「……」
「なあ、いい加減その顔止めないか?そんな顔のままじゃ運転しづらいんだが」
「その原因を作ったのは師匠でしょうに」
「いや、まあ……そうっちゃそうだが」
2時間ほど前のことである。
「……ろ、……きろ、起きろアリス」
龍の声で目を覚ますアリス……だが少し考えた。
(師匠の声がする……朝か……ん?ここどこだ?確か昨日から自分の部屋になったベッドに寝ていたはず…うん…寝心地もそれだ…なら何故師匠の声が?)
アリスは嫌な予感と共に声を方向に顔を向ける。
「起きたか……今何時だかわかる……うごふ!」
もはや恒例になってきた。龍の腹へのキック、だが今回は理由が無いわけでは無い。
「師匠……なんで女子の部屋に……しかも無断で……モラルって言葉ご存じで?」
「残念だが……うぐ……知ってるよ。じゃあお前に問うが……人としての常識はご存じで?」
「は?何言って知ってるに決まってるじゃないですか、何言ってるんですか」
「じゃあ今何時かわかるか?」
アリスは机の上の時計を確認した、現在時刻は8時だ。
「8時です……ん?8時?」
「そうだ……じゃあ俺は何時に玄関に来いといった?」
「……えーとー、8時?」
思いっきり頭に拳骨を食う。
「痛ったー!何すんですか!?」
「いいか?お前がちゃんと時間通りに玄関に来ていれば希望通りにお前の部屋に入ることは無かった!つまりモラルどうこう言う前に時間を守るっていう常識は守れ」
そして現在、アリスは時間を守らなかったことに関しての反省はしていた。だが、不機嫌なのは別問題だ。
「確かに時間を守らなかったのは謝ります。でもそれとこれは別!なんで女子の部屋に勝手に入るかなー!」
「弟子だから」
「弟子だったらプライベートは無しか!?ほかの女子に頼めばいいじゃないですか!?友里さんとか!ほかの女性も寮にいるんでしょう?」
「あの時間まで寝ていたのはお前だけだ。ほかの奴らは仕事先の寮にいるかもう寮を出て出勤したよ。あと、友里に関しては普段は寮にいない」
「え?なんで?」
「友里は基本的に魔法学校の寮で暮らしてるからだ。転生者が来て学校に入れる必要がある場合だけ寮にいる。それ以外は学校の事務員専用の寮暮らしだよ」
「…じゃあ今日から寮はあたし一人だけってこと?」
「何言ってるんだ?お前は明日から魔法学校に通学すんだから学校の寮に入寮する。菊生寮は転生者が仕事を見つけるか、結婚するまでの仮住居なんだ、長居は基本的にしない。だが、お前は別だがな」
「師匠は普段どこで寝泊まりしてるんの?」
「別に俺結婚してないし、仕事も特殊だし基本的には荷物も含めて菊生寮だよ。だが、これも不老不死ゆえなのかもしれんが…俺ベッド使わんのよ」
「…は?どういう意味で?」
「人間として本来必要なのは理解してるから形としてはやってはみてるが…俺にはどうやら睡眠が必要ないようなんでね」
(それはもはや人間としてどうなんだ。……というかもしかしてだけど)
「もしかしてお腹もすかない?」
「ああ、残念ながら」
もはや龍が人間を止めていることについて驚きつつ、アリスは龍と初めて会った時のことを思い出した。
「でも私が転生したときの夜…思いっきりご飯食べてたじゃん!」
「それはなみんなから言われるんだよ。いつか呪いが解けて、感覚が全部戻った時にのために食べ物の味は覚えておいた方がいいってな。味は分かるし、匂いも感じ取れはするから」
「まじか…」
「マジだ…ていうかもう着くな」
龍の言葉で外の景色を確認する。
そこにはアリスがイメージしていたこれこそ異世界!と言わんばかりの中世ヨーロッパの街並みが広がっていた。
「ほ、ほほほ!すげー!これぞ異世界じゃん!ここどこ?」
ここで異世界とは言え旧日本の風景を見すぎて異世界不足になっていたアリスが興奮のあまり窓から顔を出してみる。
「マギーロ魔法学園都市……あぶねーからやめろ!」
(なんだそのどっかの学園都市みたいな名前は…)
