アリス【主人公】の転生 10
気が付くと、ベッドの上にいた。
「はあ、はあ、…あれ?」
辺りを見回すが、昨日と何も変わらない。拡張された空間である。真っ暗でもなく、ひんやりしてもいない。
外はもう明るくなっており、鳥のさえずりが聞こえてくる。
アリスは起きてベッドに腰掛けると大きく深呼吸をした。
「…はあー、すんごい夢見ちった」
「大丈夫か?」
「うひゃー!」
聞きなれた声がいきなり横から聞こえたのでびっくりして飛び上がる。
「今、すごい声上げてたろ?変な夢でも見たのか?ん?寝汗すごいな…、体質か?待ってろ今拭くもの持ってきてやる。そのまま着替えるなよ?風邪ひくし、服が濡れる」
「え?」
アリスは自分が見た夢を龍に伝えようか迷ったが、無理だということに気づく。覚えてないのだ、一切。それよりも自分の体の状態の方がはるかに気になる。尋常ではない量の汗でびしょびしょである。自分でも引くレベルで。
「…マジか、なんじゃこれ」
汗を拭き、着替えると、テントの外へ歩き出す。
外はすっかり晴れていた。昨日よりもゆっくり景色を眺めると、やはりここが異世界であるということを突きつけられる。
(昨日はそんな余裕なかったから分かるけど、やっぱり異世界っすねここ!だって日本どころか前の世界の風景で思い出そうとしてもこんな光景記憶にないからね!それに木とかよく見ると微妙に違うし)
自分がいる場所、おかれている状況を再認識したアリスは、龍が物をカバンに入れていることに気づく。
「あれ?もう出発するんですか?朝ご飯は?」
「すまないな。昨日も言ったと思うが、予定が少し遅れてるんだ。今日中に着かないといけない場所まで夕方にはたどり着きたい。それには今すぐ出発するしかないんだよ。だから朝飯は歩きながらでお願いするよ。歩きながら食べられる物もちゃんと持ってる。まあ俺は少し好かないんだが」
「ふーん、そうなんだ!じゃあ早く出発しましょう!」
(すごいなこいつ、昨日の今日でもうこれか、俺的は助かるんだがすこし不安だ…)
すべての荷物をカバンに入れると、背中に背負った。
「準備は?」
「こっちはいつでも!」
「そうか」
二人は歩きだした。
数十分後、
「ほれ」
「ん?」
龍はポケットから小さい茶色の無地の箱をアリスに渡す。
「朝飯」
「…いやー、さすがにこれ食うのは駄目でしょー!明らかに薄い段ボールじゃーん消化できる自信ないよー?」
「……」
「…冗談でーす」
アリスが箱を開けるとビニールの袋二つが出てきた。
(なんだろ?まあ、日本人が作ってるんだし!きっとおいしいものでしょ!)
アリスは思い切り袋のうち一つを開けた。
「……」
日本人なら誰でも知っている食べ物三つ目、手軽に食べれてカロリーもちゃんとある、“カロリーメイト”である。
(カロリーメイト作るんなら、今色んなバー売られてるんだからそっち作れよ…)
「本当ならもっといろんな種類の奴あるんだが、持ってくるの忘れた。メンゴ」
(犯人お前かよ…)
アリスはカロリーメイトを水筒の水と一緒に食べながら、道を歩いていく。
歩き始めて2時間くらいだろうか、アリスは龍に暇だったので質問攻めをしていた。
この世界の事、この世界の日本の事、この世界の日本がどれくらい文明が進んでいるかなど。この世界には人間のほかにもいくつか種族がいること。もちろん魔法の事も、この世界には大きく分けて3種類の魔法が存在するということ。
“基本・基礎魔法”、“聖霊魔法”、“闇の魔法”。
また、アリスが一番驚いたのはこの世界、スマホ、もといパソコンが無いことだった。
「え!?パソコン無いの!?なんで!?スマホも無いって!?携帯や電話は?」
「電話はあるが携帯?ああ、持ち運ぶ電話だっけ?ないな。パソコンが作れない時点で携帯も作れないとか言ってたな」
アリスは驚きを隠せないでいた、というより。
(日本あるのに、なんでスマホ…はまだいい、なんで携帯もパソコンないんだよ!)
現代っ子であるアリスにこれから携帯もスマホも、パソコンもないまま生きろというのは少々酷である。
「えーと、すみませんなんででしょう?」
「たしか、シーピーユー?だっけ?がまだ作れてないとかなんとか言ってきた気がする」
「…お、おほほほ。まじか」
(たぶん今龍が言ったのはCPUのことだね、確か、コンピュータの頭脳だっけ?あははは、そりゃあ、脳みそ作れなかったらいくら体が作れても動きませんわな!)
