第2話 スマホの中の夢魔達
また、怒りとともに目が覚めた。
枕の下のスマホをつかみだして、すでに光った画面を見る。
――2時間しか寝ていない。
まぶしくてしかたのない光の板のようなそれを枕の下に再びさしこんで、目を閉じた。
……いま私は、数え歌ができそうなほどの負の感情を抱えている。
それを抱き枕のようにふところに抱えて、せめてあと4時間をベッドの中で過ごさなければならない。
そうしなければ、体がもたないからだ。
だが、夢の残り香のような、胸の中でうっすら光る熾き火のような怒りは、それを許してくれない。
こういうときのための薬は、一応持っている。処方薬の、いわゆる頓服を。だがそう頻繁に使えるものでもない。
いっそのこと、拳銃と自殺用の弾丸を処方してくれないかと思う夜もある。だが、今夜はまだそこまでではない。
仕方なく目を閉じて、できるだけ穏やかで楽しいイメージをして寝ようとした。
後ろ足とおしりをついて立ち上がる
だが、頭の中で何かが叫んだ。
『●×▲■め、お前たちに私の苦痛などわかるはずもない。人の税金で高い飯を食う貴様らに、この苦痛まみれの現実に満ちた私達の、一体何がわかる!』
――たとえば、政治的な不満など、宛所のない怒りも同然だ。
そもそも、そんなものを心の奥底に抱えていたことにさえ驚く。
だが、それでも頭の中にははっきりと『国民の理解を求め、協力して事態の改善を――』などとのたまいながら、身内の不祥事については日本語の文法が破綻しかけた言葉で擁護しかしない連中の顔が浮かんでいる。
こうなるともう止まらない、頭の中には小さな怒れる声が響いてしまって寝付けない。
ベッドから体を起こして、布団を半分かぶったままひざを抱えた。
枕の下のスマホを取り出し、画面を撫で、アプリを起動する。
頭の中で叫んでいた人たちと同じ声を文字化したツイート達の連なるタイムラインの林を抜けて、他愛もない話やイラストの池のほとりを歩き、ほとんど課金要素だけで構成されているようなゲームを起動させる。
夢魔のように、画面の中のキャラクターはそう私に声をかけた。
『おつかれさまです、今日も徹夜勤務ですか?』
設定年齢17歳のオペレーターの二次元と声優の声で構成された少女がそう声をかけてくれる。
君こそ、こんな時間に働いていたら労働基準法違反だ。
ましてや、銃や剣を手に世界を汚染する存在と戦っている。危険手当はちゃんと出ているのか。そもそも学生が兵士のようなことをするとは、軍や警備を職務とした組織はどれだけ人材に不足しているんだ。
だが、ゲームの中では未成年の彼らが当然のように戦い、そして敵を倒しては晴れやかな顔をして暮らしている。
どのような教育を受ければこんな子に育つのだろう。
軍国教育か? それとも一口の水をめぐって殺し合うポストアポカリプス顔負けの物資至上主義か?
それを想像して、少し悲しい気持ちになる。
『そうだ、メッセージが届いていますよ』
開いてみると、別のキャラクターの誕生日の告知だった。
そのキャラクターを呼び出すと、彼女はうれしそうに誕生祝いに感謝の言葉を述べて、プレゼントを開いた。中身は彼女のものではなく、彼女が装備できる私の所有物になる。
私物の占有権すら彼女たちにはあるのだろうか。
……現実の真っ暗な部屋の中にあるものは、少なくともすべて私のものだ。
ある日突然サービス終了とともに、その存在までも奪われてしまう彼女たちよりはましだ。
そう思うと、涙が出てきた。
つらい現実に泣けるだけ、私は幸せなのだろうか。
動けなくなるまでダメージを受けたり、敵を傷つけることによる心理的な外傷を抱えるかもしれない恐慌状態であるはずの『戦闘』を強いられる。
それでも最後には笑顔で愛らしく振る舞うことを求められた彼女たちに比べて。
しばらく泣いたら、眠れる気がした。
私はもう一度シーツと布団の間に体をしずめ、まぶたを閉じた。
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