「ステア魔法学校を中心とした学園都市だ。といっても学生しか住んでいるわけではない、魔法の研究に従事する者、魔法関係の道具や書物を売る者、とまあつまりここに来れば魔法関係のものなら大抵揃う。ステアに通うのであればここで全部揃う」
「へー」
もはや龍の言葉はアリスに届いていなかった。
「街並みはずいぶん日本と違うようで」
「ここは統合自治区でな、日本人以外…ほかの国の人間も関係者なら通うことができる、観光目的は駄目だが。まあ管理してんの日本人だけどな。この都市を作るときデザインを決めるときに、やっぱり魔法関連の都市なんだから旧世界のハリーポッター準拠じゃないとっていう意見が多数でこうなった」
「さっすがー!日本人…っていうより識人分かってるなー!」
マギーロの中心部に着いたアリスたちはまず制服を買いに行った。
本来であれば入学する数週間前から寸法を取り、注文する物だが、さすがに時間が無さ過ぎることもあり入学式用はサンプル品を着用することにし、寸法を取った物は後日郵送になった。
店員によるとステアの制服は基本すべてがオーダーメイドであり、午前中の注文のみ受け付けているらしい(午後は基本的にクリーニングや手直し専門)。
「さてと、午前中の大きい用事は済んだな」
(朝から揚げ物…重くないっすかね?)
服の注文を終えたアリスたちは遅めの朝食を取っていた。
適当に入った喫茶店の何故かメニュー表に乗っており龍が一口食いたいと言ったので頼んだフィッシュアンドチップスだ。
(てかなんでフィッシュアンドチップスあんの?ここもハリーポッター準拠?でも朝食には重いっすよ)
「食べれないなら残りよこせ」
「あーい」
半分ほど残ったフィッシュアンドチップスを龍が平らげる。
(結局あんたが食いたいだけじゃねーか!)
「さて残りは…教科書と杖か………」
「どうしたの?」
「お前…入学祝ほしいか?」
弟子になったとはいえまだ数日しかたってない師匠の龍から思いがけない質問だ。
「頭打った?」
「なんでそうなる。友里に言われたんだよ、弟子なら師匠と同じものを使いたいと思うもの、入学祝で何かあげてみたらどうだってな」
(友里さんに言われたってこと言わなきゃポイント高いのに…)
「そうだなー、師匠が使ってる時計!」
「無理」
即答である。
「なんでー?そんなに大切な物?師匠にもらったとか?」
「俺の師匠は400年前に死んでる、そんな昔に時計なんてあると思うか?」
「いや、無いか。じゃあなんで?」
「これはずいぶん前にその時の…帝から頂いたものだから」
「み、帝?」
アリスには聞きなれない言葉だ。
「ん?ああ、そうか。お前らの時代では違うんだったか、言い直せば天皇陛下かな」
「おう……なるほど」
(おっとー…これは予想外)
「ああ、なるほどそりゃあ駄目だわ」
(確かに旧日本でももし私が天皇陛下から何かもらったら家族だろうが友人だろうがあげる気とか失せるわ)
「時計が欲しいのか?まあお前には必要かもな、いろんな意味で」
「一言よけい!師匠と同じのが良かったんだけどなー。師匠とおそろいとかなんかほかの魔法使いと差別化出来てかっこいいし」
「そうか…なら懐中時計でいいか…じゃあ買って来よう。その間お前にはお使いを頼みたいんだが…いいか?」
「なんなりと!」
すると龍はある場所を指さす、どうやら本屋のようだ。
「あの本屋が何か?」
「ここでお前の学校の教科書を買ってくるんだ。この袋を持っていくといい。それと…」
小さな紙きれ2枚に持っていた筆で何か書き込み私に手渡す。
(筆て…)
「何買うか分からんだろうから店員に渡せ、必要な物をそろえてくれるはずだ。それともう一つの紙に杖を買う場所と買うものが書いてあるから一緒に買ってきてくれ。いずれは一人…友人とここで買い物するだろう、その訓練だ。わかるな?」
「大丈夫…です!」
「そうか、なら行ってくる。あ、あともう一つ言い忘れた。杖を買ったからって使うんじゃないぞ?魔法学校や高校生未満の子供は保護者の同意または保護者が不在の状況で魔法使うと法律違反で補導されるから」
(あっぶねー!今聞いといてよかったー!使う気満々だったー!)