“CPU”日本語で“中央処理装置”または“中央演算処理装置”、パソコンの頭脳と呼ばれ、これがないといくらほかの部品があってもパソコンないし携帯も作動しない。
「日本人もうちょっとがんばれよー!」
「まあ、俺の場合、電話なぞ使わなくても無線機あるからいいんだが…ん?」
「確かに無線機はちょっとロマンあるけれども…え?」
その時だった。
二人が歩いている道の先から人が走ってくるのが見えたのだ。少しずつ近づいてくる人影は小さい女の子のように見える。
(お?第一村人発見かな?こっちに走ってくるてことは…)
「えーと…、お迎えですか?」
「いやー?、遅れてくるなんてたまにあるから大抵は待ってるはずなんだが。連絡もしてないし」
少女が息を切らせて、二人の元までたどり着く。その顔は涙でくしょぐしょに濡れていた。
(すんごい泣いてらっしゃる。昨日の私みたいだ…)
昨日の自分と比べてしまったアリスは何故か少女から目をそらすが、龍は少女に近寄る。
「ん?
「どうしたんです?……!」
里香の手や服には赤い液体がじっとりと付着していた。里香の反応からするにそれは絵具ではなく本物の血であることがわかる。
「どうしたんだ!これは血か!?何があった!?」
「お、おどうじゃんがあああ…、ひっく、…ウィビシにいいい、うわあああん」
里香はその場で泣き崩れる。
(非常に緊迫した状況だというのは分かる、分かるから。心で、心で言わせてくれ!ウィビシって何いいいい!?)
疑問にあふれるアリスに対し龍は驚愕という顔をしていた。
(ありえない!あそこは特別な場所…、魔法もかけていたはず!魔法が破られた?普通の獣に破られるはずがない!だが…、昨日からの異変を考えると…)
「…分かった!今すぐ向かう!アリス走るぞ!この子を担げ!俺はバックを持っているから無理だ!」
「うぇ!?ちょっと、って早!そんなスピード出るんなら、この子担いでよお!もう!里香ちゃんだっけ?おねえちゃんの後ろに乗っかって!」
「ひっく、う、うん…」
アリスは里香をおんぶする形で持ち上げる、いや、持ち上げようとした。
「…よし!上げるぞ……ううん!?」
なんとか立ち上がれはしたが、一瞬で固まった。
(あ、歩けん…。マジか…、子供ってこんなに重かったっけ?)
「あ、あのー里香ちゃん?ちなみに今いくつかなあ?」
「え?えーーと、10歳…」
(10歳…、だと小学4年?5年?体重いくらだ?女の子にこんなの事聞くのは失礼すぎる…。それは同じ女子である私が一番よく分かっていること!ならやることは一つ!)
「そ、そっかー、お父さんは好きかな?」
「うん?うん!大好き!」
「なら、早く行ってお父さんを助けてあげようね!里香ちゃん、ちょっとだけ我慢してね!かなり揺れるから!そーい!」
「え?わっ!」
アリスは里香を担ぎながら走り始めた。
「おおおりゃああ!」
アリスは走った、ひたすらに走った。途中何度かこけそうになりながらも走った。理由はただ一つ、いや二つ。
(…一回死んだ私が言っても説得力無いから言わないけど、もし里香ちゃんのお父さんがこのまま死んだら絶対里香ちゃんは絶望する。わかるだって、だって、私がここにいるってことは、前の世界で死んだってことだ。つまりもう顔も思い出せない両親は絶対に泣いて絶望したはずだ!もういるかどうかすら分からないけどもし私に兄弟・姉妹がいたら絶対に悲しむはずだ!友達も親友ももう顔も思い出せないけど、いたかどうかも思い出せないけど、絶対泣くはずだ!確信はないけども!…お母さん、お父さん…、親不孝者でごめんなさい!でも!里香ちゃんだけは悲しませない!私が行ってもお父さんが助かるかどうかは分からないけども、私にも何かできるはず!だって!)
「だって私は!この世界の主人公かも知れなんだからあ!」
「びっくりしたあ!主人公って何?」
「……なんでもないよー?」
アリスは走りながら顔を真っ赤に染める。顔を覆うにも里香を担いでるので、手が使えない。
(思いっきり口に出てしまったああああ!)
「おねえちゃん顔真っ赤―!」
「あ、あははは…」
(あと、急いで追いついて、私を置いてったくそ野郎に蹴り一発入れてやる!道が分からんだろが!)
