第6話 夢の中の街角

 目が覚めると、がっかりする。

 あれほどに美しい街、楽しい乗り物、素晴らしい人々が、たちまちに忘却の煙幕の向こうにいってしまう。

 まるで泡で出来た真珠の首飾りのようだ。

 永遠にはとってはおけず、断片を再現することしかできない。


 私が見た夢の街はあらゆるかっこいいものが車輪をつけて走っていた。

 銀河戦艦の舳先、真っ赤なロケットパンチ、にび色の機関車、象牙の船首像。

 それが鏡を並べたような整然と陽光にきらめく街角ですれ違い、三次元の立体交差点を縦横鉛直に曲がってゆく。

 私はそこに、白百合でできたタキシードのような服で、帽子とステッキを手に、若々しく靴を鳴らして歩いていく。

 よもぎ色のバッスルスカートの誰かが、交差点を渡った向こうで私を待ちわびて、手をさしのべている。

 私は少しはずんで駆け出して、その手を取る。


 その瞬間、ガラス細工のような町並みは夜の庭園にかわる。細い石段の脇には篝火が焚かれ、造園の飴細工のようなつややかな緑の葉すべてがそれを照り返している。緑の上のオレンジの光は穏やかに燃えているようだった。

 芝の彼方の屋敷では、夜会が催され、弦楽器たちの音が聞こえてくる。

 バッスルスカートの誰かは、隣に並んで、踊るように歩いていた。

 まるで、夜会の騒がしさから離れて、夜風を浴びに二人だけで抜け出したような穏やかな楽しさが胸に湧く。

 ――久しく感じていない楽しさだった。


 ああ、ずっとこの人と居たい。ここで過ごしていたい。

 そう思った矢先、現実の時計がなった。

 

 偏頭痛という、まぶたを開くまでもないほどの現実感が私を落ち込ませる。

 起き上がれば、潰した通販のダンボールが嫌でも目に入る。

 あらゆる要素が左右非対称に構成された部屋。

 天井と床の間で散在する水平さだけが、わずかな人工的な美しさだ。


 携帯を確かめれば、世界は今日も不平等を嘆いている。


 不平等の有利な方が、その恩恵を自覚しないまま今日もマウントを取っている。

 不利な方の苦痛をあえぎを、まるで夜泣きする子供に体罰を振るうクズのように、苛立ちや妄言でかき消そうとしている。

 そんな連中が、虚飾に満ちた祝祭を開く事だけに血道を上げている。

 

 いつから世界は、理想を追わなくなったのだろう。

 野蛮で専有的な群れが多くを食らうことをはばからなくなったのだろう。

 そんなことを、寝ぼけた頭は考える。


 そのイメージにはもう、さっきまで過ごしていた美しい街も、夜の庭園もない。

 あるのは倦怠感に似た、どろりとした現実への嫌悪と諦観だけだ。

 眠気はすでになく、再び夢に戻ることも出来ない。


 まるで煙をすいすぎて、花の香りも忘れたように、現実感に飲まれていく。

 生きるしか選択肢のない現実感が、まるでブレーキもハンドルもない足漕ぎボートのように、力づくの前進だけを強いてくる。


 あの街角に、帰りたい。

 そう思っても、涙も出ない。

 ときは現実に流れ、体は条件反射のように今日の支度を始める。

 心はすでに、暗褐色の諦観に沈んでいる。

 まるで、眠りの夢という太陽が沈んで、星のない心の夜が来たように。

 ただの歯車のように、現実が壊れる瞬間まで、動かざるを得ない。


 死ぬまでこれが続くのか?

 心の中の何かがそうつぶやく。

 その声を聞いた日から、私の欲に死が加わり、諦観は水のように重くなった。

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