時計を買いに行く龍を見送るとアリスは教科書を買いに本屋に向かった。
『菊乃屋書店』
「……」
(何も言うまい……何も言わんぞ)
中は表の雰囲気とはまた違う様相だ。
天井までぎっしりと本が収められて居る。
ただ詰み切れない本も平積みされておりどことなく異国の雰囲気を感じさせる(異世界なので間違いはない)。
(ははーん、店の名前適当だな?とりあえず日本っぽい名前つけとけばいいって思ったか)
「何かお探しですか?」
すると店員らしき女性が話しかけてくる。
「ええと、明日からステア魔法学校に通うので教科書とか買いに来たんです。これリストです」
「あ、明日!?あ!ああ!もしかして識人の方?」
「ええ、まあ」
(これだけで分かるのか……)
こんな時期に教科書を揃えようとするのはこんな時期に転生してくる転生者ぐらいだ。
「分かるんですか?」
「そりゃあもちろん!大抵の新入生は2.3週間前には買いに来るから」
「なるほど」
「じゃあリストを拝見しますね……えっと……ん?」
紙を見た瞬間、女性の顔が険しくなる。
「あの…どうかしました?」
一瞬、間違った紙を渡したのかと不安になるアリスだが、そもそも握りしめて持ってきたのだ、間違えるはずもない。
「えーと、これ読めないんだけど、何語?」
「はい?」
アリスも紙を確認する。
「あ、あー、そういうことか」
紙には英語でなければフランス語でもない、ちゃんとした日本語が書かれている…はずである。ただ、昔の人が書いた古文かとツッコミたくなるような字が崩された文字だ。
(確かに読めん、旧日本ですら読める人間少ないんじゃないかこれ。あの人日ごろからこんな文字しか書けんのか?)
「どうかしましたかな?」
いつの間にいたのだろう、今度は老人…ここの店主と思われる人が声をかけてくる。
「あ、店長」
(あ、やっぱり店長か)
「この子識人で明日からステア魔法学校に通うらしいですが、教科書のリストが読めなくて…」
「どれどれ」
今度は店長がリストに目を通す。しかし文字を読んだ瞬間、目を見開く。
「君!これを書いたのは龍さんではないかい?」
「え?はいそうです」
「そうか、なぜ龍さんが君にこれを?」
「何故って言われても…私があの人の弟子になったから?」
その瞬間、その場が静まり返った。まるで聞いてはいけない言葉を聞いてしまったかのように。
「あ、あれ?」
「本当かい?でもこの文字は確かに龍さんの文字だ」
「あの…師匠が弟子をとることがそんなに変ですか?」
「そりゃあね、あの人は400年間一度も弟子をとったことが無いと聞いているし弟子らしき人を見たと聞いたことすらない。周りの人たちからはいい加減弟子をとって隠居しろって言われるぐらいに」
(ああ、そういうこと…)
何となく納得したが、龍の弟子という単語を聞きつけた人たちの視線がどんどんアリスに突き刺さる。
「おっと、失礼。私がリストに書かれているものを持ってこよう、何か袋は持ってきてるかい?」
「えっと、師匠に渡された袋ならここに」
龍から渡された袋を渡す。
「うーん、ちゃんと魔法掛かっているんだね。なら袋に詰めてくるから終わるまで店の中を自由に見て回るといい、いろんな魔法についての本がいっぱいあるからね面白いよ」
「ありがとうございます」
そういうと老人は奥に消えていった。いつの間にか女性もいなくなっている。
「………」
(自由に見ていいといわれてもなあ、ありすぎて逆に悩むんだけど)
「ねえ!あなた本当に龍さんの弟子なの?」
背後から声がする。声的に女の子だろう。
(これは…ラノベ的にもハリーポッター的にも仲間フラグ…だがどっちだ?ロンか?ハーマイオニー?それとも…マルフォイか?フォイさんは仲間では…なかったけど)
アリスが意を決して振り返った。
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