女の子を担いでいるとは思えないスピードで道を走り抜けていく。途中、里香に道を教えてもらいながら。
すると木造の一軒家が見えてきた。何の変哲もない普通の2階建てに屋根裏部屋ついていそうな家だ。
ただ一つ、普通と違うところががあるとすると。庭に男性が倒れていて、周辺が大量の血で濡れていることである。
「着いたああ!そしてブレーキいいい!」
家に到着するとアリスは里香を下す。里香は母親?らしき女性の元にかけていく。
「おかあさああん!」
「里香!」
女性は里香を抱きしめる。
「里香、あなたが龍さんを呼んでくれたのね!偉いわ!ありがとう!」
アリスは里香と女性が話しているのを肩で大きく呼吸しながら。
「ぜえ!ぜえ!ま、間に合った?」
「残念ながら、まだ分からん」
龍が答える。龍はバックから何かを取り出そうとしていた。
「さっきはよくも置いて行ってくれた…わね?…ん?…ひっ!」
龍に隠れて見えなかったが、来た時に小さく倒れているように見えた男性を間近で見たん瞬間、あまりの光景に仰け反ってしまった。
肩から胸にかけて、鋭利な物で切られたのだろう。パックリと大きな傷が男性を襲っていた。どこまで傷が深いのか、大量の血液で見えないが、出血も相当多い。男性は意識は失っているようだが、呼吸はしていた。逆に生きているのが不思議なレベルの重傷である。
「…え?生きているんですよね?」
「ああ、だが、かなりまずい。俺も先ほど到着したが、襲われたのは恐らく数分前だろう。傷口を見るに、やはりウィビシで間違いない。…こいうのもあれだが、まだ生きてるのが奇跡だよ。今、応急セット探してる」
「電話とかあるんでしょう?それで応援を呼べばいいじゃないですか!」
「そんなことはさっき確認したよ、だが繋がらないんだ。しかも俺の無線もなぜか繋がらん!」
その時だった。
ギイイイイイ!
何処からともなく鳴き声がこだまする。
「な、なに!?」
「…ウィビシか…。また来やがったな」
龍はバックからメモと筆、墨壺を取り出すと。メモに何かを書き込み、女性に渡した。
「明日香さん!車の運転は?」
「は、はい!一応出来ますけど」
(車あんの!?パソコンないのに!?)
「里香を連れて、門まで車で行くんだ!そこにいる男たちにこのメモを渡せ、そうすればすぐに君たちを保護して、ここに応援が来るはずだ!裕也さんはこっちに任せろ!…なんとか最善は尽くす…」
明日香と呼ばれた女性は、龍の言葉の意味と表情ですべてを悟った。顔を俯かせ、肩を震わせているが、すぐに顔を上げて里香の手を引いて車まで走っていく。そして、泣きじゃくる里香を車に半ば強引に入れると、エンジンを点け走り出して行った。
アリスはその時、明日香さんの顔に一筋の涙を見た気がした。
「その…、これからどうするんですか?ってあれ?」
龍はバックの中を漁っていく、その途中で色んなものが外に放り出されていった。男物の服、テント、女性物の服、調理道具、また服。
「あの…、もしかしてその人見捨てるんですか?」
「………」
龍は何も答えなかった。
「ほ、ほら!たとえば治癒のポーション的なものとか!」
「…そんなものはこの世界にない」
「じゃ、じゃあ回復魔法とか!」
「あるが、俺には使えない!」
「だとしても!最低限止血するとか!そして応援を待つとか!」
龍は立ち上がり、アリスの前に立ち止まる。
「いいか!?さっきも言ったが!裕也は今呼吸してるのが不思議なレベルんだぞ!あと、何分持つか分からない!それに明日香に応援を呼ばせたが、どんなに車を飛ばしても門にたどり着くのに10分、いや15分はかかる!そこから応援部隊が編成されて出発するのが早くても20分!そこから戻ってくるまでに15分!合わせてどんなに早くても50分、1時間はかかる!裕也をいくら完璧に止血できても、応援が来るころにはもう遅い。お前は何か勘違いしてるかもしれんが、この世界は前の世界にただ魔法という要素が入った世界なんだよ!確かに!裕也を治せる魔法はある!だがな今この場にない!待っていたとしても、裕也が間に合わない!それならこれから来るウィビシから裕也を守って体を持ってかれないようにするのが今の取るべき行動だ!ご都合展開?だかなんだが知らんが、夢見てんじゃねーぞ!分かったか!?」
龍はカバンの方に歩くと中身を探し始めた。
「………」
アリスは俯いてしまった。
(…確かに少しは夢見てましたよ、異世界転生したんだもの。夢見たっていいじゃない!人間だもの!誰だって、異世界に転生したらそういう夢ぐらい見たいと思うじゃない!自分はこの世界の主人公だって!違うの?私はこの世界の主人公じゃない?ただの数いる転生者の一人?そんなのって…)
アリスの目の前に、龍のバックから一冊の本が飛び出てきた。
「…え?」
アリスは龍を見る、龍はひたすらにカバンを漁っている。龍が投げてよこしたものではない。
「…!よしあった。アリス!俺は周りを警戒するから裕也のそばにいてくれ、俺が殺し損ねたウィビシを倒すんだ!火球は覚えてるだろ!?それでいい!」
そういうと龍はアリスや裕也から少し離れた場所に移動する。敵の意識を自分に引き寄せるためである。
(…これ何?)
