第4話 クッキーの缶の中の墓場

 使い古した携帯を、バッテリーや充電ケーブルとともに、古いクッキーの缶に収めている。

 一つに一人ずつ、誰かの思い出が詰まっている。

 別れた恋人は死んだと思え、と先輩が言っていた。金言だと思う。

 だから、携帯ひとつにつき一人、そこには幽霊が詰まっている。

 美味しそうに手料理を頬張ってくれている顔、一緒に行った旅行先、楽しい頃のメールから、別れ際の冷たいやつまで。

 もう取り出して見ることもない。

 アドレスは吸い出しているけれど、一台につき一人ずつ残っている。そこに置き去りの死体の一部だから。

 遺灰のように砕いて、都市鉱山という山に撒くことも考えた。

 けど、できなかった。

 すべて、もう鳴ることのない電話。

 物理的にも鳴るわけないか。金属の容器は電波を遮断する。バッテリーも外してある。シムカードも挿してない。

 それでも捨てることだけができない。

 錆の浮いたクッキーの缶は、まるで墓場。


 誰かが墓をこう歌った。

 そこに私はいない、眠ってなんか居ない。風になって流れている、と。

 事実あいつはいきている。君も貴方もあんたもお前も、みんなみんな生きている。

 他人の顔して、他人として、もうどこかで顔を合せても、知らないふりして生きている。

 

 それでも私は言い聞かせる。

 みんな死んだようなものだから、今頃だれかとよろしくやってる。

 だから死んだようなものだから。


 ……けれど私が死んだなら、誰かがこの缶を開けるのだろうか。

 個人認証のプロテクトを破って、墓を掘り返すのだろうか。

 それだけ思うと憂鬱になる。


 そこには生きていた私もいるのだ。

 死んだときよりもずっと若くて、生き生きとした私がいるのだ。


 私は私が愛おしいのだろうか。

 その瞬間の私を捨てられないから、クッキーの缶は錆びるのだろうか。

 そうして日ごとに老いてゆき、夜ごとに孤独を抱擁する。

 そんな風に考えたら、憂鬱で死にそう。

 

 それでも、クッキーの缶にはまだ少し余裕がある。

 あと何台か入れられる。

 何台入れたら捨てられるのだろう。

 何台入れたら、捨てなくてよいのだろう。


 私の寿命は充電できない。

 それとも、誰も映っていない簡単スマホを握りしめて死ぬのだろうか。

 それなら誰も、古い缶を開けないだろう。

 私の思い出を知るまでもないから。

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