第8話 死神の時計。
2021年7月13日、50秒ごとにインドかインドネシアで一人ずつcovid-19デルタ株で人が死んでいた。
それを知った瞬間、私は彼の時計の音を聞いた気がした。
2021年7月13日から14日へと変わるとき、私は眠ることができなかった。
誰かが、この病気は天罰だといった。
『神が増えすぎた人の数を減らすためにばらまいたのだ』と。
ならばなぜ、富に肥えた人々ばかりがそれを免れるのか。
なぜ太った豚を生贄に選ばず、色黒の痩せ犬ばかりをくらおうとなさるのか。
それを考える中で、私は彼の味の好みを知った気がした。
去年の夏の日、なぜ彼は、私ではなくあの子を求めたのだろう。
私に巣食う死欲の虫を無視する薬をかじりながら、涙と憤りを音楽ですりつぶす。
眠れぬ目が疲労で腫れるのを感じながら、私は彼の影をなぞらずにはいられなかった。
アウシュビッツのガス室は32分で800人の息を止め、イスラエルの爆撃は一夜で数十人のパレスチナ人をむさぼった。
先日熱海の道を走った土石流は十数から三十足らずの人を呑み、よっぱらいを乗せたトラックは5人の子供を挽いた。
きっと今もどこかで、彼の時計の秒針が、銃声なり甲高いブレーキ音をたてている。
彼を想うほどに胸にわくのは、死への欲でも憐れみでも悼みでもでもなく、彼に求められることへの共感だった。
そこにあるのは無数の苦痛と、無数の無念と、雪のような寂とした儚さだった。
そして圧倒的な看取るものどもの、看取ることも叶わなかったものどもの、割れるような泣き枯れた声だった。
それを幻聴のように聞きながら、私は彼の好きな音を知った気がした。
私は皮肉なほどに彼の横顔を知らない。彼に見つめられたことすらない。
もしも彼の声が聞こえるなら、ただ一つだけ質したい。
「なぜ私ではないのか」
返事のかわりに、彼の鼻で笑う声を聞いた気がした。
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