本の表紙にはアリスでも読める字でこう記されていた。
“聖霊魔導書”と……。
アリスが本を手に取ると、表紙を一枚めくる。
これは、聖霊魔法の基礎呪文が書かれたものである。
聖霊魔法には大きく分けて二種類存在する、
闇の魔法使いや闇の呪文に対抗するための【
外部的要因による傷を治癒する【
(!!!!これだ!!)
アリスは急いで治癒魔法のページを探す。
「あ、あった」
第一治癒魔法:主にすり傷や小さい切り傷等に有効な魔法。
(これじゃない…)
第二治癒魔法:第一よりも大きく深いが、肉や骨等に達していない傷、また火傷等の炎症。
(違う!)
第三治癒魔法:骨折、または臓器までは達していないと思われる深い傷。
(うーん、この人の傷を見る限りぱっくり割れちゃってるし、血でよく見えないけど恐らく肺とかまで言ってる気がする…次は?)
第四治癒魔法:すみやかに処置が必要な臓器まで到達してると思われる傷。
※なお、第四治癒魔法にあたっては、呪文のほかに詠唱文章あり
アリスは裕也の傷口をもう一度みる。
「……」
(大量の出血……臓器の損傷が疑われる大きな傷……速やかに処置が必要な傷……これだああああ!)
「よし見つけた…、けど呪文長ああああ!?」
(第四治癒魔法だけ異様に呪文長くね?多分、この短い呪文の前にこの長ったらしい文章も詠唱せんといかんの!?……悩んでいる暇はない!やれることはやってみないと!杖は…ある!)
アリスは本と杖を持つと、裕也のそばに座った。そして本を広げると、大きく深呼吸をする。
「よーし!待っててね裕也さん!今私が何とかしてみるから!まず長文詠唱から…」
その時だった、大きな咆哮と共に猛獣の群れが森の中から飛び出す。
「…え?…っ!ひゃあああ!」
アリスはその猛獣を凝視する。一瞬トラ?のようにも見えたが、全体像見た瞬間全然違うことに気づく。前の両腕に一本ずつ、頭に角のような形で大きな鎌のような何かだった。大きさ的にはトラ等と同じだが、数がおかしい。少なくとも十匹はいる。
(あれがウィビシとかいう奴ですか!?トラだよ!腕と頭に生えてるやつのぞいたらトラだよ!トラで良いじゃん!?誰だよウィビシとか名づけたやつ!?バカじゃねえの!?)
一瞬気圧されたが、それでもすぐに目線を裕也に移す。
(一か八か、あの猛獣をあの男が相手している間に済ませる!)
もう一回、深呼吸しなおすと本の文章に目をやる。
「……」
(さっきはあの男にあんなこと言われたけど、私は気にしない。だって、私はこの世界に来て日が浅いんだ!しかも初めて魔法とか目にして試したくもなるよ!それにまだ私は諦めてないもんね!私はこの世界の主人公だってこと!)
杖を構える。
「ダソス ボンノ ポタモス オーウランノス オーイソス パラコロスティパーノ モウ ピネーマ パラカロ ヴォイシィステメ イ ディナミ ナ ソソ アフトゥ トゥ ラヴディ モウ」
長文詠唱を終えると杖を振りかぶった。
(お願い!成功して!いけえええ!)
杖を振りおろし詠唱する。
「イゾイフェステ《命よ癒えよ》!!!」
……。
次の瞬間。
杖の先が強烈に光りだす、すると純白の魔法陣が裕也を中心に展開し、眩い光の柱が裕也とアリスを守るかのように囲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます